第9話 学術都市
「見ない顔だな。気を付けろ。見張っているからな」
萎縮する陽子をかばうように前に出て、ローゼスは縛った三人組を突き出す。
「貴方達の代わりに仕事をしてきたのよ。ほら、林道を封鎖してた賊」
「し、失礼しました……後程報酬を支払いますので、この書類を。では、お気をつけて」
きょとんとしている陽子をローゼスは気にしてないようなそぶりで手を引いて街を進んで建物の前で足を止める。
「ほら、この看板が釣り下がっている建物がギルド。依頼を受けたり出したりできるところ。あなたも旅するならかなりお世話になるからよく覚えておくのよ」
「う、うん……さっきの衛兵さんの事だけど……」
「悪く思わないであげて。盗難事件で面目丸つぶれでピリピリしてるのよ」
ギルドに入るとそこは酒場と一体化した集会所になっており、様々な人でごった返していた。
「わぁ……これがギルド……すごい活気……!」
「これでも少ない方よ。報酬受け取るからここで待っていて」
しかし、やけに視線を感じる。普段から視線を感じることには慣れていたが、今回は何かが違う。
「おい、あの血薔薇のローゼスがあの女とパーティー組んでいたぞ」
「あのローゼスが選ぶんだ、相当な手慣れに違いない……」
「手合わせ……願おうか」
そんな声があちこちから聞こえてくる。あたりの空気が心なしか熱くなっているようなそんな気がしてきた。
「ああ面倒な! 報酬は後で受け取る! ヨーコ! 脱出するわよ!」
「えっ、あ、ローゼスさん!」
手を引かれて戦闘狂たちから逃れるようにギルドを後にする。
「これだから戦闘狂は……とりあえず、いきつけの喫茶店に行くわ。今の時間ならいるはず……ついてきて」
町の大通りを離れ、横道を通っていくと都市の中の公園そばの喫茶店。そこは妖精とゴーレムが営んでいて、街の喧騒から無縁の静かな時間が流れていた。
「姉様、ただいま戻りました」
「お帰りなさい、ローゼス。その子はお友達? 私、あなたがいつも一人だから心配していたけどよかった。さあ、お茶を出すから座って待ってて」
「……なんと説明したらいいか。話せば長くなるのですが――」
いままでのいきさつを姉様と呼ばれた妖精に話すローゼス。それを笑顔で聞いて頷く妖精。そうこうしているうちに、二人の下にお茶とクッキーが運ばれる。
「さてと……何から話をしようか……」
「そういえば、さっき姉様って言っていたけど……お姉さんなの?」
悲しそうな目をして首を左右に振る。
「いいえ、どちらかといえば育ての親ね……私に生きる目標をくれたし、こうやって稼業をやっているのも姉様のおかげ」
「お仕事ですか?」
まだ学生でやんわりとしかわからないものに首をかしげながら聞く。
「ええ。バウンティハンター……賞金稼ぎね。簡単に言えば悪者退治よ。さっきみたいな奴ら」
「私は止めたんですけどね~。危険と隣り合わせですし。あっ、申し遅れました。私はシルファ・フォリウムといいます」
小鳥に跨った妖精がテーブルにやってきた。妖精といえば飛んでいるものだと思っていたから珍し気に妖精をみる陽子。
「えへへ、珍しいでしょう。この子頂鳥っていうんですよ。大きくなると空の王者になるんですって。貴女の名前は?」
「シルファさんだね、よろしくっ。私は夢宮陽子。危ないところをローゼスさんに助けてもらいました」
「よろしくお願いしますね。ヨーコさん。お茶が冷めないうちにどうぞ」
笑顔で頭を下げるシルファ。促されるようにお茶を一口。
「さて、私からも聞きたいことがあるわ。なんであなたみたいな子が旅に出るの?名前からして夢見が丘出身でしょう?近くの娯楽都市が崩壊したって聞いたわ。どうしてそんな危険な時期に?」
「えっと……私ね、日常を取り戻したくて……それと悲しむ人が減ってほしいから……」
それを聞いてううむと考えるローゼス。
「貴女の場合、それだけじゃないように見えるのよ」
「……実は勇者に選ばれたの。神の遣いの人に稽古もつけてもらったんだよ」
それを聞いて少し不機嫌そうにするローゼス。
「……本当に神様がいるならば、家族や故郷を失うなんてことはなかったはずなのに。何年も追っていても敵討ちできないのはなぜ?」
鬱屈とした雰囲気のローゼスに何も言い出せない陽子。そこにシルファが彼女にフォローを入れる。
「大丈夫ですよローゼス。特徴がわかったじゃないですか。きっともう少しですよ」
「ルインメーカー……突如街に現れ、一夜で滅ぼしていくという都市伝説。でも、それは本当に実在する大犯罪者。ギルドでも足取りを掴めなかったものを私がようやく掴んだ。あの槍、間違いなく奴だった。これが賞金稼ぎをやっているわけ。報いを受けさせなければならないのよ」
「そっか……辛いことを思い出させてごめんなさい」
「……いいえ、いいの。追いかけるためにもあの窃盗事件を解決しないとね……よし、決めた」
どうしたの、ローゼスさん?と首をかしげる陽子。
「ローゼスでいいわ。代わりに私もヨーコと呼ぶから。私ね、あなたについていくわ。奴を追うにも事件を解決しないとだし……あなた、一人だと危なっかしくて目が離せないし、神の遣いっていうのもあまり信用できないし……」
