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◇◇◇
「……なるほど。それで、スピカはアステール殿下に嫌われたと思ったわけね」
馬車の中、先ほどの出来事をソラリスに話すと、彼女は渋い顔をした。
借りたハンカチで涙を拭う。泣きすぎてすでにハンカチはびしょ濡れだった。
「わ、私……自業自得ってことは分かってるけど、すごくショックで」
思い出しただけでも辛い。胸を押さえ、己の過去の行いを深く悔いていると、ソラリスが言った。
「で、スピカはどうするの?」
「ど、どうするって?」
彼女の言った言葉の意味が分からず、その顔を見る。ソラリスは首を傾げた。
「言葉通りの意味だけど。そうね、分かりやすく言うと、アステール殿下は何度もスピカに話し掛けて下さったのに、スピカは一回で心が折れてしまうのかってところかな」
「っ!」
痛いところを突かれた。
目を見開く私に、彼女はにっこりと笑う。
「だってそうだよね。今まで散々スピカは殿下を避けてきた。なのに今、同じことをたかが一回されただけでスピカはもう嫌だって泣いているんだから」
「……」
言葉の刃が容赦なく突き刺さる。ソラリスのあまりに遠慮のない言い方に絶句したが、同時にそのとおりだと納得していた。
――ソラリスの言う通りだわ。アステール様は何度も私に話し掛けて下さったのに、私はたった一回でこの有様なんだもの。
心の弱い自分が嫌になる。同時に、アステール様に対してとても申し訳ない気持ちになった。
たった一回拒絶されただけでもこんなに辛いのだ。それなのにアステール様は挫けず何度も私に話し掛けてくれた。私は彼にどんな痛みを与えているかなど何も気にせず、ただ自分が恥ずかしいからと逃げ続けていたというのに。
愚かな自分が恥ずかしかった。
「……私、最低ね」
「うん。それはいいから。問題なのはこれからどうするかじゃない?」
「……ソラリスって意外と容赦ないのね」
「ウジウジするのって好きじゃないから」
きっぱりと言われ、苦笑する。これくらはっきり言われた方がいっそ気が楽だった。
「ごめんなさい」
「で? どうするの?」
じっと見つめられる。ちゃんと答えろと言われているのが分かり、頷いた。
「ええ。一度、断られたくらいでもういいって諦めてしまうのは情けないわよね。……でも、ソラリス。私はそんなに強い人間じゃないの。もう一度勇気を出すには時間が掛かる」
本当はすぐにでも彼を追いかけるのが正解なのだろう。それは分かっていたけど、人にはできることとできないことがある。
私にそれは難しい。でも、一回拒絶されただけで諦めてしまうのは、アステール様にも申し訳がないと思うから。
「……勇気が出たら、また話し掛けてみるわ」
「それ、いつになるの?」
精一杯の答えだったのだが、ソラリス的には不合格だったようだ。
じとっと見つめられる。それに小さくなりながらも私は今の気持ちを正直に伝えた。
「わ、分からない……」
「駄目じゃない」
呆れたように息を吐かれたが、やっぱり今の私にはもう一度アステール様に話し掛けるというのは難しそうだと思った。
◇◇◇
「や……やっぱり避けられてる」
「そうねー」
アステール様に拒絶された日から三日が過ぎた。
あれからアステール様の方から私を訪ねてくることはぱったりとなくなり、完全に交流が途絶えてしまっていた。
そんなこと彼と出会ってから一度もなかったので、正直かなり精神にキているが、今の私にそれでもと彼に追いすがる気力はない。
「……やっぱり嫌われてしまったんだわ」
「そう思うならさっさと話してケリをつけなさいよ」
呆れた顔をされたが首を横に振る。拒絶されたのが一度だけなら、勇気を奮い起こせたかもしれない。だけどあからさまにアステール様は私と関わるのを止めたのだ。その行動を見た上で行動することなど私にはできなかった。
