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予想外のところから声が掛かった。
今まで協力はしても、飼うという話には一切参加してこなかったティーダ先生のいきなりの提案に皆が驚く。一番驚いたのは幼馴染みのソラリスらしく、彼女はティーダ先生に詰め寄っていた。
「ちょ、どういう風の吹き回しよ。グウェインは別に猫が好きとかそういうことはなかったよね?」
「ええ、確かに。ですが思ったんです。城と学園と屋敷を往復するだけの潤いのない生活。そこに猫が一匹加わっても良いのではないか、と」
「……めちゃくちゃ胡散臭いんだけど。何か企んでいるんじゃない?」
幼馴染みに疑われたティーダ先生は、心外だという顔をした。
「企みだなんて失礼な。私だって、日々の癒しを求めることくらいありますよ。複数匹はさすがに手を挙げる気にはなれませんが、一匹だけならまあ……私でも世話をできそうですし」
「……怪しい」
「怪しくありませんって。……そういうことですので、ノヴァ殿下。一匹私にお預け頂けますか? いただく限りは、最後まできっちり面倒を見ると誓いますので」
「……分かった。確かにいきなり三匹はオレも辛いし、助かる。ティーダ先生なら信頼できるし」
「騙されちゃ駄目よ、ノヴァ! こいつ、何を考えているのかほんっとわかんない奴なんだから!」
「おやおや、信用されていないようで悲しいです。そうだ。それならソラリスが私を監視すればいいじゃないですか。私が余計なことをしないように。そうすれば安心でしょう?」
「……監視?」
「ええ。こちらは探られても全く痛くありませんので、いつでもお好きに屋敷にいらして下さい。使用人たちには申しつけておきますので」
にこやかに告げるティーダ先生に、喧嘩を売られたと認識したのかソラリスが挑戦的に笑った。
「ふうん。良いわ、分かった。じゃあ私が徹底的に監視と監査をしてあげる。少しでも子猫を粗末に扱う様子を見せたら、すぐにでもノヴァに言いつけてやるんだからね。子猫の親権取り上げてやるんだから!」
「ええ、それで結構ですよ」
ニコニコと笑うティーダ先生。それをグルグルと敵意丸出しで見つめるソラリス。
ふたりを見ていた私は、うんと頷いた。
――これ、やっぱりティーダ先生。ソラリスのことが好きって話よね。
と。
だって今の流れ、ティーダ先生がソラリスを好きという前提があれば全部説明がつくのだ。
猫を飼えば、猫を気にしてソラリスが来てくれるかもしれない。→どうやら自分を疑っているようだ。それなら監視という名目が使えるのでは?→来てくれる! ラッキー!
「……」
絶対にこれが正解のような気がする。だってティーダ先生、すごく嬉しそうだし。
ギリギリとティーダ先生を睨んでいるソラリスは全く気づいていないようだが、周囲は全員気づいたようで「あー……はーん」みたいな顔をしている。
アステール様を見ると、彼も察したという表情をしていた。
気づいていないのはソラリスだけ。やはりヒロインは鈍感が基本装備されているのだろうか。いやまあ、私も人のことは言えないのだけれど。
アステール様の気持ちを勝手に誤解し続けた過去があるだけに、ソラリスを揶揄ったりはできない。ブーメランすぎる。
「じゃあ、どの子を連れていきますか?」
三匹の猫。そのうちのどの子にするか聞かれたティーダ先生は、ソラリスに言った。
「ソラリス、あなたが選んで下さい」
「はあ? なんで私が。あなたの猫でしょう?」
「いいじゃないですか。それに私よりあなたの方がその子達のことを知っているでしょう? 一匹でいても大丈夫な子を選んで欲しいんです」
「一匹で大丈夫な子……」
「ええ、一匹だけ兄弟から離してしまうんですからね。さみしがり屋の子を選んだら可哀想でしょう」
「くっ……グウェインのくせに説得力がある」
「あなたは私のことを何だと思っているんですか」
「グウェイン」
「兄さんと付けてくれて構わないんですよ」
