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「あの……子猫たちは?」
「兄上たちが来てびっくりしたのか隠れてる。窓際のカーテンにいると思うけど」
「カーテン?」
指し示されたカーテンを見ると、なるほど確かにもぞもぞと動いている。
知らない人が来たと思い、怖かったのだろう。
「……ノヴァ殿下。リュカを出してやっても構いませんか?」
「ああ、もちろん。二匹も喜ぶだろうし」
「ありがとうございます。では……」
アステール様が持っていたキャリーケースを床に置く。扉を開けてみたが、いつもなら待っていたぜとばかりに飛び出してくるリュカは出てこなかった。
どうやら警戒しているらしい。
私はキャリーケースを覗き込み、リュカに声を掛けた。
「リュカ。大丈夫よ。あなたの知っている子たちがいるだけだから」
「……」
リュカがキャリーケースの奥でギュウギュウになっている。いつもと違う場所が余程怖いのか。
学園に連れて行った時は平気そうだったのに、ここは駄目なのかと思っていると、カーテンから小さな鳴き声がした。
「にゃあ」
「っ!」
それを聞いたリュカが今までが嘘のようにキャリーケースから飛び出してくる。
そうしてカーテンに向かって走っていった。
「あら……」
その勢いのすごさに驚いていると、カーテンから一匹の猫が顔を出した。
灰色の猫。噛み癖があるという女の子だ。赤いリボンの首輪をしている。
リュカはその子のところにいくと、嬉しげに毛繕いを始めた。会えて嬉しいと思っているのが伝わってくる。
「ちゃんと覚えているのね」
毛繕いをされた女の子は擽ったそうにしていて、嫌がっているようには見えない。
やがてカーテンの奥からもう一匹も出てきた。その子も首輪をしていたが、お揃いの形だった。色は青。男の子だからだろうか。可愛くて、よく似合っている。
リュカに気づくとこちらも嬉しげに近寄っていった。尻尾がピンと上がっていて、喜んでいるのが丸わかりだった。
「へえ……仲が良いんだな」
ノヴァ王子が感心したように言う。その彼は上着を脱いだシャツとベストだけの格好だった。猫と関わるのに装飾のついた派手な上着は邪魔だったのだろう。よく分かる。
彼の手の甲には痛々しい赤い線がいくつも走っていて、子猫が力一杯噛んだのだなというのが一目瞭然だった。
「殿下……その、大丈夫ですか?」
思わず声を掛けてしまう。私が手の甲の傷に気づいたことを察したのか、ノヴァ王子は苦笑した。
「ああ。最初はキツかったけどな。さすがに一週間も経てば慣れた。わざとってわけじゃないのは分かるし、新しい環境に戸惑っているんだろうって思うんだ」
そう言いながらじゃれ合う三匹を見るノヴァ王子の目は優しかった。
愛情を持って子猫たちに接してくれているのがよく分かる。
アステール様が言ったとおりだと思った。
「それにここのところ毎日のようにシリウスが来てくれるからな。正直、かなり助かってる。何せオレは猫を飼うなんて初めてだから」
「シリウス先輩が、ですか。確かにそれは頼もしいですね」
猫飼いの先輩でもあるシリウス先輩が来てくれるのなら、安心できるだろう。
私も今までに何度も彼に助けられた。
ペット用品店を教えてもらったし、おやつのことや、首輪のこと、数え上げればキリがない。
困った時、導いてくれる先達がいるのは有り難いものなのだ。
「あ、立ったままなのもなんだし、その辺りのソファにでも座ってくれ」
ノヴァ王子に言われ、近くのソファに腰掛けた。私の隣にはアステール様がいる。
アステール様がノヴァ王子を見ながら言った。
「実はね、ノヴァの部屋は最初、ものが山のようにあって、ゴチャゴチャしていたんだよ。それがわずか一週間ほどでこれ。すごいだろう?」
「え、そうなんですか……? 私、てっきりノヴァ王子はきれい好きな方なのかと」
「違う違う」
答えたのはアステール様ではなく、ノヴァ王子だった。
彼はカーテンに戯れる三匹を見ながら思い出すように言う。
「オレはわりと部屋にものを置くタイプ。ただ、あいつらがさ。色んなところに登ったり、そこにあるものを落としたり、はたまた何でも口に入れたりしようとしたりで、その度に片付けていたらこうなったってだけ」
「……ああ」
とても思い当たる話に、私は重々しく頷いた。
リュカが我が家に来た当初、よくあったことだ。
リュカは好奇心旺盛な子猫で、何にでも興味を示した。机の上に紙の束があれば前足で落とし、コップを倒されたことも数え切れないほどある。
小物なんかはそれこそ口に入れようとするので、危なすぎて、すぐさま片付ける癖がついたくらいだ。
「分かります……危険ですものね」
「そうなんだ。シリウスと一緒にあれも駄目、これも駄目って感じで意地になって片付けて……気づいたら何にもない部屋になったんだよ。いや、あいつらに危険がない方がいいから別に良いんだけどな」
全くその通りだ。
同意しかないと思っていると、アステール様が楽しそうに言った。
「そういうこと。ノヴァの部屋に行くたびに、部屋の中が綺麗になっていくから途中くらいから面白くてね。いや、見事に何もなくなったなって今は思ってるんだ」
「兄上、笑い事ではありませんよ。本当に部屋の中には猫に危ないものが溢れているんですから。兄上だって義姉上が嫁いで来たら同じことになるんです。他人事ではないかと」
弟から忠告されたアステール様は、にこりと笑って言った。
「忠告感謝するよ。リュカを迎え入れる時に苦労しないですむよう、今から部屋は綺麗に整えておくことにする」
そんなことを言うアステール様だったが、私は知っている。
それこそアステール様の部屋はとても綺麗だということを。
今すぐリュカを解き放ったところで困らないだろうと思うくらいには美しいのだ。
「それで――二匹に名前を付けたんですか?」
ちょうど話が途切れたタイミングだったので聞いてみた。
私は保護主でしかなかったので、子猫たちにあえて名前は付けなかったのだが、当然飼い主となったノヴァ王子は彼らに名前を付けているだろう。その名前が知りたかったのだ。
名前を聞くとノヴァ王子は嬉しげに頷き、彼らを見ながら言った。
「女の子の方が、ミミ。男の子の方がトトだよ」




