第11話 聖スパイヤー学院
「おはようございます! おはようございます!」
そんなランピィの声で目が覚める。廊下に出ればローゼスも同じように目が覚めたようでおはようヨーコといってふわぁと欠伸。
「食卓に行こうよ。きっと気にいるはずだから! ランピィさんの作るご飯すごいんだよ!」
(何か隠していることは秘密にしておいた方がいいかしらね。)
「ええ、行きましょうか」
食堂のテーブルに着くと、ランピィが朝ご飯を持ってくる。朝だというのにこの量はと心配するローゼスだったが、一口味わうとそのような考えは霧散し、気が付けばあの量を全て平らげてしまっていた
「ふふっ……私、お母さんの手伝いとかはしていたけど学んだことはなかったな……学んでみたいかも」
教えるのは苦手だと首を横に振るランピィ。旅の巡りで料理の上手い人に出会えるかもしれない。
「うーん、そっか……わかった。それじゃあ、冒険の続きだね……とりあえず、ごちそうさまでした」
おそまつですぞと返すランピィに食器を渡し、立ち上がる陽子。
「鏡から繋げた場所に戻れるんだよね?」
頷くメリーに笑顔を見せて一足先に鏡に触れる。
一人だと危ないと急いで後を追うローゼス。それをランピィは微笑ましく見送っていた。
「なんだかんだいいコンビになりそうな気がしますぞ」
シルファの喫茶店を出て、大通りへ向かう二人。大通りの終わりには、この街の象徴ともいえる聖スパイアー学院がある。魔術師たちを含め、多くの学者と学生を抱える最大の教育機関だ。
その壮大なレンガ造りと緻密な真鍮パイプの調和に圧倒された陽子は、その風景を一枚写真の中に収め、アルバムにしまう。
「姉様もここで研究しているのよ。とりあえず中に入って話を聞いてみましょうか」
盗難事件の件もあってか、いたるところに衛兵がいる。しかし、昨日だけで二度も盗賊を突き出し
た二人を怪しむ者はおらず、すんなりと通ることができた。長い廊下を通った先で、教授らしき温和そうな初老の男性が二人に声をかける。
「おお、君は錬金科のシルファ助教授のところの……ここに来るなんて珍しいじゃないか。ちょうど君たちと話がしたいと思っていたんだ」
その言葉に、うやうやしく礼をするローゼス。それを見て慌てて同じように礼をする陽子。そんなに畏まらなくてもと、笑いながら部屋に通され二人へお茶をふるまわれた。
「さあどうぞ風の谷の風音茶だよ。にしてもあのエルフ達がねえ……」
話を聞いていくと、元々ウィンドエルフと学院は比較的友好的な関係だったらしい。しかし竪琴の研究を始めたころから、関係がぎくしゃくし始め、ついには竪琴の盗難という決定的な溝ができる事件が起きてしまったのだという。
「そう言えば、竪琴はどういったきっかけで持ち込まれたものなんですか?」
「それがよくわからないんだよ。身分を明かさないで竪琴だけを渡されて。皆不審がっていたが、竪琴の調査をしていくうちに忘れられていってな。今考えると違和感があったなあ。あの時の雰囲気は」
竪琴を渡した謎の存在の事を気に留めながら、情報をまとめていく二人。そこにそれで本題なのだが、と教授が何かの書類を持って来た。そこには通行許可証と書かれていた。
「君たちに風の谷に行って、何が起こっているのか調べて欲しい」
調べているのは確かですけど、なぜ私たちに?と首をかしげるローゼスは衛兵に依頼すればより大人数で作戦にあたることができ、そちらの方が適任ではないかと尋ねる。
「今の学院では、ウィンドエルフ達を許さない風潮が強いのだが、正直、私は彼らを庇いたくてね。このようなことをしたのも、何か理由があるのではないかと思ってね。そこに君が生死不問の盗賊を生かして突き出したと、衛兵たちの間で噂になっていた」
少し気まずそうに視線を逸らすローゼス。ある時、盗賊団を皆殺しにした時の返り血をそのままにして帰ってきて以来、『血薔薇』の異名で呼ばれるようになったことを思い出す。別に咎めているわけではないと、教授は続ける。
「昨日君に仲間ができたことを、シルファから聞いてね。それでなんとなくだが、再び友好的な関係を彼らと結べるのではないかと思ったわけだ」
もっとも、時間がかかるだろうがね。と付け加えて、苦笑いした。
「わかりました。調べてみます」
***
陽子達は書類を受け取り学院を後にして、すっかり日が傾いた喫茶店で話をしていた。
「思わぬ収穫だったね。もともと仲が良かったのに、何でこんなことが起こったんだろう……」
それを調べに行くため、ローゼスは自らの装備品を確認する。こういう時のローゼスはきりっとしていて少し、カッコいいなと思って見ていたらふと目が合ってしまい、気まずくて視線をそらしてしまう。そんな状態のまましばらくしていると、ローゼスからある話題を切り出してきた。
「ヨーコ、闇の魔法を使えるんでしょう? あいつら、ウィンドエルフは『自然の流れ』に属する風を巧みに操るから『理の流れ』で受け止めることができれば楽なんだけど……」
それを聞いて戸惑う陽子。それもそのはず、まっとうな闇の魔法はまだルナボルトしか覚えていないのだから。
それを正直に話すと、むしろあそこまで戦えるのはむしろすごいわよと、フォローをしつつも、少し困ったような顔をして考え込む。
「あ、あのっ……! くろの力で風の勢いを削いでしまうのはどうかな……?」
「言われてみればそうね。その黒いのがいたんだったわね。でも気になったわ。その黒いのは一体『何の流れ』に属するの?」
予想外の質問に慌てふためく陽子。
世界を形作る十二の属性は、それぞれの傾向から三つの流れに分類されている。火と水、風と大地が属する自然の流れ。命や夢、生死といったものが属する生命の流れ。そして光と闇、秩序と混沌が属する理の流れ。
それぞれが三すくみとなって無色の魔力を軸として循環していると言われている。しかし、くろの持つ力はそのどれにも属していなさそうなのであった。
「……わからない。」
ローゼスが想定していなかった答えに、えっと声を出してしまう。どの流れにも属していないものということになるとそれは世界に存在することが難しい、とても不気味なものに感じた。
「姉様がいっていた不気味さの意味が分かった気がするわ……でも見た感じ害はなさそうなのよね」
そういって、ローゼスはテーブルの上で丸まっているくろをつつく。
そんなことお構いなしにくろは丸まって寛いでいる。
くろちゃん、おいでと陽子が軽く手を叩いて受け皿のようにするとくろはその上に収まる。
陽子と関わる時だけは心なしか幸せそうに感じる。
「本当によく懐いているわね。少しやりたいことがあるから、実際に赴くのは明日以降になるわね」
陽子はそれを聞いて、どうしたのと首をかしげる。
「ヨーコ、貴女の防御面を強化しようと思ってね。さっき言っていたルナボルトしか使えないっていうのが気になったから。あの拠点が本当に闇の女神の館ならば、闇の魔法にまつわる本がもっとあるはずよ。こういう時こそ焦らず準備が大事よ」
陽子はその言葉に頷いて、善は急げだよねと拠点に戻るために階段を昇る。せっかちなんだからもうと、ローゼスも後を追うのであった。