第33話 破滅との遭遇
似たような日常を過ごして、数日が経った。
いまだにもやもやの正体がわからずに聖女としての務めを果たしていた。このもやもやの正体は何だろうと、街のベンチで考えていると、突如激しく揺れ街にブザーが鳴り響く。
「聖女様大変です、敵襲です! 早く安全なところに避難を!」
街の空気が恐怖や混乱に支配されていくのを手に取るように分かった。
聖女としての務めに街を守ることは入っていないのだろうか?
そう問いかける陽子に護衛は首を振って、手を握って教会へと向かう。
そこには身の丈もある巨大な万年筆を槍の様に構えたシスターが佇んでいた。万年筆の先端は血のように赤い結晶で、出来ていた。
その姿に陽子はすさまじい恐怖を抱いたと同時に、ローゼスの話を思い出していた。あれは彼女の仇敵……ルインメーカーだ。
「ル、ルインメーカー! 一晩で街を廃墟にするという……」
「なっ、そのような奴を聖女様に指一本触れさせはしない! ゴーレムよ! 奴を捕らえよ!」
大量のゴーレムが、教会になだれ込む。しかし、ゴーレムたちはそこに『何もいない』かのようにあたりをきょろきょろと見回していた。
「ええい! 何をしている! 聖女様、ここは引き返しましょう! この調子では時間稼ぎにもなりません!」
教会はもはや安全ではない。陽子達は引き返し、ルインメーカーから離れるようにしてさらなるゴーレムの援軍を呼ぶ。
しかしその言葉通り、ルインメーカーによってゴーレムは一体、また一体と貫かれ、ただの土くれへと姿を変えていく。
ほどなくしてゴーレムを全滅させた彼女はこちらの速度を上回る速度で追いかけてくる。
追いつかれる、そんな時に陽子は無意識に叫ぶ。黒よ。空間を削れと。
しかし、当然ながら空間は削れない。なぜならば、陽子の元にはくろはいないから。
もうだめかと思ったとき、体が宙に浮く。護衛に抱えあげられたのだ。
「お逃げください聖女様! 私が少しでも隠れるための時間を稼ぎます!」
護衛は陽子を柔らかな植え込みへと投げて叫ぶ。
何とか着地したが強引な方法に苦笑いしながらも、その言葉に従って逃げようとする。
しかし、もやもやとした気持ちが再び湧き上がってくる。
この気持ちは……そう、寂しさだ。
自分勝手かもしれないが、聖女や勇者、そういった肩書でしか見てもらえない寂しさ。
自分自身がいるというのに、自分を見てもらえていないような気がする孤独さがこのもやもやの正体であった。
ならば、今度はどうするべきか。聖女として逃げるよりも、陽子として命を懸けて足掻こう。自分の力だけで、やれるところまでやろう。
「ごめんなさい……私は、逃げません! あなたは、町の皆を避難させて!」
護衛が盾で一突きを凌いで、後ろに押し込まれるのをみて、交代するかのように護衛の前に出る。
黙して槍を掲げるルインメーカー。『怖さ』を感じ取ったが、それでもひるまずに陽子は魔法を詠唱する。
「ルナボルト!」
妨害のためにはなったそれを、彼女は体で受け止めて突き刺そうと構え一閃する。
それを帳で抑える、弾く。往なす。集中が次第に難しくなってきて、体を動かして避け続けた。
しかしそれもいずれ限界が訪れる。音紡ぎで攪乱しようとも正確にこちらを狙ってくる。まるで槍自体に意識があるかのように。
よけきれずに帳で受け止めて、弾き飛ばされて仰向けになってしまう。
ルインメーカーはゆっくりと陽子の元に歩み寄り突き刺そうと……
もはやこれまでか。でも、何かあるはずと周囲を見回したその時、
「させませんぞっ!」
見覚えのある仮面が、刃と火花を散らした後に矛先を逸らさせて戻っていく。
「やれやれ、一度だけここに立ち寄ったことがあったのが、こうやって役立つとは思いませんでいたぞ」
