第27話 一万ゴールド金貨
店の中も小綺麗になっているものの少し荒れており、本来は眩いばかりの装飾品が入っているだろうショーケースに商品はなく、照明も薄暗く、もの悲しい雰囲気が漂っていた。
「このような状態で申し訳ありません。今は海賊対策に予約を入れてくださった方にのみ、商品をお見せしているので……」
「この荒れようだもの。そうするのも仕方がないわね」
「うーっ、それでもあいつら商品の隠し場所を探るんですよ! 私とリン以外誰も知らないはずなのに!」
ローゼスは、一瞬リンに疑惑を向けるが振り払う。仮に『裏切者』だとしたらこの店以外も被害を受けているのかが説明できないし、あの怪我が演技だとは思えなかったからだ。
「――隠し場所を変えても被害を受けるっていうのは他の店でも?」
ぷんすこ怒りながら、そうなんですよ、それも繁盛している店ばかりと発言するエミーを宥めながら、陽子は他に何か変わったことはないかと問いかける。
すると、賊は現金には手を付けないという。
それを聞いて、反応するローゼス。現金を盗む賊は非常に多い。盗めなかったならともかく、故意的に盗まなかったというのは、学術都市で盗まれた竪琴のような特殊な事情がない限り、滅多に聞く話ではなかった。
「ねえ! 何かお金に関することで何か変わったことなかった!?」
「わっ、大声出してどうしたんだローゼス!?」
「そう……そうでした! 怒りで忘れていましたがずっとおかしいなと思ってたものがあるんですよ!」
そう言って、金庫から金貨を何枚か取り出した。普通の金貨より一回り大きく、中央に赤い結晶がはめ込まれており、これ自体が一つの芸術品のように見えた。
「半年ぐらい前に造幣局が新たに作った金貨で、通称『赤金貨』と呼ばれているものです。通常の金貨より上の価値を持つもので、今のところサンモニカだけでしか出回っていません」
普通に使っているこの金貨に違和感を抱いているというエミー。言語化はできないけど、なんとなくと。
その金貨を目にして、今度はサンゼンが反応した。
「なあ、この金貨、ちょっと触っていいか?」
「あっ、いいですよ! サンゼンさん!」
金貨を三枚、手に握ってしばらくすると顔をしかめて返す。
「この金貨、欲望以外にも、悪い気を帯びている。俺みたいに気を読めないと気づけないぐらいに、うっすらとだが」
私が最初に気づいたんですよとどや顔をするエミーに、違和感感じてくれないとこっちもわからなかったと素直にサンゼンは認めて、それを聞いてもっと褒めていいんですよと舞い上がるエミー。
どうどうと、リンが落ち着かせてこれからどうするか話す。
「とりあえずギルドあたりにこのことを報告するか? この金貨を使わないようにって……」
「その必要はない」
そう言ってメイド服を着た女性が店を訪れる。
「シェリーさん! ど、どうでしたか……?」
「誰?」
「私たち姉妹がメイドしてた頃の同僚です。私の違和感を解決するために裏でいろいろ調べてくれていたんです」
エミーとリンはとある貴族に仕えていたメイドだったのだという。それがなぜこうやって彫金店をやっているかは今は聞けなかったが、エミーはともかくリンの振舞いを見て一同は納得した。
シェリー。ボブカットの金髪で、両腰には魔法銃を下げている。暖かい色のはずなのに冷たい、橙色の目がエミーとリンを見ていた。
彼女は紙を広げて、説明を始める。
「結論から言うと、真っ黒です。造幣局を管轄している貴族のチャーリー三世と、今サンモニカを荒らしている海賊の首領のガルム三世が手を組んでいます。一万ゴールド金貨、通称赤金貨に何か細工がされているようですが……私にはそこまではわかりませんでした」
信じられないと口を大きく開け、それを手に覆う姉妹。
確かに、チャーリー三世はあまり評判の良い貴族ではなかったが、まさか海賊に加担していたとは。
通貨はヒトの国はおろか、魔族領でさえも同じ通貨を扱っている。それを勝手に増やした挙句、何か細工されているとなれば、サンモニカの問題どころではなくなるかもしれない。
そういえば、チャーリー三世は記念通貨だと言いながら、この赤金貨を作っていた。そのころから海賊と手を組んでいたとなれば、ヒトの信頼を落とすような大問題になる。
「おう、メイドのねーちゃん。その赤金貨とやら、悪い気が流れているぞ。数枚じゃわからないが、集めたら何かわかるかもしれないな」
