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第十一章 恋人になりました


『好きです』


 そう、アステール様に告げる。

 ようやく彼に私の気持ちを言うことができた。

 どこかホッとした気持ちで彼を見つめる。アステール様は目を潤ませ、私の名前を呼んだ。


「スピカ……」


 ゆっくりとアステール様が、私に向かって歩いてくる。リュカの入ったキャリーケースを持ったまま、だけども確実に。

 そうして片手で私を引き寄せ、力強く抱きしめた。


「あ……」

「嬉しい」


 耳元で聞こえた言葉は、わずかではあったが震えていた。

 それを聞き、じんわりと形容しがたい感情が迫り上がってくる。


「わ、私……」

「好きだよ、スピカ。初めて会った日から、ずっと君だけが好きだった」

「っ……」


 告げられた思いの深さに、唇を噛みしめる。

 そんな前から好意を寄せてもらっていたのに、私は全く気づきもせずに、それどころか、この婚約は恋愛感情のないものと思い込んでいたのだ。


「ご、ごめんなさい……」


 気づかなくて。

 己のしでかした罪の深さに恐れ戦く。アステール様が私を抱きしめたまま首を横に振った。


「全然。今、こうして君が好きだって言ってくれたんだから、どうでもいいよ。……私の恋人になってくれるってことでいいんだよね?」

「……はい」


 小さく、だけどはっきりと首を縦に振る。

 元々、タイミングを窺っていただけで、彼を好きだということはとっくに自覚していた。

 好きな人と、ちゃんと恋人になりたい。好意を受け取るだけでなく、こちらからもきちんと返したいとずっと思っていたのだ。

 それがようやく叶い、喜びで涙が出そうだった。それを誤魔化すように言う。


「ふふ……婚約者なのに、今更恋人っていうのもおかしな気がしますけどね」

「そうかな。婚約者と思いが通じ合ったんだから恋人になる。何も間違ってはいないと思うけど」

「そう、ですね」


 話しているだけで、どうにも照れくさい気持ちになってくる。それは、私を抱きしめるアステール様の温度をどうしようもなく感じているからかもしれない。


「そ、そろそろ放してくれませんか?」

「え、嫌だよ。せっかくこうして誰に憚ることもなくスピカを抱きしめられるようになったのに」


 羞恥に負け、もぞもぞと身体を動かす。アステール様は逆にギュッと私を抱きしめ直した。


「やっと手に入れたって思ったら、もう駄目だね。全然放す気になれないよ」

「わ、私は別に逃げも隠れもしませんよ?」

「本当に?」


 こくりと頷く。

 ソラリスのことも誤解だったと分かった。アステール様の気持ちがちゃんと私の方を向いているのも理解した。そして、何より私自身が彼を好きだと気づいたのだ。これで逃げようなんて思うはずがない。

 だけど、ずっと渡り廊下の真ん中で抱き合ったままというのはさすがに困る。

 私は身じろぎしながら彼に言った。


「アステール様……その、そろそろ帰りませんか? もう学園には誰も残っていないでしょうし、これ以上遅くなるのはちょっと……」


 閉門の時間が迫っている。言外にそう伝えると、アステール様は残念そうに私を放した。


「そう、か。そうだね。さすがにそれはまずいな。馬車も待たせているし……うん、分かった。とりあえず帰ろうか」

「はい」


 頷くと手を差し出された。少し照れくさかったがその手を素直に握る。

 彼の手から伝わってくる温かな感触になんとも心が満たされた。

 多分これが幸せというものなのだろうと自然と感じる。


「……」


 ふわふわとした気持ちに、勝手に頬が緩んでくる。

 嬉しくて恥ずかしくて、なんだかすごくこそばゆかった。


 ――嬉しい、な。

 

 ちらりとアステール様の横顔を見つめる。整った綺麗で繊細な顔立ち。優しい光を灯す紫色の瞳は美しく、綺麗な立ち姿に惚れ惚れする。


 ――こんな素敵な人が私の、恋人なんだ……。


 改めて思い、ものすごく照れくさくなった。

 婚約者だった時はなんとも思わなかったのに、恋人になった途端全部が恥ずかしくなるとか。でも、恋人なんて初めてできたのだ。少々浮かれてしまっても仕方ないではないか。


「スピカ」

「えっ……はい」


 ひとりで舞い上がっていると、アステール様に名前を呼ばれた。それに返事をすると、彼はこちらに視線を向けた。


「どうなさいましたか?」

「……なんだろう。急に恥ずかしくなってきたんだけど」

「え……」

「スピカが私の恋人になったんだって思ったら……こう、じわじわと……」


 そう言うアステール様の耳はびっくりするほど赤かった。それに気づき、嬉しくなる。

 私だけじゃないんだという気持ちで一杯だった。


「わ、私も、です」


 釣られて赤くなってしまった。互いに顔を赤くし、相手を見つめる。ほぼ同時に意味もなくへらりと笑った。

 アステール様が顔を赤くしたまま言う。


「そ、そうか。スピカもか。な、なんだか照れるね。変な感じだ」

「は、はい」

「別に手を繋ぐのが初めてってわけでもないのにな。どうしてだろう」


 アステール様がじっと私を見つめてきた。

 いつまでも目を合わせているのが恥ずかしい。照れくささから目を逸らしてしまった。



第二部、再開いたします。ゆるゆるとお付き合いいただければ幸いです。

明日、いよいよ『猫モフ2巻』の発売日となります。書籍も電書も同時発売となります。

応援していただければ嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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