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第二話

・お酒は二十歳になってから。

・お酒は節度を持って楽しみましょう。

・最近飲んだお酒:「Asahi THE RICH」(発泡酒)


「なにごと」


 催していたものも驚きで引っ込んでしまったが、振り向くといかにも王様らしく恰幅の良い偉そうな人物とその周囲には従者のような人達が飲み食いをしながらどんちゃん騒ぎをしていた。そして、明海の「なにごと」という一言に対して「おお」というどよめきが起きた。……なんだろうこの感覚は、幼いころ正月に親族が集まっていて、叔父さんたちだけで盛り上がっている中輪の中に無理やり入らせられた時のような気まずさをふと明海は思い出していた。


「おぬしが……えっと、おぬしが……」


「お父様、飲みすぎですよ」


 このおじさんはジョッキを片手に何を言っているんだろうか。それに飲み過ぎて言おうとしていることを忘れてしまっているのを、息子もとい王子らしき男性にフォローされているし。ついに自分もお酒の飲みすぎのせいで最近スマートフォンでやりはじめたソシャゲーの世界に入り込んでしまった幻覚でも見ているのであろうかと、明海は混乱していた。


「そんなことはない。ああ、そうだそうだ。おぬしが勇者か」


「えっと……」


 どんちゃん騒ぎをしていた彼らであるが、明海が何を言おうとしているのか見当もつかず、みんな静かに次の一言を待っていた。


「とりあえず、お手洗いに行かせて」


 従者のみならず王様までもその場でずっこけたのは言うまでもない。



 それからしばらくして、明海が戻ってくると、みんな一様に苦笑いを浮かべていた。


「あら、ごめんなさい。でもこれは夢ではなく現実みたいね」


「改めて、勇者よ。我らの召喚に応じていただいたことに感謝をする」


「え、私はただの会社勤めの人間だから戦いなんて……」


「まぁまぁ、そうは言いなさんなって。とりあえず、これを持ちなされ」


 戸惑う明海をよそに、側近の一人が木でできたジョッキを渡してきた。


 召喚と言っていたからには、自分自身を戦力として呼んだはずなのに、これは飲み会のメンバー集めの一員とされてしまったのだろうか。


「そなた、名を何という」


「私は、酒田(さかた)明海(あけみ)。姓は酒田で、名前が明海」


「なるほど」


「あの、あなたの名前は」


「おお、すまなかった。私の名前は、ストロング・アルコー。このアルコー王国の王である」


 お酒を飲んでだいぶ気をよくしているのか、笑いながらストロング国王は答えた。


「じゃあ早速、明海は、麦酒と葡萄酒どちらを飲むかね」


 とにもかくにも、お酒を飲みたいのだというのが国王の語り口からすぐにわかった。このような非日常のような場面で、お酒を飲めるのであれば飲むしかないと、明海は迷わず「じゃあ()()麦酒を」と口を開いた。


「ほほう、両方とも飲めるのか。それなら私ともアテナとも酒の嗜好が合いそうだな」


 酒が飲めることが分かった瞬間からストロング国王は心なしか嬉しそうで、だんだんと目尻を下げていった。


 改めて乾杯をしようとした頃合い、明海の対面に国王が座っていたのだが、国王の隣に女性がやってきた。


「どうも、初めまして。私はアテナ・アルコー。ストロング国王の妻です」


「初めまして。酒田明海です」


 国王であるストロングは威厳があるものの見た目は恰幅のいい中年であることに比べ、妻、すなわち女王であるアテナは気品があり優しそうな美人だなと、明海は思った。サラサラなブロンドヘアにも見惚れていると、アテナと目が合い、同性ながらも本当に惚れてしまいそうだった。


「みな揃ったようなので、勇者の召喚を祝して乾杯!」


 乾杯の発声のあと、料理が運ばれ並べられる。レストランのコース料理のように一人に一皿ずつ料理が並べられるものを想像していたが、ここの国の場合は日本の居酒屋でよくある宴会の大皿料理よろしく、何名かに大皿に乗った料理が並べられ、そこから自分の取り皿に取っていく方式だった。


