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第1話 理不尽は突然に

ようやく完結できましたので、今後は序盤からの順にブラッシュアップしていく段階になりました

「最新のゴーレム学と魔導細工の融合じゃよ。お嬢ちゃんよく買えたのう」


 このカメラは言わば小型のゴーレムだ。 フィルター紙を内部で錬成し、相反する属性をぶつけて現像し、写真を出力する。

 魔法の真鍮のフレームを持つそれは、今の魔法学の最先端を行くものでもあった。


「超いい奴じゃん! それにさっき買った服も超似合ってるし!」


「えへへ、ありがとう、マイ」


 夢宮陽子(ゆめみやようこ)。故郷の皆からヨーコと呼ばれ、愛されていた。

 背中まで流れるようなつやのある黒髪。優しくありながら、眩しい笑顔。そして眼鏡の奥のルビーのような赤い瞳と穏やかな目つきが魅力的な、霞に覆われた森に囲まれ、独自の言語文化がある辺境のヒトの街、夢見が丘で暮らす中等部の少女であった。

 今日は友人の鈴木舞(すずきまい)と共に、隣町のヒトの街最北端の世界中の娯楽や文化が集まる、娯楽都市に訪れて買い物をしていた。この後、宮廷楽士のハディン・スコールの演奏会を聞きに行く。

 マイに褒められて陽子は嬉しそうに微笑んでいたそのとき、外の時計塔の鐘が夕暮れ時を告げる。その音にびっくりしながらも、演奏会がもう間もなく始まると二人は焦り始めた。


「って、もう演奏会始まっちゃうよ! 急ごう、ヨーコ!」


「わ、待って! メガネかけなおして、カメラしまって……」


「ヨーコ。店から出たら走るけど、転ばないようにね。『おっきい』んだから」


「もうっ! 最近は転んでないもん!」


 マイがおっきいと称したそれは、足元への視界をいささか遮りすぎていた。同年代の男子と同じぐらいの背や、すらりとしたスタイルを持ってなお、不釣り合いなほどであった。


「娯楽都市の大演奏会、前はテストと重なってたから行けなかったけど……」


「今回は行けそうでよかった――」


 二人は無意識に平和が続くことを疑っていなかった。

 しかし、理不尽なことはいつも唐突に起こる。


 何が起きたのだろうか、二人は伏せて、身を守る。

 突然の激しい揺れ、大量の何かが付近に落下する風切り音、立て続けに起きる爆発や衝撃。

 それらがすべて収まると、次は煙の臭いを感じた。ここから逃げたほうがいい。マイはそう感じて、頭を打って気絶した店員のおじいさんを起こそうとしている陽子を引っ張って、床に散らばった小物を蹴飛ばしながら、店から出る。



 自分の見ているものは、いったい何なのであろうか。地獄とでもいえばいいのだろうか。瓦礫の山に、あちこちに上がる火の手。煙で暗く覆われた空は、かつての賑やかな娯楽都市の姿を感じさせるものではなく、生命の気配すらしない。薪とは異なった、『何か』が焼ける臭いもした。店から出て強まった不快感から服の裾で口元を抑えていたが焼石に水だった。

 友人に手を引かれて街から出るために走り、がれきで道が狭くなったところをすり抜けようとする。

 身体が引っかかりながらも、何とか通り抜けたと思ったその時、横の街燈がみし、と軋む。

 その瞬間、自分の体は浮いた。

 ガン、と重い物が落ちる音、ガチャンと割れるガラス。振り返ると折れた街燈の前でマイが蹲っている。おそらく、先ほどは彼女に庇われて突き飛ばされたのだろう。

 幸い下敷きになってないようだが、立ち上がろうとして、足を抑えて顔を歪めていた。


「マイ!」


「っ……たた……大丈夫……足をちょっと挫いただけだから……」


(マイに助けられたのだから、今度は私がマイを守る番……!)


 陽子はマイを背負い、火と煙から逃げるように、瓦礫まみれの街を走る。

 マイを守らないと! そのような考えでいっぱいで周りの事を考えている余裕がなかったのは、彼女にとって幸いであった。

 燃え尽きた命を認識することが、なかったのだから。


「あと少しだよ!」


「ちょっと挫いただけなのに……」


 二人で脱出しようとしたその時、突然、この地では見ない魔物が飛び出す。

 巨大な山羊のような魔獣に、取り巻きのゴブリンが三体。このような魔物は今まで見たことがなかった。

 燃え盛る炎を背に、魔獣は二人の方向にカツ、カツと、蹄を鳴らしてゆっくり迫ってくる。

 魔獣のの大きさは家ほどもあり、こんな魔物は新聞でしか見たことがなく、少なくともこれらを振り切ってマイを背負って逃げるのは無理だった。

 魔獣の一つ目がこちらをぎろりと睨みつける。首を振る。『行け』と言わんばかりに。それと同時に、ゴブリンたちがこちらへと襲い掛かってくる。


「このままじゃ……」


「ヨーコ! 私を置いて逃げなさい! あなただけでも!」


「そんなの出来るわけない!」


 マイを降ろし、魔物たちに向きなおって、背の長杖を抜き、構える。


「私が守るんだから!」


 陽子は戦うのが苦手で魔法も使えなかった。学校で学びこそしたがてんで駄目だった。それでも、友人を置いて逃げるという選択はできなかった。

 マイががれきを投げて応戦してくれている。自分も頑張らなければと、杖をゴブリンの頭に振り下ろす。思った以上にその頭蓋は硬く、反動に手がしびれる。ゴブリンが振るうこん棒を間一髪で避け、肝を冷やす。

 力の入れ方がわからずふらつきながらも、再び頭に殴打を加えて一体のゴブリンを気絶させた。

 しかしマイを守りながら、慣れない戦いをするのはかなり無茶で、繰り返しマイをかばって攻撃をその体に受ける。

 そして、悪いことに後ろで見ていた魔獣が追撃のためにこちらに迫ってくる。

 窮地に立たされ、必死に、痛みに耐えて蹲っていた。


「ヨーコ!」


「う……ここで終わるのかな……」


 その時、頭の中に直接声が響く。


『本当に無謀。ここで諦めるの?』


「誰!?」


『今は知る必要はない。ただ、ここで諦められたら困る』


 その言葉と共にどこかから陽子に薙げ渡される黒い塊。彼女はそれに見覚えしかなかった。

 なぜなら、それは自らのペットだったからだ。


「くろ!? どうして……」


『それには力がある、今を打開する力が。黒よ、傷を削れと唱えなさい』


 言われた通りに唱える陽子。すると彼女を苛んでいた傷から粒子が飛び出し黒へと吸い込まれていく。とその傷が消えていく。

 そして、今度は頭の中の声に促されるままにその力を魔物に行使する。


「黒よ、勢いを削れ!」


 魔獣の動きがまるで重石を付けられたかのように鈍くなる。今なら二人で逃げられる。


「動きが鈍くなった! マイ! 今のうちに!」


 マイを背負って街から出る陽子に魔獣がズシズシと勢いをそがれた状態になってもなお迫る。必死に逃げていたが、振り返るとそこに銀髪の少女が剣を手に立ちふさがり、剣で魔獣の足を抑えて足止めしてくれたおかげで何とか街を脱出することができた。

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