第14話 風の歌
陽子は未だに途切れ途切れに音色を奏でる竪琴を手に取る。『怖い』……それが彼女の抱いた感情だった。
これを本当に持って帰っていいものかと悩んでいた陽子だったが、懐中時計からメリーの声がする。
「陽子。その竪琴に込められた魔力を削って。それが貴女の勇者としてやるべきこと」
「魔力を削る……? わかった。やってみる。黒よ、魔力を……削れ!」
そう言って黒を掲げると竪琴へとくろが伸びていき、触れると同時に大量の粒子が黒へと吸い込まれていく。しばらくすると竪琴からは怖さがなくなり、美しい音色を奏でるようになっていた。
音色が奏でられるたびに周囲の変異した風音草は萎びて、本来の姿であろう小さな花へと姿を変えていく。
「風の谷が元に戻っていく……成し遂げたのですね!」
エルフ達が祭壇へとやってくる。ローゼスはそのようねと返事を返し、教授に頼まれた話を切り出す。
「事が終わったようだし、この場所で何が起きたのか話してもらいましょうか」
もちろん、そのつもりでここに来たのですからと族長が話をする。
この竪琴はもともとウィンドエルフ達のもので、つい最近盗まれて行方がわからなくなっていたという。
その後、学院にあることを知り繰り返し返すように頼んだが断られ続け、業を煮やして盗賊団に頼んで盗んでもらったのが、谷の途中でスプリガンに襲撃され、スプリガンの手に渡ってあのようになったのだという。
「それにしても……凶暴なスプリガンがこの谷にいるなんて、聞いたことが無いわ。獣こそいるものの安全だとされていたのに」
人がこの谷の近くに街を建てるよりもずっと過去にはスプリガンが支配する危険な地だったのだという。そこに今のウィンドエルフの祖先となるエルフ達が戦争の末にスプリガンの脅威をこの谷から拭い去り、その時に使われたのが自然をなだめ理の音色を奏でるこの竪琴らしい。
今では戦争のときほどの魔力こそ残ってはないものの、変わらず当時の音色を奏でているので今も奉っているのだと説明された。
「……そもそもの発端の竪琴を盗んだ人物の事とか、謎は残るけどとりあえず解決したってことでいいわね。それで、ヨーコ……竪琴をどうする? 元々の所持者がここのエルフ達だったとなると、そのまま持って帰るのは面倒な事になるわ」
「私は竪琴をここにおいておいて、許可証をくれた教授さんににこのことを話をしようと思うの。……これ以上私から何かするのはちょっと違うかなって。あの人も言ってたようにまた仲良くなれると思うから。ローゼスさん、帰ろう。このことを伝えなきゃ」
ありがとうございますと、族長は感謝を込めて頭を下げる。いつか、いつか必ず助けますので、期待してください、といって見送るエルフ達。
帰りに食べてくださいと渡された、バスケットいっぱいの食事と共に二人は帰路につく。
来た時とは打って変わって平和になった風の谷の林道を歩く陽子達。二体のスプリガンと戦ったあの場所まで帰ってきた。そこでローゼスが何か思いだしたように、
「そうだ……せっかくだからここで休憩しましょう。バスケットもあることだし」
「ふふっ、そうだね……ウィンドエルフの人たち、いろいろ作ってくれたみたいだね」
荷物を置いて、二人は柔らかな草の絨毯に座って食事をとりながら休憩する。食べ終わってしばらくすると、からころからころと小気味いい音が合唱の様に聞こえてくる。
「ねえ、ローゼス……これが?」
頷いてその歌に身をゆだねるように寝転がって目をつぶるローゼス。陽子もまた、真似して目をつぶる。穏やかな風が奏でる歌に想像を膨らませる。この歌はこの谷からのお礼のような気がしてならなかった。
「そうだ、帰る前に写真を撮っていいかな?ローゼスさんと一緒に……こうすればいけるかな?」
美しい谷の風景と二人が写真に納まった。
***
喫茶店に帰るころにはすっかり夜になっていた。どうやら先客がいるようだ。
「ローゼス、ヨーコさん、おかえり~よく頑張りましたね」
シルファ以外にも出迎える人物が一人。なんと、あの時の教授だった。
「心配してたが、無事に戻ってきたか。風の谷で何が起きていたか教えてもらいたいな」
あの竪琴は元はエルフ達の物だったこと、スプリガンが竪琴を悪用していたこと、竪琴に何らかの細工がされていたこと、竪琴はおいてきたことなどあの場所でしたことや感じたことなどを陽子とローゼスは一つ一つ説明していく。
その一つ一つに頷きながら教授は話を聞く。
「こっちでも竪琴の事を調べてみたけど、その細工は学院に持ち込まれた時にはすでにあったようだ。つまり、その細工をした犯人は盗まれてから学院に来る間に細工を行った可能性があるということだ。そして、話を聞く限りその細工はおそらく効果の反転を狙ったものだと思う」
効果の反転ならば、風音草が変異して凶暴化するのも、スプリガンが再び現れたのも納得がいくとローゼスは頷く。でも誰が?と疑問が浮かぶ。
「それについては私がちょっとだけ占ってみたんです。答えは見えませんでしたがヒントになりそうなものは見えました~」
「姉様の占いよく当たるからね……何が見えたんですか?」
栄華都市サフランシという、シルファの返事を聞いて街を調べる。
サフランシはここから南に行ったところにある鉱山街で、サンモニカ港のエタンセル大聖堂と世界樹の巡礼するときのちょうど中間に位置する場所にあり、特に世界樹への巡礼の唯一の道とされている。
栄華都市の由来はラサイト金山で採掘された金によってもたらされた、黄金時代のころの宮殿が今も残っていることからそう呼ばれているようだ。
「関所の件も風の谷の異常が収まったことで使いがでるだろうから近いうちに解決されるだろう。
それまではゆっくり休むといい。」
ありがとうございますと二人は頭を下げる。
礼を言うのはこっちの方だよ、大変だったねとと返す教授はお暇するようで帽子を整えている。
はい、それでは~とシルファに見送られながら彼は街へと消えていった。
「私たちも拠点に戻ろう?これからの事も考えないといけないし……」
「ええ、そうね……行きましょうか」