第三話
・お酒は二十歳になってから。
・お酒は節度を持って楽しみましょう。
・最近飲んだお酒:「サッポロラガービール2020」(ビール 熱処理)
それから明海はと言うと、女王アテナに連れられて城の裏にやってきたのだが、その間にアテナから召喚の経緯について、教えてもらっていた。
「現在アルコー王国や近隣都市だけでなく交友を持つ国が危機にさらされています。そして、この状況を看過することで世界の均衡が崩れることも懸念をしているわ。この危機の原因を作っているのは、自由都市イブシー市がとある一団に占領をされていることなの。たかが一都市の占領で、と思うかもしれないけれど、これには訳があって」
アテナが語ったのは次の通りだった。
アルコー王国は近隣の独立した都市との経済的に強くつながっており、近隣都市の製品を他国へ輸出する流通拠点となっているだけでなく、その製品を取り扱うには王国を通さないと販売ができない状態である。正しく言うと、近隣都市でその製品を取り扱って貿易することも可能であるが、王国を通すか通さないかでその製品の質が著しく変わってくるため、近隣都市もあえて自国単独で貿易をしようとしない。
そして、各都市によって作られる製品が違うため、出荷が止まってしまうとその都市の経済機能が鈍ってしまうとともに、王国のみならず関係諸国にまで影響を及ぼしてしまう。
明海はその話を聞いて、モノカルチャー経済も甚だしいなと思ってしまったが、その言葉はグッとこらえることにした。
「でも、なぜそのイブシー市の製品が止まることで、影響が出るんでしょうか」
「イブシー市には中央部に大規模な燻製工場があるの。それは、腸詰め、ベーコン、魚の燻製や、干し肉などの保存食の生産も行っているの」
聞いているだけで、数刻前に食べたいぶりがっこのことを思い出し、酒を飲みたくなってきた明海であるが、燻製製品がなくなっただけでは言っているような事態にならないのではとも思った。
「燻製製品を作っているのはイブシー市内ではあるけど、その原料を納品する関係都市であったり、この国の中でも製品を取り扱う料理屋だったり他国でも欲している国はたくさんあるわ。そして、麦酒と一緒に食べる腸詰めがないと酒飲みはすごく困るわ」
「それわかる」
ものすごく安易な理由のはずだが、明海の同情を得るには充分だった。
「それで、敵はどういった人たちなんですか」
明海が尋ねると、アテナは一瞬、笑いが吹き出しそうなのを我慢し、どうにか口を開いた。
「『ゲコゲコ団』っていう一団らしくて、そこの団長のプレジデント・シラフがこの世から酒をなくすとアルコー王国に向けて宣戦布告してきたの」
「……」
明海もそのネーミングに関しては微妙な顔をするしかなかった。
「えっと、下戸集団のリーダーである素面大統領が酒をなくそうと躍起に……いえ、すみません」
「何を言っているのかよくわからないけど、理解が追いつかないのも無理ないわね」
アテナから粗々のことを聞いてわかったことは、プレジデント・シラフという人物と国王に浅からぬ因縁があるようだということと、プレジデント・シラフは重度、というより病的に酒が嫌いなのだろう。復讐として、周辺都市を占拠し始めこの世界を危機に陥れようとしているらしい。なんて下らない理由だろう。
事の経緯はさておき、城の裏には一部せり出した床があり、その先を見ると地表がむき出しになっている丘が遠くに見えるぐらいだった。
「ここは訓練用に使われている射撃場なの」
「射撃場といっても、どこに的が」
「あそこ」
アテナが指をさしたのはそのむき出しになっている丘だった。
「へ」
女王も案外酔いが回っているなと思ったが、よくよく目を凝らして見てみると、ポツンとアーチェリーで使われているような赤やら黄色やらで塗られた丸い円形の的らしきものがかすかに見える。的が白黒だけの色だったら絶対に分からなかっただろう。
「あの的に当ててもらいます」
「弓とかを使ったことないんですが……」
「いいえ、弓じゃなく魔法で」
これはまた明海自身、自分が魔法を使えるとは思わず驚いていた。しかし、二十歳半ばのOLが魔法少女として異世界で活動することになるとは。
「この国ではね、魔法を扱える人のことは魔術師というの」
「あっはい」
自分の勘違いだったようで恥ずかしかった。
「それじゃあ、魔法の使い方を教えるわね」
何か呪文を唱えたりするのかな……
「頭の中でイメージをします。明海さん、今日あなたが飲んだお酒のことを思い出してください」
「ええと」
「さっき飲んだ麦酒と葡萄酒以外にも飲んでいるわよね」
「そ、そうですが」
呪文の詠唱でもするのかと思いきや、さっきまで飲んでいたお酒のことを思い出せだなんて、どうかしていると明海は思ったが、その言葉を飲み込んだ。
「手を前に出し、体内に溜まっているアルコールを手の先に集めるようにイメージします」
言われた通りにイメージをすると、なんだか本当に手の先に体内のアルコールが集まっているように手や指先が熱くなってきた。
「手の先に集まったアルコールを爆発させるように意識をフッと入れるのと同時に、あの向こうの的にそのアルコールをぶつける」
アテナに言われたとおり、フッと意識をした瞬間
「へ」
自分の手の先からビームのような衝撃波が飛び、遥か先の的どころか丘の一部が消え去っていた。
「あらあら」
自分自身でさえ、この一瞬に何が起きたかわからなかったのだが、アテナも明海が放った魔法の威力に驚いていた。
「もしかして、これ、私が」
「これだけお酒を飲めれば的に当たるぐらいの魔法を放てると思っていたけれど、丘をも吹き飛ばすなんて。これなら、飲むお酒によってはもっと強い威力の魔法も使えそうね。でもその前に、近い敵を撃つための射撃魔法も覚えなきゃね」
明海が驚いていられたのも束の間で、それから女王直々に魔法の使い方の指南を一日だけでなく一週間ほどマンツーマンで行われた。
魔法の使い方はものすごくシンプルだった。その前までに飲んでいたお酒を意識し、体内にあるアルコールを体の一点に集めて放出させるという、ただそれだけ。
この一週間はあっという間だったが、明海は決して弱音を吐くことはなかった。なぜならば、魔法を使うにはアルコールが必要ということだからだった。
朝の起き抜けに迎え酒をあおり、朝食の食卓には周りからストップと言われない限り注がれ続けられる葡萄酒を飲むことができ、それを午前中の修練で魔法として使う。どうやら魔法を使うことによってアルコールが体内から蒸発されるらしい。それをいいことに、昼には麦酒を、夜には麦酒、葡萄酒だけでなくウイスキーなどの蒸留酒を飲み一日が終わる。
「ずっとこんな生活だったらなあ」
あと、イケメンもいればと心の中で呟いておく。
アテナ直々の指南による修練以外にも様々な出来事があったが、いよいよイブシー市に向かう日がやってきた。