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「リュカ、寝ちゃったみたいです」
顔を上げ、報告すると、アステール様はそうだろうなという顔をして言った。
「仕方ないね。小さな身体にはずいぶんと負担だったんだろう」
「はい……あの子たちもリュカがいれば少しは落ち着くかと思って連れてきたんですけど、リュカには可哀想なことをしてしまったかもしれません」
だけど、リュカが一緒だったことで、あの三匹の子猫たちが安定したのは確かだ。リュカはしっかり仕事を果たしてくれた。帰ったら、リュカの大好きなおやつをあげようと思う。
ゆっくりと馬車が走り出す。
リュカの様子を窺ったことで安心した私は、座席に腰掛け直した。極々自然に、アステール様が腰を引き寄せてくる。
「ひゃっ……」
「あ、可愛い声」
「あ、アステール様……い、いきなり何を……」
私を引き寄せたアステール様が耳元でクスクスと笑う。息が掛かって擽ったくて仕方なかった。思わず肩を竦める。
「あ、も、ちょっと……駄目ですって」
「え? どうして?」
「どうしてって……もう、擽ったいんです」
「私は楽しいんだけどなあ。あ、スピカ、逃げないでよ」
くすぐったさに耐えきれず、身体を捩って逃げようとしたが、アステール様に阻まれてしまった。
「駄目。逃がさないよ」
思いのほか真剣な声音で言われ、ドキリとした。抵抗を止め、彼に言う。
「わ、わかりました。逃げませんから、息を吹きかけるのを止めて下さい……」
「えー」
「アステール様」
「冗談だって。スピカの嫌がることはしないよ」
「もう……」
耳元で話すのを止め、アステール様がにこりと笑う。
「はい、これでいい?」
「……ありがとうございます」
抱き寄せられた状態なのは変わらなかったが、これは最近ではよくあることだったのであまり気にならない。……気にならないだけで恥ずかしいことに変わりはないのだけれど。
「スピカ」
「はい」
名前を呼ばれ、返事をした。アステール様を見ると、彼は優しい笑みを浮かべて私を見ている。
「あらためて、これから恋人として宜しくね」
「っ! は、はい!」
「仲良くやっていこうね。あ、ちなみに一応言っておくけど、別れるとか絶対に許さないから。スピカが卒業するまでは恋人で、卒業したあとは奥さんになる。これは決定事項だから。分かった?」
「……は、はい」
「絶対に逃がしたりなんてしないから。地の果てまででも追いかけるし、泣いても叫んでも首根っこ捕まえて、私の隣に立たせてあげる」
「え……」
笑顔だったが、妙に迫力があった。
怖いなと思いつつも首を縦に振る。
私だって、冗談や酔狂でアステール様に告白したわけではないのだ。色々悩んで、それでも彼が好きだという結論に至った。
今更彼を他の誰かに譲ろうなんて思わないし、万が一アステール様から別れて欲しい……なんて言われたとしても素直に頷ける自信はない。そんな段階はとうに過ぎてしまった。
「……私、アステール様が思っている以上にあなたのことが好きなので、だからアステール様にお願いされても別れてなんてあげません」
「スピカ」
「だから、妙な心配はしなくて大丈夫ですよ」
顔を見て、にこりと笑う。
アステール様の私の腰を抱く力が強まった。強すぎてちょっと痛い。
「……痛いです」
「ごめん。でも今のはスピカが悪いと思う」
抗議すると、彼からは謝罪とも呼べないような謝罪が返ってきた。
よく見ると、耳が少しだけ赤い。
「アステール様?」
「好きって言ってくれた途端、スピカの私に対する態度が甘くなった……嬉しい。すごく嬉しいんだけど私の方がついていけない……」
「……たくさんご迷惑をおかけしましたから素直になろうと思ったんですが、いけませんでした?」
そっとアステール様の顔を覗き込む。彼は耳を赤くしたまま私に言った。
「嬉しいって言ったよ。ああもう……取り繕うのも馬鹿らしいな。うん、私も変に誤魔化したりせず、素直に君に接することにする。どうやらその方がいいみたいだし」
「はい。そうして下さい。もう、妙な勘違いはしたくありませんし」
「それはそうだね」
全くだと頷き、アステール様は笑った。そうして顔を近づけてくる。
「え」
「君が好きだよ、スピカ。ずっと君だけが好きだから、君も私だけを見ていて」
言葉と同時に、唇に熱が触れる。
一瞬だけの触れ合いは、間違いなく私のファーストキスだった。