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「お、おかしいですよね、こんなの。何か特別なことをしているわけでもないのに」

「そうだね。でも……恥ずかしいけれど、この手を放したいとは思わないんだ」

「っ……」


 きゅん、と胸が痛いくらいにときめいた。知ってる。これは、嬉しいという感情だ。


「わ、私も、です」


 顔を赤くしながらも同意する。

 それ以上は私もアステール様も何も言わなかったが、不思議と全く気にならなかった。心地良い沈黙と温かい手の感触に満たされていたからかもしれない。

 ゆっくりと歩く。少し離れた校門にはすでに馬車が停まっていた。

 護衛と御者が何か話しているようだったが、彼らは私たちに気づくとホッとしたような顔をした。どうやら帰りが遅いことを心配していたようだ。

 申し訳ないことをしてしまったと思いつつ、口を開く。


「ずいぶんと心配させてしまったみたいです」

「そうだね。少し遅くなってしまったから」


 遅くなったのは、帰り際に私がアステール様に告白していたからだ。なんとなくこのタイミングなら言えると思い、勇気を出すに至ったのだが、結果として護衛や御者に迷惑をかけてしまった。


「すみません。私のせいで」


 謝るとアステール様は首を横に振った。


「どうして君が謝るの。そんな必要ないよ」

「でも……」

「君と恋人になれた。これ以上大事なことなんてないんだから、あいつらは待たせておけばいいんだよ」

「ええ……?」


 冗談めかして告げられた言葉に目を丸くする。アステール様は笑って言った。


「まあ、待たせておけばいいはさすがに言い過ぎだけどね、気にする必要はないよ」

「殿下!」


 話しながらも馬車に近づいていくと、護衛の騎士が走ってきた。


「いつまで待ってもいらっしゃらないので、お探ししようかと思っておりました」

「ああ、ちょっとね。スピカと話し込んでいたから」

「さようでしたか」


 騎士が私をちらりと見る。私は慌てて頭を下げた。


「すみません。私がアステール様を引き留めてしまいました」

「いえ、ご無事ならいいんです。さあ、馬車にお乗り下さい。殿下、今日もプラリエ公爵邸にお立ち寄りですか? スピカ様をお送りするのは構いませんが、ご滞在は避けていただけると助かります。あまり時間もありませんので……」


 騎士が困ったような顔をした。

 確かにいつもよりかなり時間は遅くなっている。滞在するとしても、十分か二十分がせいぜいといったところだろう。

 今日は立ち寄らず、さっさと帰った方がいいという騎士の言葉にも頷ける。

 だが、私としてはやはり残念だなと思ってしまう。

 ようやく思いが通じ合った直後。少しでも一緒にいたいという気持ちがどうしたって浮かぶのだ。


 ――駄目よ。アステール様だってお忙しいんだから。


 王太子であるアステール様に課せられた仕事は多い。その彼に、私の我が儘で「一緒に居て欲しい」とは言えなかった。

 だが、そんな私の欲望を見通したかのようにアステール様ははっきりと言った。


「お前には悪いが、いつも通り立ち寄るつもりだよ。少しでもスピカと一緒にいたいからね」

「えっ……」


 思わぬ答えに声が出る。アステール様が振り返り、私に言った。


「何? スピカは私と少しでも一緒にいたいって思ってはくれないの?」

「い、いえそれはもちろん思っていますけど……」

「ならそんな声を出さないでよ。私だけが君と過ごしたいのかとがっかりしてしまうじゃないか」


 柔らかく微笑まれ、ボッと顔が熱を持ったのが分かった。アステール様が握っていた手を放し、代わりに頬に手を当ててくる。


「ふふ、真っ赤になってるね。可愛い」

「っ!」


 さっきまで照れていたのが嘘ではないかと思うくらい、すっかり通常運転だ。

 動揺しまくる私を余所に、アステール様は平然と騎士に言う。


「そういうわけだから、お前の提案は却下だ。……そう遅くないうちに城に帰ると約束するから、スピカの屋敷に立ち寄るくらいは見逃してくれないかな」

「……承知致しました」


 騎士が深々と頭を下げる。

 御者が恭しく馬車の扉を開けた。アステール様と一緒に中へと乗り込み、隣に座る。

 アステール様がリュカの入ったキャリーケースを下に置きながらため息を吐いた。


「全く。気が利かないんだから困るよね。恋人たちの大事な時間を奪おうなんて許されないよ」

「こ、恋……そ、そう、ですね」


 恋人、と言葉にされるだけでのたうちまわりたくなるくらいにはずかしくなる。

 関係は変わったものの、それ以外に変化なんてないのに、どうしてここまでソワソワした気持ちになるのか。頬は熱いままで、一向に収まる気配が見当たらない。

 恋人という言葉の威力を思い知った気分だ。もちろん嫌なわけではないのだけれど。

 とりあえず、自分がどう行動すればいいのか誰か私に教えて欲しい。

 誤魔化すように、キャリーケースを覗き込む。リュカは奥の方で丸くなって眠っていた。慣れないお出かけで、多分疲れたのだと思う。


ありがとうございました。

本日、猫モフ2巻発売です。どうぞよろしくお願いいたします。

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