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5



 バタバタしていてすっかり忘れていた。使用人に報告を頼んでいるから、状況は分かってくれているだろうが、さっさと話をしにいった方がいい。

 疲れた身体にむち打ち、立ち上がる。

 我が儘を言う立場なのだ。疲れたなんて言っていられない。

 私は後ろに控えていたメイドのコメットに尋ねた。


「……お父様たちは?」

「談話室でお嬢様がいらっしゃるのをお待ちです。ひととおり、世話が終わってからでよいとのことでした。少し休憩なさってからでもよろしいのでは?」

「そう、ありがとう。待ってくださっているのならすぐに行くわ」


 帰ってきてからかなり時間が経過している。これ以上待たせるのも申し訳ない。

 私はすぐさま廊下に出て、一階に降りた。

 玄関ロビーの先にある家族のための談話室。この部屋に扉はない。談話室は中庭にも出られるようになっており、非常に開放的な造りで居心地がいい。私はこの部屋が大好きだった。

 両親はひとり掛けのソファで寛ぎながら私を待っていた。


「申し訳ありません。報告が遅れました」

「話は聞いている。構わないよ、スピカ」


 謝罪すると、父は相貌を崩して微笑んだ。その頭には白髪が交じっている。

 私は、両親がもう子供が望めないと諦めかけた時にできた子供で、だからか父たちは私をとても可愛がっている。実は私には弟がいるのだが、弟に対しても同様、いやそれ以上の溺愛ぶりで、さすがにもう少し厳しく躾けた方がいいのでは? と娘ながらに思ってしまうくらいだ。

 年を取ってからできた子供。それも二人も。

 爵位を継ぐ子供がいないと、養子縁組も考えていた両親は、私たちの誕生を当たり前だがとても喜んだ。そして甘やかしまくっているというわけだ。

 うん。悪役令嬢になれる素養は十分にある。

 私が前世の記憶持ちではなかったら、もっと我が儘で傲慢な女になっていただろう。そうすればきっと見事な悪役令嬢ぶりを発揮していたはず。


 ――前世の記憶を思い出して良かったわ。


 破滅の道を辿るなんてお断りなのだ。

 今の私は、そこまで我が儘ではない……はずだし、なんといってもアステール様をヒロインに譲る心積りがある。大丈夫。この先も家族と平和に暮らしていける。大丈夫、大丈夫だ。

 ふうと深呼吸。まるで自己暗示を掛けるかのように自分に言い聞かせていると、父が「それで」と話を振ってきた。


「猫を拾ったと聞いたが」

「はい。学園からの帰り道に。まだ子猫で、私が助けなければきっと死んでしまったと思いますわ。お父様、お母様。私、これは運命だと思うのです。あの子を家族として迎え入れるという運命! お願い致します。私、あの子を飼いたいんです!」


 心の丈をありったけ父にぶつけた。

 父は驚いたように私を見ていたが、やがて笑みを浮かべて頷いた。


「お前がそこまで言うのなら、私たちに断るつもりはないよ。好きにしなさい」

「ありがとうございます!」


 反対されるはずがないとは思っていたが、許可が下りたことにホッとする。

 父が「そういえば」と話を続けた。


「殿下がいらしていたそうだね。子猫のことがあったから挨拶は控えることにしたが、仲良くやっているようで何よりだ」

「……ええ」


 少し間は空いたが頷いた。

 確かに、仲は良い。それは間違いではないからだ。

 ただ、これから先どうなるかは分からないけれど。

 一瞬、父にこれから殿下と一緒に登下校は止めようと思うと告げようとしたが、先ほどの嬉しそうなアステール様の様子を思い出し、とりあえず今は言わないでおくことにした。


 ――今、言う必要はないわよね。


 アステール様は猫が好きだと言っていた。私の買い物に同行したいとも。

 猫好きなら今後より関わり合いになる可能性は高く、今、一緒に行かないとわざわざ父に言う意味はないのだ。


 ――アステール様がヒロインに惚れたあたりで言い出せばいいか。


 猫好きなら、できるだけ猫と一緒にいたいだろう。私もそれを拒否しようとは思わないし、存分に可愛がってくれればいいと思う。だから、『その時』が来るまでは今まで通りにすればいいのだ。