――こんなことになるのなら、話し掛けてもらえているうちにきちんと向き合うんだった。
後悔先に立たずという諺が頭の中をグルグルと回る。
ぺっこりとへこんだ心を抱え、項垂れていると、ソラリスが言った。
「ま、スピカの好きなようにすればいいと思うけど。あ、ねえ、今日、あなたの家に遊びに行っても良い?」
「え、いいけど」
彼女の言葉に頷く。
放課後に用事らしい用事はないし、アステール様とも会話すらできない状態だ。ソラリスが来てくれるというのなら、むしろ有り難い。
「ありがとう。やっぱり一回触れ合うとね、猫のあの可愛さが忘れられなくて……」
どうやらお目当てはリュカらしい。
苦笑しつつも了承する。ソラリスの猫好きは前回屋敷に来た時によく分かったし、リュカも懐いていた。私も友人といられるのは嬉しいから、彼女の提案は有り難いものでしかない。
そういうわけで、私は放課後ソラリスを連れて屋敷に戻った。
リュカはソラリスが来たのが嬉しいのか、キャッキャとはしゃいでいる。
「にゃっ、にゃっ(この前のお姉ちゃんだ!)」
嬉しそうに前足を上げ、ぴょんぴょんとジャンプするリュカが可愛い。ソラリスはそんなリュカを見て、分かりやすく眉を下げた。顔がデレデレである。
「あ~。リュカくん、可愛い~」
近づき、リュカの頭を愛しげに撫でる様子にほっこりする。リュカは尻尾をピンと立て、ご機嫌なご様子だ。
「みゃあ!(遊んで!)」
「……ソラリスと遊びたいみたい」
「私と? うわあ、もちろんOKだよ、リュカくん! さあ、今日は何をして遊ぼうか」
ニコニコしながらリュカに話し掛けるソラリス。彼女は近くにあった小さなボールを見つけると、それをぽーんと投げた。ボールは以前、ペットショップで購入したものだ。柔らかい生地でできていて、中に鈴が入っている。
「にゃっ!」
投げられたボールに反応したリュカが、それに合わせてジャンプする。掴むことこそできなかったが、少しボールが手に掠った。
「すごい、すごい!」
ソラリスがはしゃぎ、リュカを褒め称える。リュカはどこか自信満々な顔をしていて、褒められたのが分かるようだ」
「にゃ!」
「え? もう一回? ちょ、ちょっと待ってね」
あからさまに次を期待するリュカに、ソラリスが慌ててボールを取りに行く。そうして今度は私がいる方向にボールを投げた。
「にゃっ!」
ボールが放物線を描く。リュカが後ろ足で床を蹴り、獲物を狙ったが今度は掠ることもできなかった。ボールはそのまま私のいるところに落ちてくる。上手くキャッチすると、ソラリスが言った。
「へい、スピカ! パス!」
「……ふふ、いいわ」
ギリギリリュカが手を出せそうな高さにして、ソラリスにボールを投げ返す。私も付き合ってくれるのだと分かったのか、リュカの目が輝いた。
パタパタとジャンプする姿は、バレーボールのアタックをしているみたいに見える。
「可愛い」
「犬なら自分でボールを取りにいってくれるんだけどねー。猫にもそういう子はいるみたいだけど、リュカくんは違うみたい」
「へえ? 猫にも取ってこいができる子がいるの?」
「うん。意外と賢いから」
ボールを互いに投げ合いながら話をする。リュカはボールを捕まえられないのが悔しいのか、意地になっているようだ。
「あ、そうだわ。聞いてみたいことがあったのだけれど」
ボールを投げているうちに、ふと思い出したことがあった。話を振ってみると、ソラリスがボールを投げ返しながら首を傾げる。
「何?」
「少し前に聞いたの。あなたが、ティーダ先生と親しいって。で、先生って攻略キャラなのかなって思ったんだけど」
私の取り巻きたちが話していたことを思い出したのだ。ティーダ先生の名前を出すと、ソラリスは嫌そうに顔を歪めた。
「え……何それ。私、あいつとあまり喋らないようにしてるのに。どこから聞いたの?」