仮面をつけなおして、肩をすくめるランピィがそこにいた。
「ランピィさん!?」
「陽子様。こやつの相手はわたくしめにお任せあれ。倒すことはできずともここから追い出すことなど造作もありませんぞ」
そう言って陽子に頭を下げ、周囲に高速回転する仮面を浮かばせる。
ルインメーカーもこちらの方が邪魔だと察したのか、向きを変えて一突きをお見舞いする。
しかし彼女の一撃をひらりとバック宙で回避したのちに、即座に仮面で反撃を行い、ひるませる。
待ってましたと言わんばかりの、体術による追撃の嵐を浴びせる。
すると、ルインメーカーは槍を握りなおしたかと思うと、天井に空いた穴から飛び出して、立ち去っていった。
このようにして、ランピィはルインメーカーをいともたやすく追い払ってしまったのだ。
「ランピィさん、ありがとう……沢山の人が救われたよ……」
「ほほほ、ですが私が間に合ったのも陽子様の勇気もあってのこと……うっ、無精が祟りましたな……当分は館で休養をとらないといけませんな……」
腰をさすりながら、ランピィはゆっくりと立ち上がる。
「客室の鏡に繋げてありますので。仲間たちが待っておられますぞ」
そう言って立ち去るランピィの背を見送り、しばし思慮にふける。
この悩みをメグさんに話してみよう。巫女の務めを果たしてきた彼女ならば、何か答えが得られるかもしれないと思い、まだ静かな街を歩いてメグの下に向かうのであった。
***
「大変だったようね。大丈夫だった?」
出会って早々、避難の指示をして一人で戦ったことを案じていたとメグは陽子に話す。
ゴーレムの被害こそ甚大なものの、ランピィさんの助けで人命に被害が出る前に追い払うことができたと話すとふうと息をついて何かを考える。
「あなたが無事でよかった。でも、あなたは何かを悩んでいる様子。よければ聞きましょうか?」
実はと、陽子は話を始める。今までもやもやとした感情があって、それが寂しさだと気づいたこと、その原因は肩書や持っていた力によってしか見てもらえていないのではないかと悩みを吐露する。
メグはよく話をしてくれたねと陽子を抱きしめる。
「あなたは、聖女や勇者である以前に一人の人間です。一つの命です。それに代わりは決していないのです……そして、あなたの思っている以上にあなた自身を見てくれています。だから今度は、自分の命を大事にしてください」
えっとその言葉に陽子は声を上げる。
私は巫女だったの。あなたが瀕死の状態で運び込まれたのは知っているわと抱きしめたままメグは言葉を続ける、
「一筋縄ではいかないかもしれないけど。ヨーコ、あなたならやれる……これを」
そう言ってメグは一本の筒を手渡す。
その筒は何だろうか。それがわからずに陽子は首をかしげていた。
「夜の翼の発煙筒。もしも私たち夜の教団の力を借りたいときは、それを焚いて。すぐに駆け付けるようにするわ」
だって……あなたは行くのでしょう、本来の居場所に。
そういって、別れを惜しむように陽子を解放するメグ。
ありがとうと頭を下げて別れを告げ、部屋を出ると多くの教団員に取り囲まれており陽子はたじろぐ。
「我々からのプレゼントです。気に入ってくれるといいのですが……」
そう言って渡されたのは、あの時着ていた私服だった。
護衛が行ってらっしゃい。貴女にメルエール様の加護があらんことを声をかけたのをきっかけとして、教団員たち皆に見送られる。
「頑張れよ!」
「大丈夫だって。なるようになるから」
「行ってらっしゃい!」
多くの見送りに少し照れ臭く思いながらも満面の笑顔でありがとうと礼を言って、ランピィの言っていた部屋へと向かう。
鏡を前にすると、皆に会いたいという気持ちがこみ上げてきて、鏡に手を触れた。