第23話 地道を往く
朝起きると空は暗い雲で覆われていた。
「げっ、これはちょっと村まで急がないといけないかもしれないな。これは確実に来るぞ」
「ええ、草木がざわめいている。雨が近いしるしね。行きましょうか……ってサンゼン!?」
朝食の干し肉をがっついて、のどに詰めて盛大にむせるサンゼンの背中を叩きながら、ローゼスは陽子にも準備するように促す。
陽子も急いで朝食を頬張って、火の後始末をした後に車に乗り込む。
二人が乗ったことを確認してそうらとやや早歩き気味に道を進む。しかし、今回は順風満帆とはいかないようだ。何故なら賊が四人で荷車を囲んできたからだ。
「親分、見るからにしょっぱそうですが本当に何かあるんですかね?」
「乗っている女を見ろ。黒髪の方、赤眼だぞ」
「だ、だけどよ……スティックメンと血薔薇なんて同時に相手したくねえよ」
「うるせえ! こっちも備蓄がつきかけているのはわかっているだろ! そうなりゃ奪うしかねえんだ!」
「ということだ。おい、棒人間。荷車に乗ってるものすべて降ろしたら命まで取らねえ。さあ、おろしな!」
あわあわと焦る陽子に対して冷めた表情で賊を見る二人。提案に乗る気はさらさらないようだ。
「じゃあ、力ずくってやつだ……ぐあああっ!」
サンゼンのブレイクと名付けられた蹴りで早速賊が吹っ飛ぶ。
「弟分をよくも、ぐえっ!?」
残りの賊も飛び掛かろうとしたが、ローゼスに使役された草に足元をからめとられ転倒する。
「サンキューローゼス! こいつらを振り切るぞ!」
そう言って一気に駆け出す。
しかし、急いで駆け出したからか、親分らしき巨漢が鉤付きロープで荷車をひっかけていたことに気づくのに遅れてしまった。
「くくく……こっちに来やがれ!」
「んなぁ!? ひっかけてたのかアイツ! くそー力負けする! ローゼス!ヨーコ!どうにかできないか?」
「賊にしてはなかなかやるわね…… まってて、ロープを切るから!」
そう言っている間にも、引き離した分を失っていく。
荷車を引っ張る男はまだまだ余裕といった表情をしている。
「切られる前に手繰り寄せてやる!」
そういって一気に手繰り寄せる。これでは間に合わない!というローゼスの言葉を聞いて陽子は荷車の勢いを削ると、
男は有効ではないと悟ったのか、逆に近づいてくる。その巨体がぶつかるだけで荷車はバラバラになってしまうだろう。
迫りくる巨体をみて陽子はふと思い浮かべる。巨体、山、ダイナマイト、爆発……
「音紡ぎ『爆』! みんな耳をふさいで!」
紡がれた音のイメージは小さな爆弾となって男の前に転がる。
「あ? なんだこれ……」
その直後、凄まじい轟音が放たれ、周囲の木々から鳥が一斉に飛び立つ。
「あいつモロに受けて気絶してるぞ。今のうちにロープを外すんだ!」
二人で協力して何とかロープを外し、賊を振り切ることに成功して三人はふうと一息ついた。
「それにしてもびっくりしたわ。よくとっさに思いついたわね」
「あの音、凄くて忘れられないよ……でも、役に立ってよかった」
そう微笑んだ陽子の眼鏡に水滴がつく。雨が降り始めようとしている。
「くそう! 一難去ってまた一難かよ! 掴まってろ! 村までもう少しだ!」
ガタンガタンと揺れる荷車に呼応するかのようにザアザアと本格的な雨になる。
「着いた! 宿を取って雨宿りしよう」
***
村で宿をとった三人は窓から空を見上げていた。暗い雲に覆われていて、振り続ける雨が窓を濡らしていた。
「止むまで足止め食うのか……あのフタバとやらがどこかに行ってしまう前に何か掴まないとその厄災の魔力とやらも追えなくなるぞ」
「早く止んでくれるといいんだけど。そういえば、ヨーコは何を読んでるの?」
「うん……懐かしい本が本棚にあったから読んでいるの」
そう言って、二人の王が相対するその表紙を見せる。そこには『ふたりのおうさま』と綴られた絵本であった。
「あー二人の王様か。優しく国民に慕われる王に嫉妬したいじわるな前代の王が暗殺をもくろんで……どうなるんだったか?」
「暗殺は失敗したものの、追放に成功して改めて王の座についたいじわるな王は、国民の反逆の末に処刑された……読んだときは絵が怖くて、しばらく一人で眠れなかった」
昔のことを思い出して陽子は顔を曇らせる。
「無理もないわね。ちょっと絵本にするにはちょっとどうなのって思ったもの」
「教訓は『やったことの報いは帰ってくる』だったか?」
「そういえば、もやっとする終わりだったのは覚えているわ」
「やさしい王様がどうなったのか、書いてないんだよね……この本にも書いてない」
御伽噺だし、あまり考えすぎもよくないなと、サンゼンは伸びをして陽子と同じように面白い本がないか本棚を調べだす。
これとかどうだ?と手渡した本には、覇王と賢者の石と書かれた錬金術の本だった。
「その本、姉様も持ってたわね……無限の魔力を生み出し続ける賢者の石の存在の記述が、古代王国で発見されたことから、永久機関の可能性を書いたものだったはず」
「げっ、古代王国……地獄とかいわれるやばいところだったよな」
地獄と聞いて身をすくませる陽子を見て、ローゼスは大丈夫と鉱山でしてもらった時の様に、背を撫でて落ち着かせる。
「ええ、古代王国、今は古代残滓って言われているわね。海を隔てた先の魔族領……ちょうどここから見えたかもしれないわね。見たいとは思わないけど」
「にしても、その古代王国の事を書いた本がたくさんあるな。こっちには人と魔を統べた『覇王』の英雄譚とかあるぞ」
「あら、知らないの? ここは昔の遺跡を調査する考古学ギルドがあるところよ。すぐ隣だからちょっと何やっているか、見てみるのもいいかもしれないわね」
「うん……待っている間に何かできるかもしれないし。行ってみようよ」