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「え? どこからって……普通に噂されてたけど」

「本当に? 嘘でしょ……」


 はあっとため息を吐き、如何にもうんざりしましたというような顔を作る。そうして彼女は面倒そうに言った。


「グウェイン・ティーダは私の幼馴染みみたいなものなの。だから親しいだけ。うわっ。変なことを言われるのが嫌だから極力近づかないようにしてたのに……」

「幼馴染み? ティーダ先生と?」

「うん。男爵家に引き取られる前にね。あいつ、侯爵家の次男なんだけど、引き取られる前の本当の両親があいつの屋敷の庭師をしてて。敷地内に家を賜ってたから、娘の私も自然と顔を合わせる機会が多くなったというか……」

「へえ」

「向こうとは十近く年が離れてて、妹みたいに可愛がってくれたから私も昔は懐いてたの。グウェイン兄さんって……」


 リュカがボールを強請るので、投げるのを止めて、足下に置いてやる。リュカは前足を使いボールを掴むと、後ろ足でケリケリと蹴り始めた。それをふたりで見つめる。


「なんだ。昔からの知り合いだったのね。てっきりティーダ先生も攻略対象キャラかと思っていたわ」

「ん? グウェインは攻略キャラだけど」

「……」


 あっさりと返された言葉に絶句した。


「学園で再開して、あいつが攻略キャラだったって気づいたの。もう最低。ま、お互い単なる幼馴染みとしか思っていないから問題はないんだけど」

「……いつ、思い出したの?」

「あ、それ聞きたい? 学園に入学するひと月前よ」

「わあ……」


 思っていた以上に最近だった。


「大変じゃなかった?」

「大変に決まってるじゃない。でも混乱してる暇なんてないから、ひと月で思い出せるだけ思い出して、入学式に挑んだってわけ」

「そうなんだ……」


 なかなかハードスケジュールだった彼女の話を聞けば、同情しかない。

 乙女ゲームのヒロインに転生するのも大変なんだなと思ってしまった。


「グウェインは、懐に入れた相手には弱いの。ものすごく面倒見がよくなるから、だから仲良く見えるんだと思う」

「あのティーダ先生が、面倒見が良い?」


 いつもムスッとしていて冷徹という言葉がぴったり嵌まりそうな先生の恐ろしすぎる一面を聞いて目を見張った。ソラリスがケラケラと笑う。


「見えないでしょ。でも本当。前もね、『ちゃんと男爵の元で幸せにやっているのか』とか、『なんだったら今からでもうちにこないか』とか、そういうことを言われたの。昔から本当に心配性なんだから」

「……ねえ、それ。ティーダ先生、ソラリスのこと好きとかじゃないよね?」


 端から見れば、好きな子を気に掛けているとしか思えない言葉の数々に思わず口を挟む。ソラリスはキョトンとしていた。


「グウェインが? ないない」

「そうかなあ……」


 疑わしい。にこりともしないティーダ先生を知っているだけに納得しがたい。私からしてみれば、脈があるようにしか思えないのだけれど。

 そういうことを説明するとソラリスからは呆れたように「そういうの察せられるのなら、もっと早くアステール殿下のことに気づいてあげても良かったんじゃない?」とそのとおりすぎることを言われ、「そんなスピカが言うことじゃあね。信憑性がゼロかな」とぐうの音も出ない言葉をいただいた。


◇◇◇


「じゃ、私、そろそろ帰るね」

「うん」


 時間が経つのは早い。帰宅時間が近づいてきたソラリスはそう言って、ソファから立ち上がった。リュカは遊び疲れたのか、絨毯の上で丸くなって寝ている。時折、ぷーぷーという寝息が聞こえるのがとても可愛かった。四つの足をひとところに集めて眠っている姿に癒やされる。


「玄関まで送るわ」

「ありがとう」


 私も立ち上がり、ソラリスを見送るべく部屋を出る。二階の廊下を歩いていると、珍しく弟のカミーユが自室から出てくるところとかち合った。


「あ……カミーユ」

「……」


 名前を呼ぶと、カミーユはふいっと顔を背けた。その態度に胸が痛む。それ以上何も言えず俯くと、カミーユは苛立たしげに舌打ちをし、部屋に戻ってしまった。バタンという扉の閉まる音が、拒絶されているように感じ、とても苦しい。


「カミーユ……」

「何あれ、感じ悪い。今のってスピカの弟?」

「え、ええ」


 不機嫌そうに眉を寄せるソラリスに頷く。ソラリスは先ほどのカミーユの態度がよほど気に障ったようで文句を言っていた。


「友人の弟を悪く言いたくはないけど、今のはないわ。ねえ、ちゃんと教育した方がいいよ。あんなんじゃ、学園に入学した時に友達なんてできないと思う」


 言葉の刃が突き刺さる。ソラリスのいうことはいちいち尤もすぎて「そうですね」としか言えない。それでもなんとか弟の擁護がしたかった私は口を開いた。


「そ、その……カミーユがあんな態度になっているのには色々理由があって。普段はちゃんとした良い子なの」

「何それ。事情って?」

「それは……」


 じとっと睨まれ、私は少し前にあった事件の話をした。話を聞いたソラリスが不快そうに言う。


「確かに、弟の話を聞かなかったスピカにも問題はあったかもだけど、どう考えても悪いのは弟の方じゃない」

「ソラリス……それは……」

「一歩間違えれば、リュカくんは重大な怪我を負ってたかもしれない。取り返しの付かないことになっていたかもしれない。だってそういうことでしょう?」

「……ええ」


 否定できなかったので頷いた。


「で? 謝れば許すってスピカは言ったのに、それもせずに拗ねて引き籠もってるの? はー……馬鹿じゃない? 見事に甘やかされたボンボンって感じの成長してるよね……。さすが悪役令嬢の弟だわ」

「悪役令嬢って……止めてよ」

「別にあなたを貶しているわけではないから。ただ、思い出したんだけど、ゲームで確か、悪役令嬢と一緒に弟キャラが出てきたなって」

「ちょっと待って!? まさかカミーユも攻略キャラ、なんて言わないわよね?」


 カミーユはまだ小さいのだ。確かにショタキャラというのも乙女ゲームにはいないでもないが、実際に自分の弟が……と思えばゾッとする。


「あの子はまだ子供なのよ!」

「大丈夫だって。姉と一緒でいじめっ子キャラだったから」

「それならいいけど……って、やっぱりよくないわね!?」


 弟が攻略対象キャラと言われるのも嫌だが、いじめっ子役と聞くのも同じくらい嫌だ。 

 カッと目を見開くと、ソラリスは「まあ、それはどうでもいいじゃない」と適当に私をあしらった。


「全然良くないわ」

「そう? 今となればあり得ない未来でしょう? スピカが居るんだから。それより、今のあの子がムカツクのよ。ちょっと一言言ってやりたいくらい」

「ちょ……ソラリス!」


 不敵に笑い、ソラリスがずんずんと歩き出す。彼女が向かったのはカミーユの部屋だった。そろそろ帰ろうかと言っていたソラリスがどうしてカミーユの部屋へ行こうとするのか。もうこの時点で嫌な予感しかしなかった。




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