 ――そうよね。そうしよう。


 納得した私は笑顔を作り、父に言った。


「私も存じ上げなかったのですけど、アステール様は猫がお好きなようですわ。猫の世話をする私を興味深げに見ていらっしゃったし、明日も猫の餌を買いに行くと言うと、同行したいとおっしゃってくださいましたの」

「ほう? 殿下が? 猫がお好きとは初耳だが……」

「特に言う機会がなかっただけでは?」

「……そうか」


 不思議そうな顔をする父。それまで黙っていた母がソファから身を乗り出して私に聞いてきた。


「ねえ、スピカ。名前は? どんな子なの?」


 母が嬉しげに尋ねてきた。母は動物好きだ。猫と聞いて気になっているのだろう。


「リュカと名付けましたわ。雄猫ですの。体毛は白で、黒と茶色が混じっています」

「まあ、三毛猫なのね。雄の三毛猫なんて珍しいわ!」


 パンッと手を打って母が喜ぶ。私はといえば、『三毛猫で合っていたのか』とホッとしていた。こちらの世界の猫用語など全く知らないのだ。妃教育しかしてこなかったツケがこんなところにきている。


「先生に診てもらったのよね? 世話をする道具は? 全部揃っているのかしら」

「明日、学園が終わったあと、餌を買うついでに見てこようと思っています」

「そういえば、先ほど殿下と出かけると言っていたわね。あ、費用はこちらで支払いますからね。自分のお金を使う必要はないわよ」

「えっ……そういうわけには……」


 顔色を変える私に、母はにこにこしながら言った。


「家族として迎え入れるのでしょう? それなら私たちにも協力させてちょうだい。それとも駄目かしら」

「……いえ、ありがとうございます、お母様。よろしくお願いします」


『家族』と言われ、頷いた。

 そういうことならお世話になろう。


「遠慮などしなくていいからな。最高の品を揃えてあげなさい」


 父も笑顔で言ってくれたが、少しだけ訂正させてもらった。


「ありがとうございます。吟味して、一番リュカのためになると思うものを買いたいと思いますわ」


 高いからよいというものではないだろう。

 たとえばフードだが、リュカの好みもあるだろうし、店員と相談して決めたいと思っていた。

 両親は終始上機嫌で、あっという間に猫を飼う承諾を得ることができた私は安堵した。あとひとつ、気になるといえば、弟のことだ。


「その……カミーユは何と言うでしょう」


 今年十二歳になる私の弟。私と同じ、銀髪青目のなかなかの美少年だ。

 弟が動物が嫌いという話を聞いたことはないが、猫を飼うと聞いて嫌な気持ちにならないか気になった。


「さて、あの子がどう言うかは分からないが、飼うと決めたものを今更なしということにはしない。お前はお前のやりたいようにやりなさい。今まで真面目に妃教育に取り組んできて、一度も我が儘を言わなかったお前の望みだ。私たちは喜んで叶えるよ」

「ありがとうございます」

「夕食の折りにでも、直接話すといい。お前が話しづらいなら私たちから話すが、どうする?」

「……自分で話します」


 自分の愛猫のことだ。これも飼い主としての責任だろう。

 リュカのことをきちんと弟に話し、了承をもらおう。もし弟がいやだというのなら、私の部屋から出さないように注意しないと。

 私の言葉に、両親は満足そうな笑みを見せた。




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一迅社ノベルス様より『悪役令嬢らしいですが、私は猫をモフります3』が2022/8/1に発売しました。電子書籍版も発売中。よろしくお願いいたします。
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