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ドジっ子女優。

 

 私の名前はアウロラ。男爵家の屋敷で働くメイドの母親から産まれた。父親は分からなかった。というよりも頑なに名前を出すことを母は嫌がった。


 ナンパ男ばかりの国ピアチェーヴォレでは、さほど不思議な事ではなかった。貧しい家庭だったが、ナンパ男ばかりなので貢物を良く母は貰っていたから、宝石の類は直ぐに売り飛ばして生活の足しにしていた。子供だった私にもナンパ男達はお菓子をくれたりと親切だった。


 だから、男の人は親切だと思ったのだが……。


 母は睨みつける様な表情で私に言った。


「奴等に惚れてはいけない。惚れたら地獄を見る事になる」


 地獄とはドロドロの溶岩に落とされても死ぬ事が許されない様な状態だと訊いた。恐ろしいと思った。


 母の言う事は絶対の私はその言葉を胸に刻んだ。


 そんな母には尊敬してやまないお方がいる。王妃トニア様だ。鉄の女という異名を持つその方は、夫であり悲しくもナンパ男でもある国王ルド・フィオーレ様の代わりに政務を行っている。男に頼らない立派な国母様である。


 年に一度行われる『イケメングランプリ』でしか庶民は王族達の顔を見る機会はない。混み合う会場の中、アウロラはチラッと遠くから王妃様を見る事が出来た。背筋がピンとして眉間にシワが寄り、何とも知的な雰囲気に「素敵〜♡」と頬を染めたものだ。


 王妃様の様になりたいと私は思った。





 シャンデリアの蝋燭の火に照らされた舞台の上に私は立っていた。今年で17歳。ロングの黒髪がゆるくウェーブがかかり褐色の肌に深い緑の瞳に放漫な胸の大人びた印象の女性。それが私である。


 今日は王都で私が所属するメラヴィリア劇団の公演がある。まだ、劇団に入って間もない私だが、恐れ多くも主役をやらせてもらう事になった。


 演題は『魔女の恋』。外見が恐ろしく整った魔女は数々の権力者を虜にして、仕舞いには戦争を引き起こす。魔女が男達を止めても誰も訊いてはくれない。そこに現れたのは醜い一人の男性。魔女を見てこう言った。


「魔女よ。顔を焼きなさい。貴女の美しさは外見ではない」


 魔女は、迷いましたが、その言葉に従い、自らの顔に傷を付けました。権力者達は途端に興味を無くします。無事に戦争は回避されました。醜い男は他の男と違い、魔女を「美しい」と褒めました。魔女も醜い男を「美しい」と褒めました。魔女と醜い男は仲睦まじく暮らしました。めでたしめでたし。


 今は戦おうとする権力者達を止める場面。演者の男性達は睨み合っている。負のオーラさえ漂っている。


(アウロラは渡さんっ!!)


 アウロラは演者達の迫真の演技に鼓舞された。


(凄い! 流石俳優ね! 私も頑張らないとっ!)


 実のところ、男の演者達は演じてない。本気でアウロラを取り合っていた。それを知らない黒いドレス姿のアウロラは震える足を叱咤し、男達に歩み寄る。


「や、やめてっ下さいっ! わ、私の為にあら、あらそわぬわいでっ!?」


 ……呂律が回って無かった。


 アウロラは失敗したと顔を赤くした。


(穴があったら入りたいっ!)


 会場の客はどっと笑った。男達は好き放題叫ぶ。


「アウロラちゃん可愛いよー!」


「見た目が大人びてるのにドジっ子って可愛いー!」


「アウロラちゃん結婚してー!」


(ううううう……)


 益々縮こまるアウロラだった。





 アウロラは楽屋で中年なちょび髭団長に褒められた。


「アウロラちゃんはこのままで良いよ〜! このギャップがお客さんに受けてね〜もっとも〜とドジ踏んでね☆」


 アウロラは屈辱だった。


(カッコいいクールな女性になりたいから、ドジな私を変えようと女優になったのに〜! このままではドジっ子として歩む事になるじゃないの〜!? 絶対に嫌〜!)


 私はドジな自分が嫌いだった。ドジっ子な私を男性が褒めまくるのが屈辱的だった。ドジっ子な私を見て女性達は「男に媚びるとは哀れな」という目で見てくる。絶対に私は王妃様の様になると決意した。




 天幕から外へ出ると、ナンパ男達が待ち構えていた。アウロラは「またか」と内心嫌になった。ピアチェーヴォレ恒例のナンパである。


 ナンパ男達の甘ったるい台詞に適当に頷いていると、一人他の男とは明らかにオーラが違う人物が現れた。眼鏡が良く似合う知的な青年だ。アウロラを睨みつける視線にキュンと胸が高鳴った。


(カッコいいクールな人!)


 高身長な彼はアウロラを見下す。ゴミを見る様な目だ。


「演技下手ですね。貴女はそれでもプロですか? お金を貰っているのならば、その分技量を磨いて出直して下さい」


 すっと彼はそれだけを言い残して去って行く。すらっとした男性らしい骨張った無駄のない体型の後ろ姿に見惚れた。


 ナンパ男達がこれ幸いと私を慰めてきたが、私は彼しか眼中に無かった。


(素敵♡)


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