第2話 勇者の契約
二人は何とか故郷の夢見が丘まで戻ってきていた。もう夜になっていたが、ここは変わらず平和であった。
「とりあえず、ここから近い私の家にいこう? マイを休ませないとだし」
もう自分で帰れるってという言葉を無視して自宅へと歩いていく陽子。マイが無理に歩いてケガを悪化でもさせたら大変だと思って無理にでも一番近いベッド、自室のベッドに向かうことにしたのだ。
扉を何とか開けて、家に帰ると父母が駆け寄ってくる。
「陽子……こんな時間まで何……ううっ……!」
「あなた、泣かないで……」
「……どうやって娯楽都市から帰ってきたかは今は聞かないでおく。今日は疲れただろうからな」
「マイさんの分も一緒にごはんもって上がるから、部屋でゆっくり休んでね」
「お母さん……お父さん……わかった。マイ、いこう」
自室へと向かうために階段を上る。
それを見送った両親は二人に聞こえないように小声で話をする。
「……やっぱり、メルエール様の加護があったのかしら」
「また玉眼の話か?闇を恐れず光の下で暮らすヒトだとか、闇の女神の祝福を受けているだとか……夜の教団みたいなこと言うなといつもなら呆れるんだがな……娯楽都市の方を見ていたら何かが降り注いで大変なことになっていたのに、無事で二人が帰ってきたからな……確かに、普通の子じゃないのかもしれないな」
「ええ、普通の子じゃないわ。私たちの自慢の娘ですもの。ねえ、あなた?」
「そうか……そうだよな……」
***
一方で陽子はマイを自分のベッドに横にさせて、楽にさせて自室で休んでいた。
「ねえヨーコ、さっきやってた傷を削れーっての私にもやってよ」
「う、うん……わかった。『黒よ、傷を削れ』」
そう唱えると横になってたマイは驚いたように声を上げる。
「おおっ、本当に楽になった! ありがとうね、ヨーコ、くろ」
ちょっと困惑したように頷く陽子と対照的に反応せずにそっぽ向くくろ。そっぽ向いたのに困ったような表情を見せる陽子にいつもこうなのとマイは問いかける。
「いつも私がご飯あげるときだけ食べるの。同じ精霊塩をあげているのに……」
「えー、精霊塩なんていいもの食べてるの? あれって愛玩精霊用のご飯でしょ? どうして?」
「くろを拾ってしばらくしてから、魔法生物を見れる治癒術師さんに見てもらったら、精霊塩をあげるように言われて……」
「へー、世にも珍しい精霊のまっくろぬん? そんなのに懐かれるなんて、珍しい体験そうそうできないんだから大事にしなよ~?」
ぬん。この夢見が丘の外の森にもそこそこいる魔物だ。猫は液体を体現したかのような魔物で、スライムと猫の中間のような姿をしている。人懐っこく、エサをあげると構ってくれるとついてくるようになるからエサをあげないように言われている。
くろもぬんの森と呼ばれている森に遊びに行った帰りに弱っているところを拾って手当してからペットになったが、不思議な力があるくろは本当に、ごくありふれていて弱い魔物とされるぬんなのだろうかと、陽子は首をかしげていた。
そろそろ母がご飯を持って上がってくる頃だろうかと思い、食べさせてあげようかとマイに聞いてみると自分で食べられるよ恥ずかしいと取り乱すのを見てほほえましく感じていた。
その時だった。鏡が光りだし、窓も開けていないのに部屋中が風を受けたかのようにはためく。
「な、何が起きているの……!?」
それが収まるとそこには銀髪の少女が部屋に現れていた。陽子とマイとは年の離れた、九歳ぐらいの少女。流れるような銀髪、そして陽子と同じルビーのような赤い瞳。そして何よりも、彼女自身が纏うオーラがただものでないことを感じさせた。
何を言うのだろうか、固唾をのんで謎の少女を見つめているのを何とも感じていないように彼女は口を開く。
「無事に戻ったようで何より」
その声は娯楽都市で頭に響いた声と同じであったことに気づき、その言葉と共に助けてくれた人なのだと感じ取った。
