第五話
・お酒は二十歳になってから。
・お酒は節度を持って楽しみましょう。
・最近飲んだお酒:「桜尾」(ジン)
節制を誓ったのものも束の間、その日の野営では随行の兵士と大盛り上がりをし多くの葡萄酒の樽を一晩で開けてしまった。
明海に負けじと屈強な男たちが飲み競っていたが、顔色変えずうわばみのように葡萄酒を飲み干す明海の周りには屍ばかりが積み重なっていくだけだった。
ちなみに、ノーマンは元々酒が飲めないながらも付き合いで気持ちばかりの量を飲んでくれたが、すぐにつぶれてしまったため、その晩は明海の化け物のような飲みっぷりを見ることはなかった。
そして翌日、二日酔いのせいなのか補給物資の残量を見たせいなのか、ノーマンは頭を抱えていた。補給部隊のお酒は持ってきていた量の半分になくなっていた。お酒がないことはすなわち、明海の魔力補給を断ち切ってしまうことになってしまう。
「ノーマン、大丈夫?」
「どうやら君の飲みっぷりを侮っていたのかもしれない」
「遠征初日の夜だから、ついつい盛り上がりすぎちゃったのかも」
明海のその言葉に、ノーマンは苦悶の表情を深めるだけだった。
◇
旅団の兵士たちが二日酔いから醒め始めたお昼頃、ある出来事が起きた。
「ノーマン王子、前方に盗賊らしき奴らが行商隊を襲っているようです」
前方を見ると、見るからに荒くれている風貌をした人たちが荷馬車を引き連れた一団に襲い掛かっていた。
「よし、行商隊を救いにいくぞ」
「うん、わかった」
自身の初めての戦闘となることに、明海は少し緊張をしていた。
「明海さん、これを」
後方の補給部隊から葡萄酒の樽と普段は麦酒で飲むための木のジョッキが渡された。昼から酒を飲みながら仕事ができるとは思っていなかった。そういった状態に明海はテンションが上がっていたのだろう。
「よし、景気づけに駆け付け三杯!」
明海がそう言うや否や、一リットルが入るであろう大きな木のジョッキに木樽から葡萄酒を注いでもらい、たったの一口で一杯を、そして二口目でもう一杯、三口目で三杯目の杯を空けてしまった。ちなみに駆け付け三杯の使い方を間違っている。
一緒につまみとして食べていた干し肉を食べ終わり、明海はノーマン率いる戦闘部隊とともに盗賊の撃退に向かった。お腹がたぽたぽとしているが、あまり気にしない。
「盗賊ども、盗みをやめて立ち去るか、それともここで命を落とすかどちらにする」
「けっ、くだらねえ。そんなのはなあ、お前らを倒して食い物と有り金全ていただくに決まっているだろう!」
そうしてすぐに戦闘が始まった。
ノーマンが先陣を切り、襲ってくる盗賊を切り捨てていく。その姿を見て、後続が続いていく。盗賊と、王国の兵士の戦力差は圧倒的だった。私の出る幕はないと思っていたが、兵士が倒し損ねた盗賊が、明海を目がけて襲ってくる。
「後衛に、女一人だけ立たせるなんて大したやつらだなあ。生け捕りにして、可愛がってやるよぉ!」
アニメやソシャゲーでよく聞く三下のセリフだなと思った。
「仕方ない」
先ほど飲んだ葡萄酒のイメージを頭に浮かべ、体内を流れるアルコールを手の先に集める。
「えいっ」
明海から放たれた魔法の弾で襲ってくる盗賊を倒すのは一瞬だった。
初めての戦闘で手ごたえを得た明海は前線で戦っている部隊に混ざり、あれよあれよと盗賊を倒していった。そしてほとんど盗賊を倒したと思っていたが、
「キャー!」
少女の叫び声が聞こえ振り向くと、盗賊の一人が、明海よりも年下に見える女の子を羽交い締めにし、人質に取っていた。
「こいつが殺されたくなければ武器を捨てろ!」
卑下た笑いを浮かべながら、盗賊が叫んだ。
「くっ、なんてことを」
戦いに参加しているノーマンを含めた兵士達が動きをやめ、武器を置き始める。明海も武器をと思ったが、持っている武器はないため、投降の意味合いを持って両手を挙げた。
「ようし、積み荷から食料から金になるものまで持っていけ!」
(どうしよう、このままじゃ持ってきたお酒が盗賊に奪われ……あ)
思いついて行動に移すのはすぐだった。挙げた手のひらを開き、十本の指に意識を向けると、積み荷を取ろうと動き始めた盗賊たちに魔法を撃ち放った。
「これでしばらく遊んで……うわあぁ」
明海が放った魔法を食らった盗賊が混乱し始めたのを見計らって兵士たちは息を吹き返したかのように反撃に繰り出した。
明海はその隙を縫って、人質に取られていた少女の救助に成功した。
「大丈夫?」
「ありがとうございます。助かりました」
人質に取られて緊張していたのだろう、その少女は緊張が解けて力が抜けてへなへなと座り込んでしまった。
「おっと」
「すみません、力が抜けてしまったようで」
金髪にウェーブがかかった長い髪を揺らし、困ったような笑みをその少女は浮かべた。
「……敵もだいぶやられているようだし、よし」