 明海が麦酒を五杯程度飲み終えた頃には料理が全て並んでいる状態になったが、言葉を選んで言えばシンプルな味付けがほとんどだった。腸詰めを出された時は、麦酒と一緒に進むと思いながら食べたが、ケチャップもマスタードもないため、さすがに飽きがやってくる。これでは麦酒をもう少し飲んでから葡萄酒を飲もうと思っていた明海の勝手な目論見からズレてしまっていた。


「おや、お口に合いませんかな」


「いえ、おいしく頂いておりますが、例えばここにあるトマトを使ってソースを作ったりだとか、ベーコンもありますので、胡椒で味付けをして芋やチーズと一緒に焼いたりすると……」


「ほう、それは明海の世界の料理かの。早速料理人に作らせようではないか」


 明海の席までやってきた料理人に口頭で大まかに覚えていたレシピを伝え、明海が十杯目の麦酒を飲み干したあたりで、ピザソースのようなものが乗った小皿やイタリアン風の料理が運ばれてきた。チーズ入りじゃがベーコンはただの居酒屋のつまみのようなものだが、作ったピザソースをかければ、コンビニなどで売られているピザとポテトの組み合わせのあのお菓子の味わいを堪能しながら食べることができる。


 そして、ピザソースだけでは飽きるのは目に見えていたので、オリーブオイルと小魚の塩漬け(アンチョビのようなもの)とにんにくを混ぜたソースや、柑橘類の果汁で作ったレモンソースのようなものを持って来させた。これだけでも様々な味わいを楽しめるのだが、明海が妙にそわそわしながら待ちわびていたのは、玉ねぎをみじん切りにして味付けをしながら炒めた代物だった。


「これを、焼いた鶏肉の上に乗っければ……」


 ディアボロ風チキンソテーの完成である。明海が大学生のころ、アルバイトで得た多少の給料で友人と飲み会の三軒目として飲みに、もとい食べに行ったイタリアン風ファミリーレストランで提供されていたあの料理。ワインがグラスで一杯税抜き百円ととてもリーズナブルであるが、無論それでは足りないので、マグナムと称されるボトルを頼んでそのボトルをほとんど明海一人で飲み干したそんな思い出に浸りながら、十杯目以降数えるのを忘れてしまった麦酒の代わりに頼んだ葡萄酒を飲みつつ一緒に食べ始めた。


 そんな明海の傍らで、アルコー王国の面々は初めて食すイタリア料理風の味付けやおつまみに感動をしていた。


「芋とチーズとベーコンだけでもうまいと思っていたが、トマトのソースをかけることでさらにうまい!これはビールが進む!」


 ストロング国王はピ○ポテトにだいぶご満悦のようで一口食べてはビールの入ったジョッキをあおり、そしてまた一口食べてはジョッキをあおっていた。ピ○ポテトの味はどちらかというとアメリカナイズされたジャンクっぽい味わいかもしれない。


 かたや、アテナ女王は上品かつ優雅に、元々の料理を小さく切り分け、少しずつ様々なソースにつけながら食べ進めていた。食べる合間に葡萄酒を飲んでいたが、少し目を離す度に杯から葡萄酒は消えており、その上品な所作でいつの間に飲み干しているのかが不思議で仕方がなかった。


