第30話 打倒、ガルム三世
と、いうことがあったんですよと、船上でエミーから話を聞く陽子達。
今船に乗っているのは陽子、ローゼス、サンゼン、アカリ、そして操縦するエミーとシェリー。
リンは冒険者と共に港で海賊の残党処理に加わって、乗らなかった。
あいつ、本当にまじめなんですからと、エミーは小さく愚痴をこぼす。本当は一緒に来てほしかったのだろう。
そういえば、と気になったことをローゼスが口にする。
「チャーリー三世はもう大丈夫なのかしら?」
その言葉にシェリーが答える。チャーリー三世はあの屋敷から出られないし、こちらに何かできる事はないだろうと陽子達に伝える。屋敷を出れば、冒険者や衛兵が捕縛し、赤金貨の正体を知る彼が自分が捨てた以上の赤金貨を隠しているとは思えなかった。
その証拠に、ガルム三世の声が結晶のドクロから早く来るように催促を繰り返していた。
もしも、何らかの手を打っているならば、この船がガルムの思惑通りの物ではないことは既にわかっているはずだからだ。
その禍々しさに強い『怖さ』を感じつつ、陽子はこのドクロの事を尋ねる。シェリーがその疑問に答えてくれた。
「このドクロを使って盗み聞きしていたようです。チャーリーとガルムが一つずつ持っており、これはチャーリーが持っていた分です。このように、ガルムの声がよく聞こえます」
シェリーに言われて、ガルムに悟られないように、陽子達は海賊船に近づく前に、大きな木箱の中に隠れる。
ガルムがこの箱を財宝だと認識して引き上げたのちに、飛び出しガルムと対峙するという単純な作戦であった。
緊張した面持ちで舵取りをするエミー。次第にガルムの海賊船に近づいてきた。
何かやらかしたりしないだろうか、とそんな心配をしながら海賊船に横づけする。
すると、赤金貨が一枚甲板に落ちてきた。雲に覆われた空のおかげで、エミーとシェリーたちの姿は船から見てもはっきりせず、チャーリー所属のメイドなのかどうかをごまかすことができたようだ。
上から手下の海賊らしき声が聞こえる。
「おい、金貨は渡しただろ? それで話せ」
シェリーは急いで赤金貨を拾って、返事を返す。
「はい。財宝は箱に入れて持ってまいりました。引き上げていただくと助かります」
「なんだ、奴が来たわけではないのか? 女に船を動かさせるなんて貴族連中は本当に変わっているな」
箱は無事、ガルムの海賊船へと引き上げられた。
***
「さてさて……この中に奴の、チャーリーの金庫の半分の財宝が入っているわけだ。この俺も鬼ではないからな。半分にしてやったというわけだ。元々は俺たちが奪ってきたもの。それをチャーリーの奴、この金貨のおかげでうまく略奪できたのだから、分け前をよこせと……腹立たしい!」
「でもお頭! 例の金貨のおかげで潤ったのは確かで――」
手下のそのような発言に機嫌を悪くして睨みを利かせる。『文句を言わず従え』という無言の圧で、船は静かになる。
手下の一人が箱を開けようと手を触れたそのタイミングで、陽子達はバンと、箱を蹴破って飛び出した。
「な、なにー! チャーリーの奴、裏切ったのか!?」
「あなた達の横暴はこれまでよ!」
そう言って、ローゼスは木の実を背後に落とす。甲板に落ちると同時に種が破裂して閃光を放ち、海賊たちの視界をつぶした。
次に仕掛けたのは陽子だった。視界をつぶされた海賊たちの勢いを削ってゆく。玉眼故、夜目が効く陽子は圧倒的に有利であった。
「まずはこいつらを殺せ! チャーリー、絶対あとで殺してやるからな……!」
視界が戻り、仕掛けようとして、勢いがそがれていることに気づかずに大半の海賊がバランスを崩す。
そしてその機を逃さずに、確実に仕留めていくサンゼン。
それをローゼスとアカリが拘束して無力化していく。
一方的な戦いであった。この状況をどうにかしようと、ガルムは自分の右腕の海賊にとある提案をしていた。
「おい、援軍は呼べないのか!?」
「お頭、さっき自分で港の船を沈めたばかりじゃ……『成果なくして撤退は許さない』と……」
それを聞いて、悔しさから大声で叫びながら地団駄を踏むガルム。気が付けば右腕の海賊もやられて四方から武器を突き付けられていた。
ガルムは焦っていた。命乞いをしたくなるほどの絶望感。
しかし彼はプライドが高い男であった。それこそ、自分のプライドを守るためだけに『使うな』と言われたものを使うぐらいに。
ローゼスは弓を引き絞りながら問い詰める。
「教えなさい! 誰がチャーリーとあなたに入れ知恵したのか!」
「くくく……俺を追い詰めたつもりか? このドクロの本当の使い道というのを見せてやろう!」
ローゼスが止めるよりも先に、ガルムが掲げたもう一つの結晶のドクロが禍々しく輝く。
それと同時に急に海が荒れ始め、赤い光の柱がガルムを包む。その衝撃に、一同は後ろに後ずさる。
ガルムは異形と化した。赤い結晶が突き出た、骸骨。
自らの姿を知らぬガルムは、自信満々に笑う。
「クカカカ、コノミナギルチカラ! 次ニ一方的ニヤラレルノハ、お前タチダ!」
陽子達は改めて身構える。先ほどまでとは比べ物にならないほどの威圧感がそこにはあった。
