第26話 港町サンモニカ
サンモニカは、名所に光の女神を筆頭に様々な神が祀られている、エタンセル大聖堂を擁するヒトの国最大の都市で、同盟首都の港町として最も人も物も豊かな場所だ。
様々な神の祝福にちなんだ祝祭が行われるこの場所で、今の時期では海の幸と海の神に感謝するチェザーラ祭がやっているはずにもかかわらず、今は閑散として、荒れていた。まるで、神々に見捨てられてしまったかのように。
「なんだか閑散としているね……それにちょっと、怖い感じ……」
「それも気になるが、その前に教会によっていこうぜ。リーベ女教皇が俺に手当てしてくれた礼を言いたいんだ」
それを聞いて、ローゼスはなぜか不機嫌そうにため息をつく。
「ふーん……、まあ、止めはしないわ。私は行かないけど。荷物を見張っているから、三人で行ってらっしゃい」
「ローゼスさん、どうして……?」
「聖職者を見ると思い出すのよ。ルインメーカーの姿を」
「……行きましょう。マスター」
そう言って、アカリは陽子を引っ張り、三人で大聖堂に足を踏み入れる。
大聖堂では、現状を変えようとしているかのように、慌ただしく聖職者が働いていた。
サンゼンはあたりを見回し、一息ついているシスターを見つけて女教皇はどこかと尋ねる。
「リ、リーベ様がまたご迷惑を? 本当に子供みたいなんですからもう」
「いや、助けてもらったんだよ。こっちが気を使い果たしたときに手当してくれて」
「また、タダで治療を……大司祭様にまたお小言いわれますね」
金をとるのか、とサンゼンが首を傾げた矢先、焦燥した様子の妹らしき、小柄な眼鏡の少女が、彼女の姉らしき少女を背負ってやってくる。
背負われた少女はところどころに傷を負って、服も少々破けていた。
「治癒師はどこですか! またリンが奴らに!」
「お、おい……お前の姉ちゃん結構手ひどくやられて――」
「……隣人を助け、互いに恩恵を与えよ。ヒール!」
そういって、シスターは椅子に横にされた少女に手をかざして命の魔力を注入していく。
「ありがとうございます……姉さんもありがとう」
あなたが笑顔ならそれでいいのと姉は涙目で頷いて、横たわる妹の手を握る。
サンゼンはそっちが姉だったかと、頭を掻く。
「ダメージが深刻デスね……マタと言っていたということはこれが初めでデハないト?」
あうっと、ちょっと驚いたような声を上げる眼鏡の少女。気を取り直してその言葉に答える。
「そうなんですよ。私たち彫金で生計を立てているんですけど、作った作品を狙って海賊が繰り返し襲ってくるんです……おかげで作品がいくつか奪われて……」
彼女は語る、リンは護衛のために戦い、こうやって傷つくことが多いと。
「だから……私がもっと頑張らないと……」
「姉さんは頑張ってますよ。怪我したのは私が及ばなかっただけですから」
そう言って立ち上がる眼鏡の少女と雰囲気が対照的な妹。
「詳しくは私たちの店で話をしましょうか。姉さんも気になっているものがあるんですよね」
「そうそう……って、あっ。お布施です……いつもありがとうございます」
じっと姉妹を見つめていたシスターだったがお布施を受け取ったら頭を下げて立ち去った。
それを見て小声で、サンゼンは仲間に呟く。
「『お布施』ねえ……無言の圧って怖えな。とりあえず俺はまだあの姉妹が心配だし、ついていこうと思うが、どう思う?」
「イイと思いマス。情報を得られるかもシレマセン」
陽子もそれに同意して、姉妹に声をかける。
「あの……私たち旅の者なんですけれど、お店に行ってもいいですか?」
「今はあまり興味惹かれるものはないかもしれませんが、いいですよ」
「そ、掃除だけするので入る前に待ってくださいね!」
***
大聖堂を後にして、ローゼスと合流し、姉妹の店へと歩を進める。
妹の方はリン・ガラード、姉の方はエミー・ガラードというようで、ガラード宝飾品店という店を姉妹で営んでいる。陽子達もそれぞれ自己紹介をしながら街を歩いていく。
「しばらく前から、海賊が襲ってくるようになって……チェザーラ祭も中止になっちゃったんです……」
どこも賊で嫌になるわねと、割れた窓のガラス片が散見される、荒れた街を見回しながらため息をつくローゼス。
サンゼンは閉店中という札を多く見かけるこの場所が、荒れていることが気になっていた。
「かなり手ひどくやられているな……それにしても、ここら辺は店が多いな?」
「はい。賊たちは貴重品が多くある場所ばかりを狙って襲っているようで……噂では一部の貴族も被害に遭っているとか」
そんな話を聞き、しょんぼりする陽子。本来ならカメラに収めるような美しい街並みも、今はくすんで見えた。
「あっ、私たちのお店に着きました。最低限の掃除だけさせてくださいね……!」
そう言われてしばらく待つことになったが、その間に陽子達は今までの話について気になっていることを話し合っていた。
「リンって護衛なんだろ? 護衛付きの場所をわざわざ狙うっていうのがよくわからないな。得るものは多いのだろうけどさ」
「ええ。店側で護衛を雇ったりすることもあるし、衛兵も多い。ほら、あんな感じに」
そうやって衛兵隊を指さすローゼス。おそらく普段以上に警戒しているのだろう。
ここの衛兵たちは、思ったような成果が得られていないのだろうか、異変解決前の学術都市の衛兵以上にピリピリしているのが陽子には感じられた。
陽子も何かを言おうかなと思った矢先、ガラード宝飾品店の扉が開き、リンが陽子達を迎える。
「お待たせしました。掃除が終わりましたので、お入りください」