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喜びが隠せなくて、むにむにと口元を動いてしまう。目聡くそれを発見したアステール様がくすりと笑った。
「スピカ、嬉しそう。何か良いことでもあった?」
「……そ、その。アステール様が嬉しそうだったのが嬉しくて」
「私が嬉しいのが嬉しかったの?」
「……はい」
こくりと頷く。
アステール様とは恋人関係になったのだ。今更、彼に隠すようなことはない。
アステールが優しく私の頭を撫でる。
「ひえっ、な、何を」
「いや、スピカが可愛いなと思って」
「え、ええ?」
甘やかな愛で見つめられ、かあっと頬が熱くなった。そんな私を見たアステール様がひどく楽しげな顔をする。
「うん、最近気づいたけど、君は意外と表情に出るよね。よくよく観察すれば君が何を考えているのか、大体分かる。今は……そうだね。恥ずかしいけど嬉しいって感じかな」
「あ、当たりです」
自分の感情を言い当てられ、複雑な心境になった。
だって、つまりは単純だと言われたようなものなのだ。微妙にショックを受けていると、アステール様は「可愛いからそのままでいいよ」と言った。
「君が表情豊かになるのは、相当親しくなった人の前だけみたいだし、特に気にする必要はないんじゃないかな。私としては、私だけに見せてくれたらいいのにって思うけど」
「っ」
流れるように恥ずかしい台詞を紡ぐアステール様に全く太刀打ちできない。
『私だけ』という小っ恥ずかしい言葉に身悶えていると、彼は真面目くさった顔で言った。
「まあ、とにかくフィネー嬢のことは分かった。スピカが私のことを友人に自慢したいらしいから仕方ない。私もその気持ちは理解できるし。彼女を呼ぶ日が決まったら教えてね。その日は君の屋敷に行かないようにするから。女性同士のお茶会を邪魔するような無粋な真似はしないよ」
「は、はい。でも、自慢、ですか?」
どうして自慢なんて言葉が出てくるのか。首を傾げると、アステール様は不思議そうに言った。
「え、自慢してくれないの? 恋人自慢。ちなみに私は、かなり前からしてるけど」
「へ?」
恋人になったのは昨日のはずなのに、かなり前からと言われて目が点になった。
いや、婚約者なのは前からだから、別に構わないのだけれど……え? 自慢って誰に自慢したの?
私の心の声が漏れていたのか、察したようにアステール様が真面目くさった声で言う。
「父上とかノヴァあたりにもかなり自慢したかな。あ、あと、近づいてくる令嬢たちにもたっぷり君のことを語っておいたから安心して。私はスピカに夢中だから他の女性なんて目に入らないんだってね」
「~~!」
両手で己の頬を押さえる。
なんと恥ずかしいことをしてくれたのか。
父親……はまだ百歩譲って許せるとしても、他の女性?
他の女性とは、私という正式な婚約者がいるにも関わらずアステール様を狙っている人たちのことだろうが……アステール様がモテることは分かっていたが、そういう追い返し方をしているとは知らなかった。
「え、えっと」
「君のことを語っていれば、大体皆、察して去ってくれるからね。私としてもスピカのことを話せるからまあいいかって感じて応対しているんだけど……いや、他の女と話すって気分が悪いよね。ごめん、次からは近づけさせないようにするよ」
「あ、いえ、それはアステール様のお好きになさって下されば良いのですけど……」
どう答えればいいのか本気で分からない私の手をアステール様が握ってくる。そうして優しい笑顔を向けてきた。
「とまあ、そういうことで、そろそろ食堂に移動しようか。続きは食事をしながら話そうよ」
「は、はい……」
そもそも一緒に昼ご飯を食べようという話だったと思い出し頷いた。
アステール様に手を引かれて、教室を出る。
上機嫌で隣を歩く彼を見ながら、恋人になってたった二日ですでにキャパオーバーとか、今後の自分は大丈夫なのだろうかと本気で未来の自分を心配した。