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第一話

・お酒は二十歳になってから。

・お酒は節度を持って楽しみましょう。

・最近飲んだお酒:「萩の鶴」(日本酒)

「おっちゃん、いつもの」

「あいよ」


 飲み会やお酒の席があって、飲み足りないと思った時はいつもここの赤のれんをくぐる。


「今日は何軒回ったの」

「んーっと、三軒」

「そうかい」


 呆れた顔をしながら徳利とお猪口を差し出してくる。


「おっちゃんの分も」

「どうも」


 おっちゃんと称されている店主もお猪口を出しそこに日本酒を注ぎ、店主から彼女のお猪口に日本酒を注いでもらう。


「うん、うまい」


 お通しで出てきたイカの塩辛といつも頼むあん肝ポン酢をつつきながら、ちびちびと酒を飲む。塩辛のしょっぱさに舌鼓を打ち、あん肝のクリーミーさとそこに乗っかった浅葱、ワカメと、もみじおろしに加えてポン酢のさわやかさが相まって日本酒の芳醇な味わいが舌を通り抜ける。


「しかし、今週だけでうちに来るの四回目だけど、色々と大丈夫かい。こっちとしてはうれしいけど」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと起きて仕事にも行ってるし、誘われた飲み会は向こう持ちだし」

「それは、誘ってくれた人のほうが心配になるな」


 店の中は、混み合うほどではないが、他の客でにぎわっている。ただ、金曜日と言えど時刻は午後十一時を回っており、どこの席もグラスに入った飲み物が空になりつつある。


「明海ちゃん、いい人は見つかったのかい」

「見つかってたらこのお店には来ていないわよ」

「そりゃあそうだ」


 明海がため息をつくと、店主はからからと笑っていた。


「おかわり」

「相変わらず早いなあ。ちゃんとお酒を味わっているのかい」

「おっちゃんの作った料理とお酒がとても合うから味わいすぎて酒が進んでいるのよ」

「へいへい」


 お酒で満たされた徳利と交換しながら、明海は次に何を頼むか悩んでいた。


「おっちゃん、今日のおすすめは」

「おすすめは大体出払っちゃったよ。すぐに出せるのはいぶりがっこと炒め物のどれか」

「ふーん、じゃあいぶりがっこと肉野菜炒めで」

「あいよ」


 注文からほどなくして、いぶりがっこが出てくる。


 小皿には一口で食べられるよう切り分けられ、薄茶色したものとクリームチーズが小皿の端に少しだけ乗っていた。


「このお店にしてはシャレてるね」

「明海ちゃん、その一言はいらない」

「へーい。いぶりがっこって秋田だったっけ」

「そうだよ。親戚のツテでたまにもらうんだよ。うめぇべや」


 そんな、いきなり訛りを入れて話されてもと思いつつ、いぶりがっこを口に入れると、バリバリとした食感と一緒にたくあんとは違う燻された風味が口いっぱいに広がる。


「おっちゃん、お酒おかわり」


 言うや否や、すぐに日本酒のおかわりが出てくる。マスターも明海がすぐに飲み干すのが分かっていたのだろう。日本酒を出すとともに、他のテーブルのお会計金額をアルバイトの子に伝えていた。


 このいぶりがっこ一皿で日本酒の四合瓶一本空いてしまうのではないかと思うほどだった。ポリポリとした他の野菜や食材と違った独特な食感、噛んだ瞬間に広がる独特な燻製のような香り、そして咀嚼するとともに広がる味わいは、いぶりがっこで有名な秋田に行ったこともないのに、藁ぶき屋根の下で囲炉裏を囲みながら食する田舎の風景を想像させる。脳内で繰り広げられるイメージ映像によって日本酒がさらに進んだ。


「これは、早く肉野菜炒め出しておかないと、うちのお酒がなくなってしまうな」


 焦っているそぶりを見せながら、フライパンで肉野菜を炒め始めた。アルコールの匂いで充満した店内だが、肉と油の匂いはそれに負けないほどに食欲をそそった。


 結局肉野菜炒めが出されてからも飲み進め、一人で徳利四本を空けていた。


「本当に、それだけ飲んでも顔色変わらないねえ」


「照れるねえ」


「そこは照れなくていい」


 店主からのツッコミを受けて、二人で笑う。


 そのようにして笑っている明海だが、酒が強いというのは店主との会話や、彼女の飲みっぷりで分かるとおりである。


 整った顔立ちをしながらも長い黒髪をハーフアップにまとめた容姿は男子ウケが良く、人好きのする優しそうな見た目ではあるが、見た目とは裏腹にその()()具合は甚だしく、一人で日本酒一升を空けるのはざらで、友人に誘われて行った合コンでは相手の男性たちもドン引きするほどにお酒を飲み干してしまう。それでも、と二軒目に誘ってくれた男性と一緒にバーに行けば、お洒落なカクテルを頼むわけでもなくテキーラやウイスキーをひたすら頼み、ついにはその男性が酔い潰れて突っ伏しているにも関わらず介抱するわけもなく、お会計は全てその男性に支払わせるようにして、一人でふらふらと違うお店に飲みに行ってしまう。その姿は、酒豪という表現では物足りず『修羅』ならぬ『酒羅』と明海の友人たちから評されていた。


 明海自身は、この異名をつけられることについて否定したい気持ちがあったが、相席居酒屋という、男性側が飲食代を出してくれるタイプの合コン・婚活居酒屋で友人と一緒に男性から代わるがわるおごってもらいながら度数の高い酒ばかり飲み続け、同席した男性それぞれがギブアップして退席もしくは酔い潰れてしまい、店から出禁をくらった時には否定する気もなくなってしまった。


 先ほどから、明海が男性と飲むエピソードが多いのは、少なからず明海としては(イケメンで)話の合う彼氏が欲しいと思っているとともに出会いの場を求めているからである。ただ、お酒に対してはストイックになってしまうために、途中まで明海のことを可愛いと思っていた男性たちもどんどん明海に対して心理的にも物理的にも(飲み会の席の位置という意味で)距離を開けてしまっているような状況である。


 今回もそのようなことになってしまったため、反省会と称して一人で、今いる居酒屋でただただ酒を飲みながら店主と会話を交わすのであった。


「おっちゃん、時間もそろそろあれだから、お会計を」


「あいよ」


 お酒代がほとんどを占めるお会計を支払い、店を出る前にお手洗いに向かうことにした。


 (それにしても、今日もダメだったなあ。酒に強くて優しくて良い人いないかな)


 煩悩にまみれたことを考えつつ、お手洗いの扉を開け入ると、目の前が一瞬光ったと思いきや、周囲はさっきまでいた居酒屋の風景ではなく、よく中世を描いた洋画やアニメで見るような欧州の城のような大広間になっていた。

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