ガルムは目から放たれる熱線で袈裟切りするかのように頭を振るう。ローゼスたちは避けるが、帆や甲板が熱線が当たったところから燃え始める。
このままだと船が持たない。急いで倒そうと仕掛けるが結晶の体は硬く、攻撃は弾かれてしまう。
「何だこの硬さ……! 下手な岩盤よりも硬いぞ……!」
「コノマモリ! コノチカラ! オレハムテキだ!」
どうするか決めあぐねる一同にガルムの背後にいた陽子が叫ぶ。
「みんな、心を強く持って! 戦う力は心の力! 挫けなければ、きっと倒せるから! 私が支援するから! ……黒よ、活力を削れ!」
陽子の詠唱と共にガルムから飛び出した粒子がくろに吸い込まれていくが、今までと比べてゆっくりとしか削れないのに違和感を抱く。
「オノレッ! オレニドウヤッテ、傷ヲ……!」
陽子に反撃を加えようと振り返るが、そこにローゼスたちが攻撃を加える。
まとめて攻撃とばかりに、ガルムが甲板を殴りつければ、甲板がひしゃげて、亀裂を生み、陽子達をふらつかせる。
早く倒してしまわないと、燃える船と共に皆沈んでしまう。
エミーの心配そうな、早く脱出するようにという声が聞こえる。
このまま戦っていては、おそらく間に合わない。陽子は必死で考える。
相手を倒すのではなく、仲間を守る方法を。
一つだけ、考えが浮かぶ。
――それは賭けだった。
成功する保証はなく、仮に成功しても……それでも、彼女は大切な仲間を守りたかった。
柱が折れてサンゼンが下敷きになる。鋼の体には大した傷にはならないが、打ちどころが悪く気を失ってしまった。
ミシリ、バキリと船が少しずつだがバラバラになろうとしている。もう時間はない。
メリーたちと連絡するために必要な懐中時計を皆のいるほうに投げ、ガルムの元へと駆け出す。
ローゼスたちに追撃を入れようとするガルムの懐に入って、背骨をつかむことに成功した。
「オ前ノチカラデハ俺ハトメラレナイ……!」
賭けには勝った。しかしそれは自らも犠牲になるということだった。
サンゼンの救助をするローゼスとアカリのそばに落ちた懐中時計。今まで割れる事がなかった中の硝子が、ピシッ、と割れる。
その音にローゼスはハッとする。
「ヨーコ? ――まさか!? ダメ、駄目よヨーコ!」
「みんな、ごめん」
陽子はそう小さくつぶやいて、力を行使する。かつて、風の谷で行ったように。
「黒よ、空間を削れ」
ローゼスは蔦を陽子の手へと伸ばす。しかし、蔦で絡めることができたのはくろだけだった。
陽子とガルムは海上へと移動し、そのまま海へと落ちていった。
「ヨーコ、ヨーコ……! 嘘、うそ……よね……? 助けなくちゃ……!」
ローゼスは陽子が落ちた方向へと駆け出す。
バキッ。メリメリッ。大きく音を立てて船が傾き始めた。もう間もなく、船は沈む。
「ローゼス様、駄目デス。マスターの遺志を無駄にするつもりデスカ?」
「でもこのままじゃ……!」
アカリは遺された懐中時計とくろを手に取り、サンゼンを背負う。
もう、船は限界だ。アカリはそう感じて、ローゼスの腕を握る。
「……この波ではエミー様やシェリー様も危ないデス。救えるかわからない一人を救うタメに、他の全員を見捨てるツモリですか? マスターはそれを望んでいたと思いマスか?」
アカリは無理やり三人で船から脱出する。
上での会話を聞いていたのだろう。エミーは青ざめていた。
シェリーはアカリの方を見て頷き、舵輪を限界まで回し、海賊船から離れる。
その直後に海賊船はバラバラになり、沈んでしまった。
「――だから海賊は嫌いです。本当に」
誰にも聞こえないよう小さく、そう呟いてシェリーは港へと舵を切った。
***
港までくれば、嘘のように静かな海だった。
ギルドには向かわず、ガラード姉妹の店へと足を運ぶ。
「姉さん、シェリー様、皆様お帰りなさいませ。ヨーコ様がいらっしゃらないようですが……?」
二人を背負ったアカリは静かに首を横に振って。ゲストルームに向かう。
いまだ目が覚めないサンゼンと意気消沈したままのローゼス。しばらく旅は休むことになるだろう。
もしかしたら、志半ばで旅が終わるとも考えられた。
アカリは、懐中時計から男の声を聴いた。このようなことができる時計だったのだろうか。
手にして、男の言葉を聞く。
「お客人ですか?」
「誰の事デスか? ……マスターのコトですか?」
「オートマトン。新たな仲間を歓迎したいところですが、陽子様はどちらに?」
アカリは、今までの事を話す。海賊に荒らされた街の事、赤金貨の事。……そして戦いのさなか陽子が犠牲になったこと。
しばらくの沈黙があった。それから男はこう答える。
「ですが、私はまだ希望を捨てません。その海域は複雑な海流がある場所。甲板の破片にでも捕まることができれば、漂流することもできるでしょう」
アカリはこれからをどうするか、考えていた。
「新たなお客人。近くに鏡はありますかな? この懐中時計を触れ合わせて下されば、陽子様の拠点に通じる門になりますぞ。他のお客人も戻って休んだ方がよろしいと思います」
言われた通り、鏡に懐中時計を触れ合わせ、手を触れると、アカリは部屋から姿を消し、館へと移動する。
戦いに勝利したものの、失ったものがあまりにも大きかった。
以降、週一更新になると思われます。