「ローゼス。はっきりとあなたが心配だからついていくって言えばいいのに……」
「なっ、ね、姉様……!」
かあっと頬を赤くするローゼス。騒ぎを聞いてくろが顔を出した。
「そうそう気になってたんだけど……」
なに?と再び首をかしげる陽子。
「それ、何?魔物の様に見えるけど……」
「くろだよ。ペットなの」
「魔物ならば魔力を感じるはずなんですが、不気味なほど、『何も』感じませんね……」
くろをじっと見つめるシルファ。くろはのそのそとテーブルの上に登ってくる。
「それって、ヨーコの異能の類だったりするの?」
「異能?」
「差はあれど誰もが学べば使えるようになる魔法とは対照的な血による特別な能力よ。例えば……」
そう言ってまだ蕾の花を手に取り念じるローゼス。すると……
「わぁ……咲いた!」
「とまあ、こんな感じでフルブルーム家の人間は植物に関する異能を持っているの」
「羨ましいなあ……私のところは特にそんなことはなかったな……」
ルビーのような瞳を輝かせながら語る陽子。
「その瞳、珍しいわね。……とりあえず、これからよろしくね。ヨーコ」
「はい!ローゼスさん!」
「さんは別にいいのに……まあいいわ。まずは、盗難事件の調査を始めないといけないね……」
「その前に三人で写真を撮りませんか? 仲間になった記念ってことで!」
「いいと思います!ゴーレムに取ってもらいましょう。お願いしますね」
三人が喫茶店の前にならんで笑顔になる。
「トレマシタ」
「ありがとう。これもアルバムに入れておこうっと」
「さてと、今日は軽く調べて、本格的な調査は明日からだね」
「とりあえず……ギルドかな?」
戦闘狂達が収まってたらいいけどね、と先ほどの事を思い出しながら苦笑いするローゼスであった。
***
ギルドに戻ると先ほどとは違って落ち着いた雰囲気が漂っていた。二人にモヒカンヘアーの男が近づいてきた、
「さっきは申し訳ねえ、どうにも血が疼いてしまってよ。ロズの姉御がパーティー組むなんて珍しいじゃないか」
(勇者の事は黙っておいた方がいいかしらね……)
少し考えてから、ローゼスは返事を返す。
「ええ、この子今日旅を始めたのよ。どうにも危なっかしいからね……ちゃんと成長するまで一緒に行くことにしたのよ」
「ええっ! 見習いだったんですか!? 俺のカンも鈍っちまったなあ……まあ力になれることがあれば言ってくれよ」
少し落ち込むモヒカン。周りを見ると数人、同じようにうなだれていた。
「あのっ、もし力を貸していただけるなら少し話をしませんか?」
「おっ、嬢ちゃんから切り出すなんで勇気があるな。俺はロバートっていうんだ」
「ヨーコです。よろしくお願いします。私たち、この町の盗難事件を調べているんです」
腕を組んで考え込むロバート。
「盗難ってアレだろ?スパイアーのところのカナリュスの竪琴だったか? といっても俺たちもあまりわかってないんだよな。早いところ解決してくれれば都市間の移動も楽になるから有難いんだけどな……」
「カナリュスの竪琴……! カナリュスって歌の女神様ですよね? そんなものがどうして盗まれたの?」
ようロバートと、ローブを着込んだ男が横に座る。
「おお、ボブか。姉御とパーティー組んだの、例の盗難事件調べてるんだってよ。衛兵の仕事とかしているんだったら何かわからないか?」
「所詮雇われ衛兵。情報は持っていないが、持ってそうな奴なら知っている」
「本当?教えて欲しいな……」
ああ、と頷いて話を続ける。
「この町に潜んでいる盗賊だよ。蛇の道は蛇というだろう? ちょうど依頼も出ていたんじゃないか?」
「ありがとうロバートさん、ボブさん! ローゼスさん、依頼を受けてちょっと探してみようよ」
「そうね……これか。盗賊、生死不問……そうね。受けてみましょう。これが初依頼となるわけね。頑張りましょう」
「はい!」
依頼書と共にギルドを出る二人。
「……そうだ、メリーさんとランピィさんに連絡しないと」
「あなたが言っていた神の遣いとやらの事?」
「そうだよ。仲間ができたって伝えないと」
「どうやって?教会でお祈りでもするの?」
こうするのといって、懐中時計を手に取って念じる。
「おっとこれはこれはお客人。その様子だと無事に街にたどりつけたようですな」
懐中時計からランピィの声が聞こえる。
「はい! 仲間もできたんですよ。バウンティハンターのローゼスさん!」
「ほう、幸先がいいですぞ。この調子でいろんな場所でいろんな仲間と出会っていくといいですぞ」
はい!と笑顔で答える陽子の持つ時計に興味を抱くローゼス。
「……不思議な時計ね。少し見せてもらってもいい?」
「あっ、いいですよ」
「……不思議なだけじゃなくてとても綺麗……今まで仕事してきてこんな出来のいい銀細工は初めてね。……ただ」
ただ?という言葉に首をかしげる
「装飾がかなり欠けているわね。ほら、ここ。金が残っている」
「本当だ……どうして欠けちゃったのかな」
「さあ……持ち主に聞いてみるほかないわね」
「でも、それは事件を解決してからだね。そのためにも依頼を頑張ろっか」
「そうね。貴女がどれぐらい戦えるのかも見たいし」
そう言ってはりきる陽子をなだめながら二人で街を歩きだした。