第十章 三匹の子猫
「話を聞かせてもらうから」
目の前にソラリスが立ちはだかる。
悲願だったアステール様との仲直りを無事果たした次の日、学園に登校した私は、やはりと言おうか、昼休みにソラリスに捕まった。
心配を掛けたし沢山相談に乗ってもらった自覚はある。大人しく彼女についていくと、ソラリスは学園の中庭にある白いベンチに腰掛けた。周囲に目を向ける。歩道を歩いている生徒が数人いたが、皆、自分たちのことに夢中で、私たちのことにまで意識を向けていないようだった。隣に座るように言われ、素直に腰掛ける。
「で? アステール殿下と一緒に登校してきたってことは、無事、誤解を解くことに成功したって思っていいのね?」
「え、ええ」
落ち着く間もなく尋ねられ、肯定の返事をする。私が頷くと、ソラリスは「良かったあ」と大きなため息を吐いた。
「もうほんっとうに、こっちはやきもきしたんだから。昨日、あなたがアステール様の馬車に乗ったところまでは見たけど、そのあとどうなったかまでは分からなかったからさ」
「心配かけてごめんなさい」
連絡できれば良かったのだが、我が家に来たアステール様が帰ったのは夕食の直前だったのだ。久しぶりにアステール様に会ってリュカも嬉しかったのか、なかなか離れようとはしなかった。リュカの『お兄ちゃん、お兄ちゃん』という弾んだ心の声が聞こえてしまえば、アステール様も帰るとは言い出し辛かったみたいだ。気持ちはとてもよく分かる。
アステール様が帰ったあとは、夕食に入浴。気づけば、夜も遅い時間になっていて、とてもではないけど、ソラリスに連絡を入れられる状況ではなかった。申し訳ないなと思いつつもベッドに入り、迎えた朝。
眩しい笑顔と共に迎えに来たアステール様と一緒に登校し、今に至っている。
「……こういうことだったの」
昨日、アステール様と話したことをおおよそと、そして連絡できなかった理由を話すと、ソラリスは腑に落ちたという顔をした。
「そういうことなら仕方ないね。まあ、無事に仲直りしたみたいだし、良かったじゃない」
「ソラリスのおかげよ。ありがとう」
心から礼を言った。
アステール様と話し合うことができたのは、ソラリスが罰に『アステール様と話すこと』と言ってくれたからだ。その名目がなければ今も私はアステール様を避け続けていただろう。そうすれば互いの誤解は更に広がり、簡単には修復できなかったと思う。
「別に私は何もしてないって。頑張ったのはスピカでしょ。で? お互いの誤解もとけてようやく恋人同士になったって……そう考えていいのね?」
「え、いや……それは、その……」
実は話し辛くてぼかしたところを、はっきりと聞かれてしまった。
私が目を逸らしたことに気づいたソラリスが「は?」と低い声を出す。
「ちょっと待って。まさかとは思うけど、まだ恋人になっていない、なんて言わないよね? アステール殿下から改めて告白されて、スピカだって好きだと答えた。そうよね?」
「そ、その……確かに似たような感じではあるんだけど……はっきり好きとは言っていないというか、恥ずかしくてもうちょっと待って欲しいと答えたというか……」
「……そこ、どういうやり取りをしたのか、きっちり説明しなさい」
「はい」
拒否できない声音で命じられ、私は一も二もなくアステール様とのやり取りを正確に語った。
全部を聞いたソラリスが私をジト目で睨む。そうして校舎を指さして私に言った。
「今すぐ、私も好きですって言ってきなさい」
「何言ってるの! 無理に決まってるじゃない!」
「無理じゃない。もう殆ど好きと言ったみたいなものでしょ! そんな生殺しの状態で待たされることになったアステール殿下が可哀想だとは思わないの!?」
「そ、それはそう……かもしれないけど」
「かもじゃなくて、そうなのよ」
「うぐっ……」
遠慮もへったくれもなくソラリスが指摘する。
「ようやく互いの誤解も解けて、婚約者も自分のことを想ってくれている。そこまで分かっているのにただ一言『好き』と言葉にしてもらえないだけで手を出せないアステール殿下が気の毒過ぎて、私、泣けてきたわよ」
「そ、そこまで?」
「スピカはそこまでのことを、アステール殿下にしてるの!」
「ううっ……」
ソラリスの言葉が胸に突き刺さる。自分でも申し訳ないという気持ちがあるだけに、言い返せなかった。
だけど、昨日の私はあれが限界だったのだ。あれ以上なんてどう考えても無理なのだから、勘弁して欲しい。
私の表情から言いたいことを分かってくれたのか、ソラリスがため息を吐く。
「まあ、アステール殿下がそれでいいっておっしゃっているのなら、私が文句を言う筋合いはないと思うけど。我慢させている。待たせているということは心の隅でもいいから覚えておきなさいよ」
「はい……」
ソラリスの言うことはいちいちそのとおり過ぎて、返す言葉もない。
恥ずかしがっていないで、できるだけ早くアステール様に気持ちを伝えること。それが今、私がしなければならないことなのだ。
「……頑張るわ」
「うん。そうして差し上げなさい。スピカだってアステール殿下に応えたいという気持ちはあるんでしょう?」
「それは、もちろんよ」
好きな人に好意を伝えたいという思いは当然、私にだってある。特に、アステール様からはすでに『好き』を告げられているから、余計に気持ちは焦っていた。
「できるだけ早く……とは思っているの」
「そういう気持ちがあるなら大丈夫ね。これ以上はいくらなんでもお節介が過ぎるから言わない。あとはふたりでなんとかして。そうね……。両想いになった報告はもらいたいけど」
「……ええ。ソラリスには教えるわね」
ここまで色々してもらって、最後の最後でつまはじきにするような真似はしない。
私が頷くと、ソラリスは話はこれで終わりとばかりに、話題を変えてきた。
話の内容は、リュカのこと。また遊びに行きたいという彼女に私は、是非きてと返事をしようとしたのだが、ちょうどそのタイミングで、知っている顔が中庭にやってくるのが見えた。眩しいくらいの金髪と他を一線を画するオーラの持ち主は、私が知る限りひとりしかいない。
「アステール様?」
「え? あ、本当だ。うわっ……グウェインもいるじゃない……」
ソラリスの嫌そうな声に苦笑する。
中庭にやってきたのは、アステール様とティーダ先生、そしてノヴァ王子だった。
どうしてこの三人がと一瞬不思議に思ったが、彼らには生徒会執行部としての共通点がある。アステール様は会長でノヴァ王子は副会長。ティーダ先生は顧問だ。何か、生徒会執行部としての活動でもしているのかもしれない。
ノヴァ王子は両手に箱のようなものを抱えており、その中を深刻な顔で見つめている。付き添うように歩いているティーダ先生も心配顔だ。
アステール様もノヴァ王子たちの様子を気にしているようだった。