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第七章 知らされた事実


 あれから、数週間が過ぎた。

 カミーユが起こした事件は、すぐに両親にも知れ渡ることになった。

 使用人たちが両親に報告し、それを聞いた彼らも、さすがに笑ってはいられないとカミーユを呼び出した。

 両親がいくらカミーユを可愛がっているとは言っても、今回はやり過ぎだ。両親もリュカを可愛がってくれていたこともあり、珍しくカミーユは叱られていた。

 だが、カミーユは一向に反省の色を見せず、ムスッとしたままお叱りを受けたあとは、自室に籠もってしまった。

 私も何度か弟と話し合おうと部屋まで行ったが、声を掛けても無視をされるだけで、すごすごと退散するよりほかはなかった。


 ――話し合いたいのに。


 カミーユも悪かったと思うが、私も悪かった。

 だから機会を作ってきっちり話し合いたいのに、当の本人が出てきてくれないのでは話にならない。

 困ってしまった状況ではあるが、それ以外に特に問題はない。

 お医者様に診てもらったが、リュカの健康状態も良好で、彼自身、特にトラウマを抱えた形跡もなかった。

 使用人たちには、カミーユを部屋に近づけないようにと命じたが、そもそも弟は部屋から出てこない。そんな状況の中でも日々は過ぎていくので、私は毎日学園に通いながら、今日こそはカミーユと話し合えるかと期待しながら彼の部屋の扉を叩くのだった。

 今のところ全敗だけど。


「はあ……」


 昼休み、食堂で溜息を吐く。

 お昼ご飯のフルーツサンドは美味しかったが、弟のことを思えば溜息だって吐きたくも成る。

 結局、弟の悩みだって聞けていないのだ。それを放置したままなのも気になっていたし、このままでいいとは思っていない。

 だけど、天岩戸状態になっている弟をどうやったら引っ張り出せるのか、そしてどうしたら話し合いに持っていくことができるのか、その方法がさっぱりなのだ。

 円形の四人掛けのテーブル。私の正面に座っていた女生徒のひとりが、心配そうな声で言う。


「先ほどからスピカ様は溜息ばかり。何かお悩みごとでもあるのですか?」

「そういうわけではないのだけれど……」


 誰彼構わず悩みを打ち明けるつもりはない。曖昧に濁すと、話したくないと察してくれたのか、それ以上は聞かれなかった。こういうところは有り難い。

 左隣に座っている侯爵家の令嬢が「まあ」と華やいだ声を上げる。


「ノヴァ様とアステール様だわ」

「っ……!」


 つい彼女が見ているところを見てしまう。

 食堂の入り口、彼女が言った通りアステール様とノヴァ王子が立っていた。今から昼食にするようだ。

 彼らを見つけた女生徒が興奮しがちに言う。


「今年から入って来たノヴァ殿下って素敵ですよね。私たちにも気さくに話し掛けて下さって。第一王子であるアステール殿下との仲も良好と聞きますし、とてもお優しい方で憧れてしまいます……」

「スピカ様はノヴァ殿下とも親しいのですよね。羨ましいですわ」


 やはりノヴァ王子はその人懐っこい性格が皆に受けているようだ。

 まあそうだろうなと思っていたので驚きはしない。ぼんやりと彼らを見ていると、その後ろから金色の髪が見えた。


 ――あ。


 現れたのはやはりというかゲームヒロインである、ソラリス・フィネーだ。

 彼女はノヴァ王子と楽しげに話しており、気負うことなく彼らと一緒の席に座った。


 ――すごい。さすがはヒロインね。


 彼らとわざわざ一緒に行動するなど、私にはできない芸当だ。羨ましいとも思わないけど。

 感心していると、女生徒がまた口を開く。


「あの子、ソラリス・フィネー男爵令嬢。最近、ノヴァ殿下と仲が良いって聞くけど……」

「魔力量が多くて成績も優秀だって聞いたわ。ティーダ先生もお気に入りだって……」

「殿下方も目を掛けているみたい……最近、いつも一緒にいると思わない?」


 彼女たちの話を聞き、「ほほう」と思う。

 どうやらヒロインである彼女は、順調にゲームを進めているようだ。


 ――でも、ティーダ先生までなんて。


 グウェイン・ティーダ。

 彼は侯爵家の次男で、城の魔法師団に所属している二十代半ばの教師だ。

 副団長でとても優秀な人。彼はその忙しさからクラス担任を受け持ってはいないが、魔法の実習ではほぼ確実に姿を見せる。

 将来有望な人材を見つけて、魔法師団に推薦するのが彼の仕事なのだ。

 その容貌は非常に整っているが、ほとんど笑ったところを見たことがない。

 話す言葉は冷たく、厳しい。生徒に容赦なく能力以上の結果を求めるタイプだ。

 黒を好み、着ている服はいつもパリッとしている。黒縁の眼鏡がトレードマークだ。知的な印象が強く、実際魔法師団では軍師的な立ち位置にいるらしい。

 生徒に対しても敬語で話す彼は誰かを――特に女生徒を特別扱いするということから最も縁遠い先生だ。その彼がまさかヒロインを気に入っているなんて……と思ったところでピンときた。


 ――もしかしてティーダ先生も攻略対象者とか?


 あり得る。

 よくよく考えてみれば、眼鏡の敬語キャラというのは、いかにも攻略対象キャラっぽいではないか。(偏見)

 アステール様にノヴァ殿下。そしてティーダ先生。

 ヒロインがかかわる人物で攻略キャラの予想ができる。

 だけど――。


 ――攻略キャラを広げるのは止めてくれないかしら。アステール様が気の毒だわ。


 まだ個人ルートに入っていないだけかもしれないが、他の人たちと仲良くされると、もやもやとした気持ちになる。

 アステール様という人がいるのに、他の男に目を向けるなんて……とどうしても思ってしまうのだ。


 ――他のキャラの好感度を上げる必要はないわよね。だって、アステール様が一番素敵だって、そんなの誰が見ても明らかなのだもの。


 だが、私は文句を言える立場ではない。誰をどう攻略するかを決めるのはヒロインで、私ではないのだから。

 アステール様達の様子を確認する。

 彼らは笑顔で昼食を楽しんでいた。その中にまじるヒロインに違和感はなく、最初から彼らの中にいたと言われても納得できると思った。


 ――アステール様も楽しそうだわ。


 ヒロインとノヴァ王子と話しているアステール様は遠目から見ても、とても楽しそうだった。これからはきっとあの光景が当たり前になっていくのだろう。

 徐々にヒロインと距離が縮まり、それと同時に悪役令嬢である私とは疎遠になっていく。

 少し寂しいと思うが、それが正しい流れなのだから我慢するしかない。


 ああ、でも。


 ――そっか。じゃあもう、アステール様と一緒にリュカを可愛がったり、ペットショップに出掛けたりすることはなくなるのかも。


 前から覚悟していたことではあったが、実際に仲よさげにしているところを見たあとだと、妙に現実感がある。想像では「まあ、仕方ないか」と思えたのに、実際の彼らを見たあとだと、心臓が痛くて仕方ない。


 ――どうしてこんなに苦しいんだろう。


 いつも私の側にいてくれたアステール様。その彼が私を顧みなくなる日が近づいているのだと思うとゾッとする。


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