「あ……あの時魔獣を止めてくれてありがとうございます……」
その言葉に当然、といった素振りであそこで終わられては困るからと返されて困惑する陽子。
そんな陽子に少女は衝撃的な言葉を投げかける。
「いま世界は滅びの運命に瀕している。それを変える選択ができるのはあなただけ。さあ、勇者になりなさい」
じり、と後退する。自分には無理だと思っているから。友人一人を守るにも命がけだった自分。武器を扱うのが得意なわけでもなく、なぜか碌に魔法も使えない自分には。
「無理です、とでも言いたげ。でも、拒否権はない。他でもないあなたでなければならない」
それを横で聞いていたマイがベッドから降りて声を上げる。私では無理かと。足の怪我が治れば、戦えるからと。
少女は思案する。何かひらめいたように、薄暗い笑みを浮かべ、こう言葉を返した。
「ならば、私の手に触れなさい。勇者としての契約を交わす。私は契約者に力を与える、契約者は勇者として世界を救う。先に触れたほうが、契約者になる」
陽子とマイ、その気持ちは一緒だった。友達に勇者なんてさせられない。
少女が手を前に差し出すのと同時に、少女の手に先に触れるために駆け出す。
「ッ――!!」
ずきり。完全には治ってなかった、マイの足が痛む。それでも手を伸ばすがもう遅かった。
「……決まった。こうして勇者として契約したからには力を授けなければならない。
受け取りなさい、ヨーコ。『ルナボルト』を」
目論見通り、と言わんばかりに二人を見て小さく笑みを浮かべる謎の少女。
触れた手から月の光に似た光が、知識が陽子の体へと流れ込んでくる。
それを受け取って陽子は驚く。
「え……これって、闇の魔法……」
「知らなかったの? あなたの眼はただの赤い眼ではない。それは玉眼。あなたは闇の女神に選ばれている」
「そんな……ずっとただの赤い眼だと思って……私、玉眼なんておとぎ話だと……」
呆然とする陽子だったが、マイの声ではっとする。
「いたた……まだ完全に治ってなかったなんて……」
「マイ! 無理したら駄目なのに……!」
「ヨーコの方こそ……ユウシャなんて危険な事、させたくなかった……」
「その気持ちだけでもうれしいから……」
そんなやり取りを感情の無い目で見ていた少女だったが物音に気付いて姿を隠す。物音の主は母親だった。
どうやら、先ほど駆け出したのでその音が気になって登ってきたのだろう
「ヨーコ、マイさん? どうしたの? どたどたって音がしたけど……」
説明しようと振り返るが、少女はおらず困惑する。
「マイさん怪我してるんだからあまりはしゃいだら駄目よ。もう少しでマイさんの分もごはんができるからね」
戻っていくのと同時に再び姿を現す少女。陽子はどうしてかくれるの、ちょっと恥ずかしかったよとぷりぷり怒っていたが、素知らぬ顔でこう返す。
「あなたの親に会うのは本当に勇者にふさわしいか見定めた後。この町の異変を解決してみなさい。それができれば本当に勇者として認める」
少女に懐中時計を手渡され、何かあったらそれを介して話しかけるといわれ、消えてしまった。
「これからどうするの?」
「明日町を調べてみようと思うの。この町の異変も気になるし……」
「するのね、ユウシャ。止められなかったからできることはないけど……私は応援しているから」
ごはんができたようで母が二人分のご飯を持って上がる。
それを食べてその日は泥のように眠りについた。
次の日。
陽子達の昨日の疲労はばっちり取れて素晴らしい目覚めだった。マイの提案で写真を撮ることにした。まだどうなるかはわからないが、いつか振り返ることができるように。
カメラを掲げてくろを含めた二人と一匹が写真に納まると、それを見て笑顔になる陽子。
「思い出の一枚だね! 大事にするよ! ……それじゃあ、行ってくるね」
「恋しくなったら戻ってきなよ~? 皆ヨーコの事大好きだから!」
「ふふっ、ありがとう」
こうして少女の冒険は始まった。