第31話 心の傷跡
アカリは中庭で、答えの出ない答えを考えていたら、夜が明けたことを表す鐘の音が館に響き渡る。
人の気配がしたのを感じて思慮にふけるのを中止すると、メリーたちが中庭にやってくる。
「ここにいたのねアカリ」
一同、話が弾むはずもなかった。陽子がいなくなったことが一同に重くのしかかっているからだ。
人が死ぬところなんて慣れていたはずなのに、涙が止まらないというローゼスの言葉をきっかけに、皆自分を責めるような気分が渦巻き始めた。
「すまねえ!俺が気を失ってしまったばかりに……!」
「サンゼンのせいではないわ……私が間に合って、いれば……」
言葉を吐き出そうとするのをメリーは制止する。落ち込んでばかりでは何も進まないと言った。余計空気が重くなったのを感じてかランピィが咳払いして言葉を発した。
「陽子様についてですが、捜索をわたくしめに任せてはくれませんか?」
でもあんな大荒れの海じゃあ!と声を荒げるローゼスを再び制止して言葉を続ける。
あの海域には破砕諸島と呼ばれる多くの小島がある地帯であること、複雑な海流で流れ着いているかもしれないということを告げる。
「それならばマスターの魔力を知っている私もつれていってクダサイ。役にタチタイデス」
「……二人は嬢ちゃんがまだ生きているって信じているんだな。守れなかった過去を見ていても仕方がない……なあローゼス。俺たちは俺たちで出来ることを探そうじゃないか」
そういって、くろと銀時計に視線を移す。
しばらく考え、銀時計はこれからの旅のため、そしてくろは旅の目的を果たすため……そう考えると合理的じゃないか?と、くろをもちあげる。
「こいつも『悲しんでいる』……まあそうだろうな……なあ、くろいの。力を貸してくれないか?」
もぞもぞと動くそれを見てやれやれとため息をつくサンゼン。
くろはどうやらあまり協力的でないようだ。
それをぼうっと見ていたローゼスが口を開く。
「それが魔法生物ならば……姉様なら何かわかるかもしれない。学術都市で助教授をしているシルファ・フォリウムっていうんだけど」
「ちょっとまった、学術都市まで行くのはちょっと骨が折れるぞ?」
あなたの家の鏡の様につなげたことがあるのよ。と旅のいきさつを語るローゼスだったが、陽子の事を口にするたびに涙をこぼす。
「わかった。皆まで言うな。無理に消耗するんじゃない。なあメリー。まだ学術都市への鏡は使えるのか?」
ええ、と頷くメリーに小さくサムズアップを取ると、サンゼン達は鏡の並ぶ回廊へと向かった。
鏡を前にしてサンゼンは腕を組む。
「少なくとも、今まで色々助けてもらったんだ。とりあえずはランピィとアカリを信じて、俺たちはくろの事を知って少しでも嬢ちゃんの代わりになってやろうじゃないか」
そうねと、相変わらず力なく答えるローゼスの手を握ってサンゼンは鏡に触れる。
***
「それで、戻ってきたわけですか……私個人のつてで調べることは可能です」
喫茶店はシルファはお茶を飲みながら話を聞いて答える。
本当?と少しだけ元気が出たローゼスが問いかける。
「ただ、私の直感では公に調査するとくろと名付けられたそれは、当分戻ってこないと思います」
その言葉に複雑な表情をする二人。
陽子の形見ともいうべきこれを手放すのはつらい事に思えたのだ。
「そうですよね……夜にまた来てください。人払いの魔法をかけて学園で調査します。」
ありがとう、姉様とローゼスは頭を下げる。
それまで街で時間を潰すかというサンゼンの提案もあり、夜に喫茶店で合流することになった。
***
時を同じくして、サンモニカ沖ではランピィとアカリが陽子を探していた。
「今日一日で海域を踏破します。アカリ様。ヨーコ様の魔力は覚えていますよね?」
小舟に乗ったアカリは頷いて、センサーの感度を高めて周囲を調べる。すると、近くに何かがあるのを感じ取った。
闇の魔力を感じ取った。北北東へと船を進めると、小さな島に一人の女性が佇んでいた。
日傘をさした女性……フタバが空を見上げていた。
「このような場所に貴女様がどのような用事でここにいらっしゃるのでしょうか?」
「まあ、ここで人に会うなんて思いませんでしたわ」
お互いに自己紹介して、ランピィたちはこれまでのいきさつを話した。
「まあ……そんなことが……それならば少し遅かったですわね。彼女はもういませんわよ」
「……ドウイウ事デスか?」
フタバの言うには流れ着いた陽子の手当をしたのちに通りがかった、夜の教団の飛行船に保護してもらったとのことだ。
「ト、言うコトハ……!」
「ええ。陽子様は生きてらっしゃいます。メルエール様の加護があったのでしょう」
その言葉を聞いて、ランピィはふうと息を吐いて雰囲気をやわらげた。
「……ですな。 そう言えば、そのカメラは?」
「ええ、彼女が行った後、私が羽休めをしている間に流れ着いたものですわ。 もしかして陽子様のものでしょうか?」
「ソウですネ。さすがに海にもまれて壊れてしまっているようデスが……」
この程度ならばわたくしめが直して見せましょうと意気込むランピィをみて、フタバは戸惑いながらもカメラを手渡す。
「……ソウイエバ、マスターとはお話になったのデスか?」
「いいえ。手当をしている間も完全に気を失っていましたから。ですので、伝えておいてください『次はクアトラーダムで会いましょう』と」
畏まりました。と仮面を改めながら答えるランピィ。
アカリは早くこのことを仲間に知らせたかった。