第10話 茨解く少女
手配書片手に街を歩いていたが、それまで盗賊の気配はなかった。
「依頼書では確かこの辺だよね?怪しい人いないね……」
「ええ、今は衛兵がピリピリしているからね。表通りを歩いているなんてことは、稀だと思うわ」
「そうなると……裏通り? ほら、ここの細い道とか……」
いかにもな裏路地にうう、とたじろぐ陽子。
「大丈夫。私も警戒するから」
ローゼスの言葉に背を押されながら恐る恐る、裏路地へと歩を進める。しかし足元がおろそかになって、瓶を転がしてしまいかちゃんと音を鳴らしてしまう。
「っ!」
がさりと何かが大きなものが動く音。すかさず先回りしようとローゼスは配管にツルを伸ばす。
「くそっ、ついてないな! 血薔薇に追われるとか聞いてないぜ!」
と引き返してきた男。手配書の人相と同じ男だった。
「と、とまってください!こ、ここは通しませんよ……!」
「そこをどけ、小娘。全然怖くないぞ」
「だ、だめです……悪い事したらちゃんと謝らないと駄目なんです……」
「うるせーな! 何が悪いかは俺が決める! 身ぐるみはいでやらあ!!」
がああっと叫びながらとびかかる男。
「させません! 黒よ、勢いを削れ!」
とびかかった勢いがまるで水の中に飛び込んだかのように緩慢となり。異常な事態に宙をかく男。
「ルナボルト!」
ゆっくりと落ちていく男にさらなる魔法の追撃を与える。
しかし、よろめきながらもしっかりと着地をした男の反撃の拳が陽子のみぞおちに直撃。
「かはっ……!」
そのままうずくまってしまう陽子。男がにやりと笑う。
「よく見ればいい躰しているじゃないか……ちょっとたのしま――」
言葉を言い切る前にイバラが男の腕に巻きついて一瞬で傷だらけにした。
「あ、あ……忘れて……!」
「残念ね。貴方は生死不問だから」
凍てつくような視線で絶望した男を射貫きながらイバラを体全体へと伸ばしていく。
「やめて!」
悲痛な陽子の叫びでイバラが止まる
「ヨーコ!こいつは賞金首で生死不問なのよ。つまり殺してもいい奴なの」
「その人が悪い事をしたっていうのはわかるよ。でも……殺すことはないよ……」
「人は簡単に変われないわ。やり直しの機会を与えたとしてもまた繰り返すだけ。だから根切りしなければならない」
「……それじゃあ、情報はどうなるの?」
「死体から調べればいいわ」
「……うう、でもローゼスさん、やっぱりこういうの良くないよ……」
「旅は厳しいわよ。やるかやられるかの世界なのだから。実際、私が助太刀しなければやられていたわよ?」
「それでも、私は人を信じたい! 黒よ傷を削れ!」
傷だらけの腕を治していくのを見てローゼスはため息をついてイバラの棘を引っ込める。
「甘いわね……わかったわ。そこまで言うならば、あなたについていく間は貴女の事を尊重するわ。……あの子に感謝することね」
「い、生きてる……!見逃しては……」
陽子は首を横に振る。さすがに衛兵には突き出すようだ。
「ちくしょう……」
「……聞きたいことがあるの。カナリュスの竪琴の盗難について何か知らないかな?」
「ああ……知ってる。ウィンドエルフの頼みで、盗んだ盗賊のグループがいたって聞いた」
「ウィンドエルフ……これまた厄介なことになったわね」
「エルフはわかるけど、ウィンドエルフ?」
首をかしげる陽子。
「この都市の外の渓谷に住むエルフ達の事ね。風と共に生きる、普通のエルフと違って昔ながらの暮らしをしているエルフ達ね」
「そのウィンドエルフがどうして竪琴を欲しがったんだろう……」
「学院に行って調べる必要がありそうねとりあえず……こいつを突き出してからね」
***
盗賊を突き出して書類をもらった後、再びシルファの喫茶店に訪れていた。初依頼の話をシルファにするローゼス。うんうんと頷いて優しいんですね、というシルファ。
「姉様までそういうことを……危なかったんですからね……だけど、攻めは得意なのね。動きを止めてからの追撃、見事だったわよ。正直意外だった」
「本当?ありがとう!」
「でもその後ちょっと油断してたわね。とどめを刺すまで……いえ、貴女の事だからとどめは刺さずに無力化するまでは油断したら駄目って感じかしら?命あってこそだから、守りは大事よ」
「うう、気を付けます……」
「それにしてもその黒いの……だいぶ強力な力ね。もっと応用が利くんじゃない?」
うーん、と考え込む陽子。それをよそに、くろは吞気にテーブルで丸くなっている。
「……まあそれはおいおいとして、明日に学院に行って何かあったか調べないといけないわね。そのためにもとりあえず今日は宿屋の部屋をとって休まないとね」
