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◇◇◇


 それから一週間ほど経って――約束通り、私とアステール様はシリウス先輩の屋敷を訪れた。

 シリウス先輩の屋敷は、私の屋敷とほど近い場所にある。

 どちらも同じ公爵家。高位貴族であるほど、城の近くに屋敷を構えるのは当たり前なので、それについては驚きはしなかった。

 意外と近かったんだ、という感想くらい。

 ただ、シリウス先輩の屋敷は建て替えたばかりなのか新しく、とても綺麗だった。

 最新の建築技法を用いて建てられた屋敷は洗練されており、古くて威厳だけはたっぷりあるうちの屋敷とは雰囲気がずいぶんと違う。


「綺麗なお屋敷……」


 馬車から降り、屋敷を見上げた私は思わず感嘆の吐息を漏らした。

 うちの屋敷が嫌いというわけではないが、最先端のものに興味が出てしまうのは仕方ない。アステール様も珍しいのか、楽しげな表情をしていた。


「こっちだ」


 シリウス先輩の先導で屋敷に入る。

 今日は、学園はお休みの日。なので私たちは制服を着てはいなかった。私は訪問着として相応しいドレスを。アステール様も王子らしい華やかな服装をしている。

 シリウス先輩もタイをきちんと結び、ジュストコールを着ていた。髪も丁寧に後ろになでつけられていて、いつもよりも男前が二段階ほど上がっていた。


「わあ……」


 連れて来られた部屋は一階にある大部屋だった。元は応接室だったのか、それらしき見事な家具が置いてあるがどれも……見るも無惨だ。

 だが、それも当たり前。目の前では、シリウス先輩が飼っているという四匹の猫たちが好き放題していた。

 彼らは最高級ソファの背で爪とぎをし、新品だった床を掻きむしり、美しい文様の絨毯の中に潜り、裏地を食んでいる。

 どうやら壁も爪とぎの被害にあったようで、色々と……酷かった。

 まさにやりたい放題という言葉がぴったりの様相に、私とアステール様は声もなかった。


「ああ! ユリウス! 駄目だ、どうしてそこで爪を研ぐ!」


 ソファで爪とぎをしていた子を、シリウス先輩が抱き上げる。ユリウスと呼ばれた黒猫は「なーお」と上機嫌で鳴いた。

 やってやったぜというドヤ顔が可愛い。


「ああ、もう、なーおじゃない。すまない。こいつがユリウス。うちの三番目だ。三年前に拾った雄猫で、一番ヤンチャな性格をしている」

「こ、こんにちは」


 紹介された通り、ユリウスは元気いっぱいの猫だった。黒い身体は細身で足が長い。毛皮は艶々で、毎日ブラッシングをしてもらっているのが一目で分かる。


「綺麗な猫……」


 恐る恐る手を伸ばしてみると……見事に威嚇された。


「シャー!!」

「きゃっ」


 リュカとは比べものにならないくらい、ちゃんとした『シャー』だった。

 黄色い目は三角になっているし、あからさまに警戒してくる。

 リュカとは全く違う行動に、猫それぞれ個性があるのだなと改めて思った。

 シリウス先輩がユリウスを肩に乗せ、ポンポンと頭を軽く撫でる。


「ユリウス、落ち着け。大丈夫、大丈夫だ。……ああ、そうだ。そこのカーテンの隅で隠れているのは『ファー』だ。びびりで、よく『ファー』と鳴くからそう名付けた。うちの唯一の雌で末っ子だ」


 シリウス先輩の視線を追うと、確かにカーテン裏には小柄な白猫が一匹蹲っていた。こちらを警戒しているようだが、怒っているというよりビビっているというのが正しい有様だ。少し震えている。


「そこの絨毯の上で寛いでいるもう一匹の黒猫が長男のコビット。キャットタワーの天辺で偉そうにしているのは、茶トラのザジーだ」


 次々と紹介される猫たち。私は特徴と名前を頭に叩き込んだ。ユリウスとコビットは同じ黒猫だからか見分けが付きにくい。いや、よくみるとコビットの目は緑なので、見分ける時は目を見ればいいのかもしれない。


「すごい空間ですね。ここ、応接室のように見えるんですけど」

「前はな。今は別の部屋に変えた。こいつらがあまりにもこの部屋ばかりに居着くから、変えたんだ。新品のカーテンもあっという間にボロボロになってしまってな……」

「そ、そうなんですね……」

「何が気に入ったのかは知らないが、登るんだ……」

「登る……」

「重さでカーテンが千切れて、大変なことになった」

「……」


 それは嫌だ。

 今のところリュカは、ソファで爪とぎをするくらいの悪戯しかしないが、そのうち彼ももっと色々なことをしでかすのだろうか。

 猫のすることだから仕方ないけれど、シリウス先輩から話を聞き、改めて色々覚悟せなばならないなと腹を括った。

 噂のカーテンに目を向ける。すっかりボロボロになった姿が涙を誘った。

 

「……カーテン、かえないんですか?」


 余計なお世話だと分かってはいたが、つい聞いてしまった。ボロボロのままというのはさすがにどうかと思ったからだ。


「かえても無駄だ。すぐに同じようになる。それにここは猫部屋にしたからもういいんだ。この部屋は南向きで、太陽の光を浴びやすい。日光浴をしたくて猫が集まってきやすい」

「な、なるほど……」


 猫たちが大集合している理由を聞きとても納得した。

 何とはなしに、アステール様を見る。

 彼もとても驚いている様子で自由にしている猫たちを見ていた。


「……すごいね」

「はい、吃驚しました」


 部屋の中は見事にグチャグチャだ。だがシリウス先輩はしょうがないという感じで、特別気にしている様子はなかった。

 達観しているというか……猫のすることだからと諦めているのだろう。

 その姿勢、私も見習っていきたい。


「ここはもう、猫部屋にすると決めたからな。他の部屋を汚されないのならその方が管理しやすい。うちの屋敷で一番良い部屋なんだが……こいつらが気に入っているのなら……仕方ないだろう」


 シリウス先輩の口から出る、猫第一主義の言葉に、微笑ましい気持ちになる。

 普段からシリウス先輩はリュカについての相談をよく乗ってくれて良い人だなと思っていたけれど、こうして彼の飼っている猫たちに対する態度を見てみると、なんだか色々と納得できたのだ。

 猫たちは皆、自由に、各自のんびりと寛いでいる。その光景はとても平和で、見ているこちらの気が抜けるような有様だった。


「こいつらの紹介をしたかったからこちらに通したが、話すのに適した場所ではないからな。隣の部屋に移動しても構わないか?」


 シリウス先輩にそう言われ、頷く。

 私としては別にこの部屋でも良かったのだが、アステール様も一緒にいると考えれば、それは難しいのだろう。

 次期国王を猫の爪でボロボロになったソファには座らせられない。当然のことだ。


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