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◇◇◇
「こっちに座ろう」
アステール様が誘ってくれたのは、いつも彼が座っている場所だった。
生徒会執行部の専用席として知られているテラスの一角。
いつもは執行部の面々が座っているそこには、今日は不思議なことに誰も居なかった。
「……誰もいませんね」
「ああ、今日はスピカとふたりきりになりたかったから、皆には遠慮してもらったんだよ」
「え」
遠慮してもらったという言葉にギョッとする。アステール様はニコニコして言った。
「だって、念願のスピカとのお昼だよ? 誰にも邪魔されたくないじゃないか」
「で、でも……皆様も困るのではありませんか?」
「大丈夫。さすがに今日だけにするつもりだから」
「そ、そうですか。それなら……」
一日だけなら譲ってもらってもまあ……。そう思いつつ、一緒にお昼を食べられるのは今日だけなのかと思ってしまう。
なんとなくしょぼんとしてしまった私を見て、アステール様が「スピカ、誤解してる?」と聞いてきた。
「誤解、ですか?」
「うん。多分だけど、明日からは一緒ではないのかな、とかそんなこと思わなかった?」
「……思いました」
「やっぱり」
困ったという顔をし、アステール様が言う。
「違うよ。明日からは皆もいるけど良いかなって聞くつもりだったんだ。その……私だって、せっかく君と堂々と一緒にいられるようになったんだから、それをたった一日で終わりにするようなことはしたくない」
「は、はい……」
私の早とちりだったと分かり、ホッとした。
「皆と一緒だけど良いかな? できれば、君にも来てもらえると嬉しい」
「はい。お誘いいただけるのなら参ります」
「うん、良かった。じゃあ、今日はふたりだけで、ね?」
甘い笑みを向けられドキッとした。
私が注文したのは、卵とベーコンのガレットだ。サラダとスープ、あと、デザートとして、小さなチョコレートケーキがついている。
アステール様はチキンソテーを頼んでいた。サラダとスープがついているのは同じだが、デザートが違う。彼のデザートはプリンだった。
「ん? もしかしてプリン、食べたい?」
じっとプリンを見ていると、私の視線に気づいたアステール様に言われた。慌てて首を横に振る。
「い、いいえ」
「そう? スピカが欲しいのなら分けてあげるけど」
「だ、大丈夫です。私にはチョコレートケーキがありますので」
ふたりで食事をしているといっても、ここは公共の場だ。皆に食べ物をシェアしているところを見られるのはさすがに嫌だ。
私の顔を見て、気持ちを察してくれたのか、アステール様が苦笑する。
その表情は、仕方ない子だなあという感じで、酷く甘かった。
目に毒という言葉があるが、こういう時に使うのではないかと思ってしまう。それほどまでに攻撃力が高かったのだ。
――う。
直視できず、俯く。彼のその表情が、私を好きだから出ているものだと理解しているだけに恥ずかしかったのだ。
とりあえず、食事をしてしまおうとナイフとフォークを手に取る。
パリッとしたガレットは見た目も完璧で、多分とても美味しかったのだろうが、今日の私には味が分からなかった。
味わう余裕などどこにもなかったからだ。
なんとか食事を終え、食後のお茶にする。紅茶と一緒にデザートのチョコレートケーキを食べているとアステール様が言った。
「あのさ」
「はい」
返事をする。彼を見ると、アステール様は紅茶の入ったカップを置いた。
「良かったらだけど、来週くらい城にこない?」
「お城に、ですか?」
別にそれは構わないが、何かイベントでもあっただろうか。
首を傾げていると、私の考えていることが分かったのか、アステール様が否定した。
「違う違う。何もないよ。たださ、ノヴァの引き取った二匹のこと、君も気になっているんじゃないかなって思って」
「っ! 良いんですか!?」
ノヴァ王子に引き取られていった二匹の子猫については当然気になっていた。
だって、少しの間とはいえ、預かっていたのだ。それが居なくなって昨日は少し寂しい気持ちを引き摺っていた。
リュカもどこか元気がないように見えた。彼は子猫たちに対してお兄ちゃん風を吹かせていたから余計寂しかったのだろう。
私が三匹を引き取ってやれれば良かったのにと、元気のないリュカを見て、少し後悔していた。
もちろん、引き取れる状況に自分がないことは分かっているけれども、それでもそう思ってしまうくらいには気にしていた。
「あの二匹、どうですか? ご飯、食べていますか? その、初めての場所で緊張していませんか?」
矢継ぎ早に質問を重ねる。アステール様はぱちぱちと目を瞬かせ、思わずという風に吹き出した。
「え、あ、うん。大丈夫。私も昨日の夜、様子を見に行ったけど、わりと元気そうにしていたから。君が世話をしてくれたおかげが、あまり人間に対して拒否感もないみたいで、ご飯もしっかり食べていたよ。ノヴァは子猫に振り回されて、疲労困憊って感じだったけどね」
「そう……ですか。良かった」
ご飯を食べていると聞き、安心した。元々子猫たちは、最初に拾ってくれたノヴァ王子に懐いていた様子を見せていたし、そこまで心配していたわけではなかったのだが、それでも話を聞くとホッとする。
「シリウスが買い出しに付き合ってくれたおかげで、必要なものは全部買えたし、まあ、あとは慣れ、かな。何せノヴァは動物が得意というわけではないから」
「そう……ですね」
「でも、ちゃんと可愛がっているように見えたよ」
「はい」
そこは疑っていない。
苦手だと言っていたのに、それでも拾った責任があると、飼うことを決断したノヴァ王子。
慣れるのに時間は掛かるかも知れないが、きっと彼は良い飼い主になると思う。
彼に引き取られた二匹も幸せになれると確信できる。
大きく頷くと、アステール様は「それで――」と話を続けた。
「子猫たちがどんな風に暮らしているのか、保護していた君も早く知りたいんじゃないかと思って。ノヴァも構わないと言っていたから見に来るといいよ」
「はい、是非!」
子猫たちがどんな環境にいるのか見たい気持ちは強くある。
思ったよりも早めに見に行けることに喜びを感じていると、アステール様が言った。
「その際は、リュカも連れてくるといい。リュカも子猫たちのことは気にしていると思うし」
「そうですね。ありがとうございます」
リュカのことまで気に掛けてくれることを有り難く思いながら礼を言う。
そのあとはアステール様と互いの予定を話し合い、来週末に城に伺うことが決定した。