「あっ……そうだ!それなら拠点があるよ!」
そう言って魔力を時計へと伝える。
「ランピィから聞いた。仲間できたって」
「そうだよ!メリーさんにも会わせたいな……」
「今何処?」
「えっと、ローゼスさんの育ての親の方がしている喫茶店だよ」
「鏡があるか聞いてくれない?『繋げる』から」
きょろきょろとあたりを見回すが一階には無い。
「ヨーコ、拠点がとか鏡がなんとかって聞こえたけど……」
「あのね、鏡があれば私たちの拠点に行くことができるんだって。シルファさんに聞いてみてくれない?」
「あっそれなら、二階の部屋にヒト用の鏡がありますよ」
「本当?ありがとう!シルファさん!」
「姉様、それって私の……」
「ローゼスってば、なかなか帰ってこないですから。ちゃんと掃除はしていますから。恥ずかしがらないで」
上手いこと丸め込まれたなと思いながら、ローゼスは部屋に入る。
「変わってない……昔のままね……」
そこだけ時が止まっていたかのように昔のものであふれていた。
「となると、ここが鏡……少しませていて三面鏡を姉様にねだったんだっけ……懐かしいな……」
「そっか……思い出の場所なんだね」
その言葉にはっとする。そういえば一緒だったんだと。
「えっと、そうね……それは置いておいて、鏡はここだけどどうするの?」
「時計を鏡に触れさせて。『繋げる』から」
言われた通りにするヨーコ。何かあってもいいように警戒を始めるローゼス。
「できた。これで鏡に触れて念じればこっちに戻ってこられる」
杞憂だったようで、ふうと息を吐いて陽子と共に鏡に触れる。
***
「ようこそ新しいお客人!ふーむ、美しさの中に冷酷な棘を秘めた、さながら薔薇のようなお方ですな。陽子殿とは少し考えが合わないところもありそうですが今後ともよろしくですぞ。受け入れる器量はあると見ました」
「ランピィ。あの人困ってる」
「おっと失礼いたしました。私はランピィ。この館の執事でございますぞ」
「え、ええ……よろしく。私はローゼス・フルブルーム。賞金稼ぎを生業としているわ」
突然の言葉の奔流に困惑するローゼス。
「……メリー。闇の女神……の遣い」
「館の主といったところかしら?よろしくね」
「……ええ、よろしく。……闇の女神の館にようこそ」
「もっとまがまがしいものだと思っていたけど。意外ね」
そりゃあ、私が掃除してますからな!と胸を張るランピィ。
「ローゼス、陽子の仲間になった時の話を聞きたい」
(まあそれぐらいなら……今のところ裏があるとも思えないし)
少し思慮してから、いいわよと仲間になったいきさつをメリーに説明するローゼス。それからしばらくして、新しいお客人の部屋の手配ができたとランピィと陽子が戻ってくる。
「私も手伝ったんだよ!お花とか飾ってみたんだけど、どうだろう……?」
「ヨーコ、ランピィさん、ありがとう」
「私の隣の部屋だよ!行こう!」
(色々トラブルがあったけど、冒険にトラウマとかは抱いてないみたいでよかった)
手を引っ張られながら連れられるローゼス。案内も兼ねて館を周りながら部屋の前へとたどり着いた。
「ここがローゼスさんの部屋だよ。もう遅いし、私は寝るね。おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
草木も眠る夜。ふと目が覚めたローゼス。
「ベッドで寝たのはいつぶりだったかしら……最近はずっと賞金首を追っていたから野宿ばかりだったし……」
伸びをしながらベッドから降りる。
「少し風にあたってこようかしら」
中庭に出るとメリーが佇んていた。
「ローゼス。なぜここに」
「風に当たりに来たのよ。貴女はなぜここに?」
「月の光を浴びに来た。月光は闇の力」
「光なのに闇っていうのは変な話ね。そうそう、主らしき貴女に聞きたいことがあるのだけど」
「……私は主ではない。主は……闇の女神。質問は何」
「あの懐中時計、金細工が欠けているわよね。どうして?」
静かな夜。月光が二人を照らしていた。長い沈黙の末、メリーは口を開く。
「…………落としたのよ。中まで壊れなかったのは運がよかった」
「……そう。教えてくれてありがとう。程よくまた眠くなってきたし私は眠るわ」
「ええ、また」
部屋に戻りながらローゼスは考える。落としただけにしては沈黙が長かった。やはりあの神の遣いは何か隠している。そう確信して再び眠りにつく。
(ヨーコみたいな子が騙されて悲しむなんて、あってはならないわ……もしもそんなことがあったら私がこの手で……)