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3


 弟に言われ、ぽかんとする。

 カミーユのしていた話……。

 少し考え、頷く。

 先ほど弟とした話はちゃんと覚えていた。新しい家庭教師のことを相談したいと。そのためにわざわざ私を訪ねてきたのだと。

 だから私はリュカを撫でつつ肯定した。


「え、ええ、もちろん。新しい先生のことについて相談があるってことだったわよね。ちゃんと聞いているわよ」


 続き、聞かせてくれる? と微笑む。

 姉として、弟の悩みに付き合うのは当然だ。

 だが、弟は信じられないという顔で私を見ている。

 どうしてそんな顔をされるのかと思っていると弟が言った。


「ちゃんと聞いてる? それ、本気で言ってるの? 姉様」

「え、ええ。何かおかしい?」


 弟の態度が気になりながらも答える。弟は目を見張り、無言で立ち上がった。


「カミーユ? ど、どうしたの?」

「……もういいよ」


 冷たく告げられた声に驚き目を見開く。弟は私から顔を背けた。


「僕、もう話はしたよ。……姉様はその猫に夢中で僕の話なんて聞いてなかったみたいだけどね」

「え」


 カミーユの言った言葉の意味を理解し、時が止まった。


 ――もう、話をした? いつ?


 本気で分からない私に、カミーユは苦く口元を歪める。


「ほら、やっぱり思った通りになった。僕のことを蔑ろにしないなんて嘘ばっかりだ。その猫が来てから、姉様はそいつにかかりきりで、僕のことなんて気にも留めない。今だって僕が話しているのに、全く聞いてくれていないしさ。ま、想像通りだったから今更幻滅しようもないんだけど」

「カミーユ、そ、その……ごめんなさい」


 弟に指摘されたことはそのとおり過ぎて、返す言葉もなかった。

 確かに私はリュカが自分から膝の上に乗ってくれたことが嬉しくて、そちらに気を取られてしまった。カミーユが話をしていることにも気づいていなかった。


「私が悪かったわ。本当にごめんなさい。反省してる」


 確かに愛猫も大切だが、弟のことだって愛しているし大切に思っている。

 それを信じて欲しくて謝ったが、カミーユの表情は冷ややかなものだった。


「……もういいよ。姉様の謝罪には何の価値もないって分かったから。だって、そんな話をしながらも、その猫を膝の上から追い払いさえしていないじゃないか。姉様が何を大切に思っているのかなんて、今の姉様の態度を見れば一目瞭然だよ」

「ち、ちが……!」


 カミーユがソファから立ち上がる。私は慌てて弟を引き留めた。リュカが私の膝から飛び降りる。それを確認し、私も立ち上がった。


「カミーユ! 待って! 私が悪かったから。お願いだから話し合いましょう!」

「姉様」


 部屋から出ていこうとしたカミーユが振り返る。ちょうどそのタイミングでリュカが「なーん!」と一際大きな声で鳴いた。

 自分に目を向けてくれないのが嫌だったのだろう。まるで存在を強調するかのように大きな声で何度も鳴く。


「なーん! なーん!(僕を! 無視しないで!)」

「あ……」


 ただの鳴き声なら無視できただろう。だが、リュカの心の声まで聞こえてきては、放っておくこともできなかった。

 だってリュカは『無視しないで』と鳴いている。


「リュ、リュカ。大丈夫。あなたのことを無視なんてしていないから。だからお願い、ちょっとだけ我慢してちょうだい……」

「にゃー!」


 嫌だといわんばかりにリュカが鳴く。どうすればいいのだろうと途方に暮れていると、弟がはあっと溜息を吐いた。


「……ほら、やっぱり姉様は僕よりもその猫の方が好きなんだ」

「ち、ちが!」

「何が違うのさ。今だって結局、そいつのことばかり気に掛けているくせに。……姉様の嘘つき。もう姉様なんて知らない」

「カミーユ!」


 言い捨て、弟が足早に部屋を出て行く。

 バン、と大きな音を立てて扉が閉まった。その音が、弟の深い怒りを伝えているかのようで、私は涙が出そうになった。

 追いかけなければと思うのに、足が動かない。

 私が今弟にしたことは、カミーユの言った通りで、申し開きのしようもないからだ。

 なんと弁明しても、きっと許されない。それが分かっていた。


「ど、どうしよう……」


 誰がどう見ても、百%私が悪い。

 私は自分の弟を無視し、愛猫にばかりかまけてしまった。大事な話があると言われたのに猫のことばかりで弟の話を聞いてもいなかった。その結果がこれなのだ。

 弟が怒るのも当然。


「謝らないと……」


 何はともあれ、謝罪しなければ始まらない。

 悪いと思っていること。反省していること。そして二度と、今回のようなことはしないと、弟のことを愛していると伝えなければならない。

 私の足に、リュカが楽しげに纏わり付く。


「なー」


 知らない人が出て行ってホッとしたのか、甘えた声で擦り寄ってくる。


「リュカ……」


 リュカは何も悪くない。

 悪いのは私なのだ。

 私は気を取り直し、善は急げとばかりに弟を追いかけるべく部屋を出た。


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