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「とび三毛、になるのかしら?」

「とび三毛? なんだい、それは」


 隣で私が猫を洗うのを物珍しげに観察していたアステール様が尋ねてきた。メイドから渡されたバスタオルで猫を包む。


「三毛猫の一種です。白、黒、茶色の三色の毛があるのが三毛猫。とび三毛の柄は白い毛が殆どで、ところどころに黒と茶色の毛があるのが特徴なんです」

「へえ、確かに。黒と茶色と白の綺麗な三色だね。とび三毛というのか。覚えておこう」

「……うろ覚えの知識ですので、真に受けない方がいいかと思いますけど」


 一応釘を刺しておいた。

 何せ私の知識は、前世のもの。更に言うのなら、異世界のものだ。

 こちらの世界で、『とび三毛』といっても理解されない確率の方が高いだろう。

 バスタオルの中で、子猫がブルブルと震えていた。怖かったのだろう。これ以上恐怖を与えるわけにはいかないと思った私は、猫をあやしながら目を閉じ、精霊語で命じた。


『風の精霊、ルシエル。お願い、この子を乾かしてあげて』


 魔力を込め、自分が契約している風の精霊に呼びかける。

 この世界では当たり前のように魔法が使われるのだが、特に精霊を使役する魔法が発達している。皆、精霊と契約し、『お願い』という形で魔力を提供して、願いを叶えてもらうのだ。

 もちろん契約している精霊の種類によって、できることは変わってくる。使う魔力の量もだ。

 幸いなことに私は魔力量も豊富で、困ったことはないけれど。

 私はいわゆるチートというやつで、普通は炎や風といった、二、三種類の精霊と契約できれば御の字というところを、今いるほとんどの精霊と契約することができている。

 それは私の隣にいるアステール様も同じなのだけれど、そういう人間が希有であることは確かで、当時私は「これが私のチートか……異世界転生のお約束、チートはあるんだ」と納得していた。

 今となれば『悪役令嬢だから』の一言に尽きるのだが、(悪役令嬢は高スペックだと決まっている)まあ、言っても仕方のないことだし、たくさんの精霊と契約できることはステータスになる。ありがたいので、今後も与えられた力と思い、臆せず使っていこうと思う。

 私の呼び声に応え、女性の形をした風の精霊が現れ、子猫に向かって息を吹きかける。子猫の身体はあっという間に乾き、役目を終えた風の精霊は姿を消した。


「ふにゃ~ん」


 身体が乾いたことに驚いたのか、開いている方の目が、まん丸になっている。

 震えは止まっており、恐怖はなくなったようだ。良かった。


「みゃあ?」


 クリクリとした目が私を見上げてくる。目の色は綺麗な緑色だ。

さて、次はどうしよう。医者か、それとも先にごはんか。考えていると、アステール様が言った。


「先に医者に診せた方がいいんじゃないかな。健康状態を調べておかないと。片目が開いていないのも気になるところだし」

「そうですね。この子がどんな餌を食べられるのかも分かりませんし」


 抱き上げた感じ、一キロくらいはありそうなのだが、それは私の感覚でしかない。

 先に医者に診せて、どれくらいの月齢なのか調べてもらった方がいいだろう。

 月齢に応じて、食べ物も変えないといけないし。

 だけど――。


「うちの侍医に頼んでもいいものかしら」


 いや、駄目だろう。

 ここは獣医に頼むべきだ。この世界でも犬や猫を飼っている家は多いし、獣医という職業が存在するのも知っている。だけど、一言で獣医と言っても、どこの誰を頼ればいいのか分からない。


「いつも馬を診てくださる先生はどうでしょう?」


 コメットが控えめにではあるが、案を出してくれた。

 少し考え、頷く。


 ――アリだ。


 猫と馬では全然違うが、人間専門の医者よりはいいだろう。

 アステール様も同意した。


「いいと思う。専門ではないだろうが、基本的なところくらいは診てくださるだろう」

「そうですね。コメット。シャリオ先生を呼んでちょうだい。たしか今日は往診の日よね? まだいらっしゃるといいんだけど」


 シャリオ先生は、我が家の馬を診てくれる七十歳過ぎのおじいちゃん先生だ。

 週に一度、馬の様子を見に来てくれている。運良く今日はその往診日だということを思い出した。


「いらっしゃると思います。呼んで参ります」

「お願いね」


 コメットは頷き、すぐに部屋を出て行った。身体の汚れが取れた子猫は、キョロキョロと周りを見回している。物珍しいのだろう。だけど今離すと、捕まえられなくなってしまいそうだ。こんな状態で外に逃げられてしまっても困る。


「……一時的にだけど、ケージを用意した方がいいのかもしれないわ」


 公爵家令嬢ということもあり、私の部屋はかなり広い。今いる主室の他に寝室もあるし、小さな子猫が潜り込みそうなところはいくらでもある。


「お嬢様。私が庭師に相談してまいります。何か、ケージになるようなものがあるかもしれませんし」

「そうね、お願い」


 部屋に残っていた使用人たちのうちの一人が提案してくれたので、それに頷く。

 皆、協力的でありがたい。子猫はお腹が減ったのか、「みーみー」と切なげな声で鳴き始めた。

 とても可哀想で心が痛む。だけど、何を食べさせていいのか分からない状態で、適当なことはできないのだ。


「ごめんね。ちょっと待ってね。もう少し。先生にどんなものなら食べさせていいのか聞いてから……! あ、でも、水なら大丈夫よね。誰か、お水を持ってきてちょうだい」


 更に使用人が一人、部屋を出て行く。子猫に興味があるのか、まだ数名、メイドたちが残っていた。


「みあーん……! みあーん」


 バスタオルの中をもぞもぞと動く子猫は非常に可愛らしかったが、空腹が激しいのか、鳴き方が悲壮なものになってきた。私の腕の中から逃げ出そうと頑張っている。


「駄目、逃げないで」

「みー!」

「……くっ。可愛い」


 こちらを怒るような声が、死ぬほど可愛かった。可愛すぎて力が抜けそうになる。


「おやおや、ずいぶんと可愛らしい子を拾いになりなさったな」

「先生!」


 早く早くと焦れていると、声が聞こえた。顔を上げる。どうやらコメットは無事シャリオ先生を連れてきてくれたようだ。

 総白髪のシャリオ先生は白衣を着て、ニコニコと笑っている。仕事道具が入った大きな鞄を持っていた。





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一迅社ノベルス様より『悪役令嬢らしいですが、私は猫をモフります3』が2022/8/1に発売しました。電子書籍版も発売中。よろしくお願いいたします。
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