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◇◇◇
「リュカ……!」
「……なあ」
庭師に案内されたのは、庭の隅。罠に使ったキャリーケースがある場所だった。
中にリュカが好きなおやつを入れていたのだが、彼は見事にそれに引っかかったらしく、実に嬉しそうな顔で貪り食っていた。よほどお腹が減っていたのだろうが、その態度があまりにもいつものリュカでホッとする。
「良かった……」
リュカが餌皿から顔を上げる。その顔が、私を見て輝いた。
「なあ!(お母さん!)」
リュカから母親だと思われていたことを知り驚くも、それよりも無事見つかったことの方が大事だった。
リュカだ。間違いない。私の、リュカだ。
「よ、良かった……良かったわ……」
リュカの無事な姿を見て、全身から力が抜けた。その場に座り込んでしまう。
「大丈夫? スピカ」
「だ、大丈夫です。ホッとしたら力が抜けただけで……」
リュカを見つけてくれた庭師が笑顔で言う。
「おそらく腹が減って、匂いにつられて出てきたのでしょう。この辺りは背の低い草花が多く、隠れる場所がたくさんあるので、捜索した時に気づかなかったのだと思います。動物に本気で気配を消されたら、人間には感知できませんからね。仕方ありませんよ」
「何にせよ良かったわ……」
リュカが入り込んだキャリーケースの扉はきちんと閉められている。詳しく話を聞くと、リュカがキャリーケースに入ったところを偶然見つけた庭師の彼が、おやつに夢中になっているうちに扉を閉めてくれたらしい。
罠といっても、餌をとれば自動で閉まるようなちゃんとしたものではなかったので捕まえてくれたのは本当に助かった。
「ありがとう。本当にありがとう。リュカを見つけてくれて……」
庭師に頭を下げる。
一緒に探してくれていた他の皆にもリュカが見つかったことを告げ、感謝と各自の仕事に戻ってもらうようにお願いする。
私はキャリーケースを抱え、アステール様と一緒に自分の部屋へと戻った。
リュカはケースの中で飛び回っている。元気なのは嬉しいけれど、落としそうで怖いから、お願いだから静かにして欲しい。
「あ……カミーユ」
「……姉様」
部屋に入ると、驚いたことに中にはまだカミーユが残っていた。とっくに自室に戻っているものと思っていただけに吃驚した。
彼は私が抱えたキャリーケースに気づくと、顔を歪める。
「……なんだ。せっかく追い出したのに見つけちゃったのか」
「カミーユ……!」
謝罪するどころか、憎々しげに吐き捨てるカミーユに、さすがに黙ってはいられず声を荒らげた。
「カミーユ、なんてことを言うの……!」
「別に、僕の本音だし。あーあ、あのまま見つからなければ良かったのになんで連れて帰ってきちゃうかなあ」
嫌そうに言うカミーユの態度に心が痛む。
冗談ではなく本心からの言葉であることはその態度からも明白だ。
「馬鹿なことを言わないで。せっかく見つけたのに。……カミーユ。約束して。もう二度と馬鹿な真似はしないって」
今回の件。
もともと私の態度が原因だということは分かっている。だからリュカも見つかったことだし、ちゃんと反省してくれるのなら許そうと思った。
――私も悪かったんだし。
猫にかまけて弟を放置した。その自覚はある。だからカミーユさえ謝ってくれたら、私も自分の悪かったことを謝るし、今後は改善していくつもりであることを告げようと思っていた。
だが、カミーユはハッと鼻で笑う。
「嫌だよ。だって僕はそいつが嫌いなんだ。そいつのせいで姉様は僕のことを見てくれなくなったのに、どうして優しくしてやらないといけないの? 僕は悪くない!」
「カミーユ!」
「僕は絶対に謝らないから!!」
勢いよく言い捨て、弟は部屋を出て行った。しばらくしてバタンと扉が閉まる音がする。
自分の部屋に戻ったのだろう。
「……カミーユ」
弟が吐き捨てていった言葉がグルグルと私の中で回っている。
カミーユのしたことは、絶対に許せないことだった。
リュカを外に逃がす。
今回は運良く彼を見つけることができたから良かったようなものの、見つからなかった可能性だって十分にあったのだ。
恐ろしい。思い出しただけでも背筋が凍るような恐怖だった。
だけどカミーユは、私が弟を構わなくなったからリュカを捨てたのだと言った。
それはつまり、私がちゃんと弟を見ていれば今回の事件は起こらなかったということに他ならなくて。
「……私、姉失格ですね」
キャリーケースを抱えたままポツリと呟く。それまでずっと黙ったままだったアステール様が私の頭をそっと撫でた。
「失格なんて、そんなことあるわけがないよ」
「……だって、カミーユの言う通りなんです。あの子がしたことは絶対に許せることではないけれど、それをした理由を考えたら私……」
ポツポツとアステール様に昼間、カミーユとした喧嘩のことを説明する。
リュカにかかりきりになり、弟の話を聞かなかったことや、構って欲しいと言われていたのにリュカにかまけて弟を蔑ろにしてしまった話をすると、アステール様は複雑な顔をした。
「……そう、それで彼は」
「カミーユにとっての元凶であるリュカを外に逃がしたんです……」
そうすれば、きっと私が元に戻ると思って。
以前と同じように自分を構うようになってくれると信じて。
多分、カミーユの行動はそういうことなんだと思う。
「私、カミーユと約束したのに、全然守れていませんでした。そりゃあ、怒られますよね。カミーユのしたことは今も許せないけど……でも私、その理由を知ってしまったから何も言えません……!」
リュカを逃がしたのは、カミーユの心の叫びだったのだ。
自分を見て欲しいと言う、弟の精一杯のアピール。
リュカを拾ってから今までいくらでも時間はあった。カミーユと話す機会だって作ろうと思えばいくらでも作れたはずなのだ。
それなのに私はそれを怠った。リュカにばかりかまけ、そうしてカミーユを怒らせた。
「もう、カミーユには姉だなんて思ってもらえないかもしれません。もしかしたら、ううん……絶対に嫌われただろうなって思います」
出て行く直前のカミーユの顔が忘れられない。彼は酷く傷ついた表情をしていた。
姉に裏切られたと思ったのだろう。
……そう思われても仕方ない。
ありがとうございました。
本日、猫モフ発売日です。電子書籍版も同時発売しておりますので、書き下ろしなどお楽しみいただけましたら幸いです。
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