「それは昔の話」
容赦なく断り、ソラリスは子猫たちに目を向けた。悩む様子もなく二匹居る白猫のうち一匹を抱き上げる。その子をティーダ先生に押しつけた。ティーダ先生は反射的に子猫を受け取り目を丸くした。
「ソラリス?」
「この子よ」
「悩みもしませんでしたね。理由は?」
断言したのが気になるのか、ティーダ先生は面白そうに理由を聞いた。ティーダ先生に抱きかかえられた子猫は図太い性格をしているのか、怯える様子もない。それどころかその腕の中から逃げ出そうと、ティーダ先生を登り始めた。ちょろちょろと肩に上がっていく。
「おっと」
慌てるティーダ先生の肩に乗った子猫は、どこか満足そうな顔だ。そんな子猫をソラリスがひょいと掴む。首根っこを摘ままれた形となった子猫は愛らしく「にゃー」と鳴いた。
「見て分かるでしょう? この子が一番無謀なのよ。残りの二匹が竦んでいる時でも真っ先に動く。ご飯でも水でも、いつだってこの子が一番に口を付けていたから」
「そういえば……」
ソラリスの言い分に、頷いた。
確かに私がこの子達を預かっている時もそうだった。他の二匹が居竦んでいる時も、この白猫だけは我先にと動いていたように思う。残り二匹はいつだって、その白猫の行動を見てから恐る恐るという感じで動くのだ。それらを鑑みれば、一番自立しているのはこの白猫で間違いないだろう。
ティーダ先生もソラリスの言い分に納得したようで、ノヴァ王子に断りを入れていた。
「それでは、殿下。私はソラリス推薦のこの白猫をいただきたいと思います。宜しいですか?」
「そうですね。一匹になるのでしたら、しっかりした性格の猫の方が良いだろうし……分かりました。あとの二匹はオレが責任を持って飼います」
「ありがとうございます」
ノヴァ王子から許可をもらったティーダ先生は嬉しげにソラリスを見た。
「ソラリス」
「何よ」
何か企んでいるのかとばかりにソラリスが構える。それでも子猫を手放そうとしないのは実に彼女らしいと思う。ソラリスは本当に猫が大好きなのだ。そんな彼女の様子を見て、ティーダ先生が目を細める。それがまるで得物を目の前にした狩猟動物のように見え、ゾクッとした。
「今からこの子のための飼育用具一式を買いに行きたいと思います。当然、あなたも付き合ってくれますよね?」
「はあ? なんで、私が。グウェインの猫でしょう? 自分で勝手に行けばいいじゃない」
「え、だって私を監視してくれるのでしょう? 子猫のために私がどんなものを買うのか、確認する必要はありませんか? ほら、たとえばの話ですけど、餌代をケチって安物の餌を買ったり……とか」
瞬間、ソラリスはクワッと目を見開いた。子猫を大切そうに抱えたままティーダ先生に詰め寄る。
「安物の餌!? 冗談でも馬鹿なことを言うんじゃないわよ! 猫は子猫時代の栄養が大切なの! 骨を作るこの期間は多少無理をしても栄養価の高い良い餌を食べさせるのが常識なんだからね!!」
ものすごい剣幕だ。だが、ティーダ先生は気にした様子もないどころか、笑みを浮かべている。
「なるほど、そうなのですね。ですが、残念なことに私にはその『常識』がありません。何せ、猫を飼うのは初めてなのですから。もちろん勉強するつもりではありますけど、それまでに間違いがあってはいけないでしょう? あなたが見張っている必要は十分過ぎるほどあると思いますけど」
「……ああ言えばこう言う」
ギリギリとティーダ先生を睨み付けるソラリス。しばらくそうやって先生を睨んでいた彼女だったが、やがて諦めたのか怒りを解放するように息を吐いた。
「……良いわ、分かった。付いていってあげる。子猫のためだし。グウェインが変なものを買わないか、ケチらないか監視してあげるんだからね!」
「ええ、お願いします」
「そうと決まればさっさと行くわよ!」
しゃらくせえとばかりに身を翻すソラリス。なんだかその背中が男前だ。ティーダ先生は上機嫌でいそいそとそのあとをついて行った。