明海はその少女をお姫様抱っこする形で担ぎ上げた。明海自身、腕力があるわけでもないし、むしろ王子様のようなかっこいい男性にお姫様抱っこをしてもらいたい願望があるぐらいだったのだが、ここはそんな煩悩を浮かべている場合ではないなと、発起して行商隊の方へ運んで行った。
「すみません、こんなことを」
「いいの、こんな時なんだし」
金髪の長い髪だけでなく、青い瞳に白い肌からは行商隊の一員とは思えないほどに華奢な印象を深く持った。そして、こんな可愛い顔が近くにあると、アテナ女王の時と同じく惚れてしまいそうになるだろうと。
ふと、明海が少女に視線を向けると、目線が合い、少女はほうっと見つめていたが、遅れて驚いたように目線をそらした。
少女を行商隊に預け戦いの場に戻り、事態が収束する頃合いを見計らって、行商隊の隊長と思わしき男性がノーマンと明海の前にやってきた。
「この度は、我々を救ってくださり、ありがとうございました」
「いえ、ご無事で何よりです。皆さんはどこに行かれる予定で」
「イブシー市まで行く道すがらでした」
「なるほど、我々と一緒だ。しかし、今イブシー市は襲撃に遭っていて、治安が悪くなっている。それでも向かわれるのか」
ノーマンが行商隊の隊長に尋ねると、困った表情を浮かべながらも決意を込めた表情で答えた。
「そうなのです。一度はやめようかと思いましたが、イブシー市に住んでいる人達の食料が枯渇しないよう、そう思いまして向かっていました」
「そうか。それはイブシー市にとってもありがたい」
「それで、厚かましいお願いではございますが、一緒について行くことはできませんか」
「うーん」
旅団は少数精鋭の救出部隊のため、いざという時に行商隊を守る余裕があるか悩んだノーマンだったが、行商隊の積み荷の一部を見ると、悩んだ表情が晴れやかになっていた。
「そこの積み荷は葡萄酒ではないかな」
「そうですが……」
「今回運搬する葡萄酒を王国で買い取らせてもらえるだろうか」
「それは、売り主に聞いてみないとわからないですが……そういえばこれはリーシュに聞けばわかるか。リーシュはいるか」
隊長が呼ぶと荷馬車から、さきほどの人質に取られていた少女がやってきた。
「はい、お呼びでしょうか」
「初めまして、私はアルコー王国第一王子のノーマン・アルコーと申します」
「ノーマン様、お会いできて光栄です。私はリーシュ・メルローと申します。先ほどはお助けいただきありがとうございました」
「おお、メルロー家のご息女でしたか。無事で何よりでございます。私の母、アテナ・アルコーがメルロー家の葡萄酒をいたく気に入っております。それで早速なのですが、今回運搬している葡萄酒を王国で買い取らせていただけるだろうか」
「全てですか」
「ええ、全て」
大量に運搬してきているのだろう。目を丸くして驚いていた。
「葡萄酒と、グラッパも多少ですが」
ノーマンは明海に目を向けた。飲むか否かという判断を求めているのだろう。言わずもがな、すぐに明海は首を縦に振った。
「わかりました。イブシー市のお店へ納品予定でしたが、状況が状況なので、もう一往復すればいいですし。それにしても、大規模な魔術師部隊を編制なさっているのですか。見たところそんなに人がいないように思われるのですが」
「ほとんど一人で飲む」
リーシュは苦い表情をしているノーマンの脇でケロリと何食わぬ顔で立っている明海を見比べていた。
「ええと、王子からそんなご冗談を聞くとは」
「いいや、本当だ」
「初めまして、酒田明海といいます」
「まあ、この度は助けてくださって、本当にありがとうございます。勇敢であるとともに、これだけのお酒を飲めるだなんて、とても素敵な方ですね」
通常、これだけの量を飲むと聞いた瞬間に誰もがドン引きするはずなのだが、救助してくれた補正がかかっているのだろう、リーシュは前向きに捉えていた。
「この度の件で、召喚に応じてくれた勇者だ。先ほどの戦闘の前に飲んでいる姿を見ていたが、ドン引き……いや、まさに勇者の名にふさわしいほどの魔力を備えている人だ」
言われてなおのことリーシュは目の色を輝かせていた。
「わかりました。勇者様にメルロー家の葡萄酒を献上できたとなると、父も大喜びに違いありません」
「よかった。時に、メルロー家の方は葡萄酒作りだけでなく、回復魔法の能力に長けていると聞いている。リーシュは回復魔法については」
「使えますが、皆様のお役に立てるかどうか」
「いいや、それなら心配ない。葡萄酒が少なくなっていたことはもとより、回復魔法を使える者がなかなかいなくてとても助かる」
リーシュとの交渉の末、最初の晩に半分にまで減っていた補給物資(酒)が、持っていく時の量の二倍となっていた。
これは、明海はもとより旅団にとっても大変ありがたいことだった。