「麦酒は、濃い味だったり脂っ気がある料理を食べながら一緒に飲むと口の中でそれらを流してくれてグイグイいけちゃいますよね」


「ほう、そうなのか」


「それに麦酒の苦みも相まって美味しさがバツグンですよね」


 明海がそう言うとストロング国王は感心したかのように、頷きながらジョッキの中身を空けた。


「そして葡萄酒は、今飲んでいる赤ですと、渋みや酸味が今回のような濃い味と相性が良くて、料理とマリアージュしますよね」


「まあ、マリアージュって素敵な例えね」


 アテナ女王もうっとりしたかのように葡萄酒に口をつけて、料理とのペアリングに夢中になっていた。

「あと、ストロング国王、この汁を入れて飲んでみてください」


「この匂いはよく薬味として使うやつの汁のようじゃが、こんなので……うっ、うまい!」


 怪訝そうな顔をしていたストロング国王だったが、味に衝撃を受けたようだった。


「本当はジンジャーエールという飲み物で割るのが一番いいのですが、ないようでしたので、生姜汁に少し砂糖を入れて混ぜて用意をしてもらいました」


 ビールとジンジャーエールを割ると「シャンディガフ」というビアカクテルが簡単に出来上がる。ビールが得意ではない人向けのものではあるが、生姜汁をそのまま入れることでエセシャンディガフではあるが、ガツンと辛さを味わえるだけでなく、爽やかさも相まって料理がより進むようだった。


「喉にカァっと来て驚いたが、これは確かに飲みやすい。酒も料理も進むわい」


 そのようにして、三人のみならず家臣達も舌鼓を打ちながら酒が更に進んだのだが、一時間半後には席に着いた者達で、正確に言うと家臣達を除いた三人が比喩しようがないほどの量の麦酒と葡萄酒を飲み干していた。


 給仕をしていた女中も、国王と女王がそれぞれ飲むであろう麦酒と葡萄酒の量を元々用意していたのだが、明海が教えた料理を用意してからというものの、その想定していた量の酒は神隠しにでもあったかのように一瞬で消えていた。


 それから目まぐるしいほどに大量の麦酒と葡萄酒を食卓に給仕することとなるとは思わなかっただろう。女中は走り回ったかのようにぜえぜえ言いながら呼吸をしていた。


 そんな光景を傍で観ながら、葡萄酒を舐めるかのように飲んでいた家臣の一人、シュミット・エールは、顔を真っ赤にして陽気になっている国王、かなりの葡萄酒を飲んでいるにも関わらず顔色変えずににこにことしている女王、そして麦酒と葡萄酒を二人に負けないほどに飲んでいるにも関わらず、顔色は変えないものの、陽気になっている国王と意気投合して話し込んでいる明海を見て、一つの確信にたどり着いた。


「明海、今日飲んだ酒の量は」


「こっちに来る前だと、ビール……ああ、麦酒を中ジョッキで十杯だから、ええと、中ジョッキはこの麦酒で飲ませてもらっているので換算すると六杯程度と、麦焼酎っていうお酒の水割りをジョッキ五杯程度、日本酒っていうお米で作ったお酒をこのジョッキの量で言うと二杯分かな」


「ちなみにアルコールの強さは」


「こっちの麦酒と直前に飲んだのは同じぐらいよ。麦焼酎は水で割っているからこの麦酒よりもほんのちょっとアルコールは強かったかな。あと、日本酒はこの麦酒の二倍か三倍弱かな」


「……王よ、この娘はまさに、我が国が待ち望んでいた異世界の勇者で間違いないぞ!」


 シュミットの一言で、王様はアルコールで赤くしていた顔をさらに真っ赤にさせ、喜びに震えていたが、飲みすぎて失神でもしているのかと勘違いしてしまいそうだった。


「おお、明海がまさに勇者で……そうじゃった、この宴会はヤツの顔を思い出してイライラしたから開いただけじゃなかったな。酔った勢いでヤツを倒すために勇者の召喚をしちゃったのだが、すっかり忘れてしまいそうだったわい。しかし、よかったよかった!」


 そして、事の検討はアルコーや家臣達ですることとなったが、あんな真っ赤な状態で国務につかせて大丈夫なのか心配だった。そして、ノリと勢いだけで召喚されたのはわかっているのだが、ここまでだと本当に宴会に付き合わされているだけだ。

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