「集めるのは困難だと思いますが。富裕層や商店を中心に、広く流通してしまってますから、一介のメイドである私程度ではそのような大金を動かすことなど……」
「だからといって放っておけないだろ。ギルドに協力を要請しよう」
一人でできないなら、協力を仰げばいい。ギルドもこの問題を蔑ろにはできないだろうと。
わかりましたとシェリーはサンゼンの提案に首を縦に振った。
それなら! パン、と手を叩き、エミーは何かをひらめいたかのように声を上げた。
「多少損しますが、私が依頼を出しますよ! 赤金貨を一万一千ゴールドで買い取る依頼を出してきます! 引き受けた人は労せずにゴールドが得られて、私たちの元には赤金貨が集まる、お互いに恩恵を、ですよ!」
「勝手にそんなことしたら、金貨の価値が変わっちゃうし、よくないのじゃないかしら……」
「逆ですよ逆! 記念通貨を高くで買い取りたいと依頼するんです! 表向き、記念通貨ですからね!」
「……行っちゃったわね。って、一人で行かせて大丈夫なの!?」
ローゼスの制止を無視して、名案でしょと言いながら、バンッと扉を開けて、エミーはギルドに向かってしまった。
今の時間は夕暮れ。午前中にも襲撃があり、すぐ行われるとは思いたくないが、単独犯ではなく、複数のグループが絡んでいるのだとすれば。
「何があるかわかんねえ! 俺、ついていくわ!」
昼でさえも治安が悪い今、夕方に一人で出歩くのは自殺行為だ。
待ってと、陽子が制止するも、彼は追いかけて出て行ってしまう。
陽子とローゼスが互いに顔を見合わせて頷き、店を飛び出す。
「私たちも行ってくる! リンさん、シェリーさん、店で待ってて!」
「わかりました。では、店は私たちが見ておくのでエミーさんを頼みます」
これから訪れようとする出来事を象徴するかのような空の色。
夕闇に溶けて輪郭が消えてゆく背に。シェリーは深くお辞儀した。
***
サンゼンとエミーは海賊に囲まれていた。エミーが囲まれているところにサンゼンが飛び込んだ形だった。
数にして八人。人一人を襲うにしてはかなり規模が大きかった。
「くそっ、こんな夕暮れ時から賊に囲まれるなんてついてないな、エミー……! ここは俺に任せて先に行け!」
サンゼンがエミーを逃がそうとしていたが、賊が彼女を囲む。
「そうはいかないぞ棒人間! その娘がしようとしていることは我々にとって迷惑なのだからな!」
「は? なんでお前ら知っているんだ?」
「あっ! ……口封じだ、覚悟しやがれ!」
その言葉を待ってましたとばかりに、サンゼンは賊を一方的にどつきまわす。
しかし、賊は実力だけでは勝てないと察したのか、エミーを人質にとる。
「おい! これを見ろ! 小娘の首が飛ぶぜ? 降参するんだな!」
「ちっ……卑怯者め。わかったよ。これでいいんだろ」
両手を上げて無抵抗であることを伝えると、賊はゲラゲラと笑ってどうやってお返しするか考えていた。
しかし、一本の矢が賊たちの間をすり抜け、賊がエミーに向けていたナイフを弾き飛ばした。
エミーはとっさに賊に肘鉄を喰らわせて、来た道へと逃げる。
「ほんっとうに卑怯ねあなた達! サンゼン! 大丈夫!?」
「ローゼス! 助かった! 陽子達はエミーと一緒にギルドに!」
くろで勢いを削ってからエミーの手を引いて、賊を突破する。
逃がすなと賊が追いかけるが、ローゼスが立ちはだかり、足止めする。
「どうだ、行けそうか?」
「とどめを刺す間もないわ。余裕よ!」
「ありがたいことで!」
***
陽子はサンゼン達が心配であったが、人質にされていたエミーの事も心配だった。
「エミーさん、大丈夫?」
「ううっ、死ぬかと思いました……人質にされたときもそうですけど……」
そうですけど、に首をかしげる陽子。エミーはこう続ける。
「あんなすぐ横に矢が飛んできたから、狙われたのかと……助けてくれたのはわかってるけど……」
「……ローゼスさんには内緒にしようか」
「マスター、エミー様、アレがギルドでしょうか?」
アカリが指さす先には、巨大な酒場。夕闇に覆われつつある街から逃げるように、冒険者らしき人々がその酒場に集まってきている。ヒトは闇を恐れ、魔は闇に潜む。ヒトは祝福なき闇を恐れざるを得ない。エミーも急ぎ足で、明かりに照らされた酒場に向かう。
そういえば、陽子は魔物は怖いが、闇夜を怖く感じたことがなかった。それが玉眼っていうことなのかなと思いながら、アカリと共にエミーの後を追ってギルドに入る。