2
「とび三毛、になるのかしら?」
「とび三毛? なんだい、それは」
隣で私が猫を洗うのを物珍しげに観察していたアステール様が尋ねてきた。メイドから渡されたバスタオルで猫を包む。
「三毛猫の一種です。白、黒、茶色の三色の毛があるのが三毛猫。とび三毛の柄は白い毛が殆どで、ところどころに黒と茶色の毛があるのが特徴なんです」
「へえ、確かに。黒と茶色と白の綺麗な三色だね。とび三毛というのか。覚えておこう」
「……うろ覚えの知識ですので、真に受けない方がいいかと思いますけど」
一応釘を刺しておいた。
何せ私の知識は、前世のもの。更に言うのなら、異世界のものだ。
こちらの世界で、『とび三毛』といっても理解されない確率の方が高いだろう。
バスタオルの中で、子猫がブルブルと震えていた。怖かったのだろう。これ以上恐怖を与えるわけにはいかないと思った私は、猫をあやしながら目を閉じ、精霊語で命じた。
『風の精霊、ルシエル。お願い、この子を乾かしてあげて』
魔力を込め、自分が契約している風の精霊に呼びかける。
この世界では当たり前のように魔法が使われるのだが、特に精霊を使役する魔法が発達している。皆、精霊と契約し、『お願い』という形で魔力を提供して、願いを叶えてもらうのだ。
もちろん契約している精霊の種類によって、できることは変わってくる。使う魔力の量もだ。
幸いなことに私は魔力量も豊富で、困ったことはないけれど。
私はいわゆるチートというやつで、普通は炎や風といった、二、三種類の精霊と契約できれば御の字というところを、今いるほとんどの精霊と契約することができている。
それは私の隣にいるアステール様も同じなのだけれど、そういう人間が希有であることは確かで、当時私は「これが私のチートか……異世界転生のお約束、チートはあるんだ」と納得していた。
今となれば『悪役令嬢だから』の一言に尽きるのだが、(悪役令嬢は高スペックだと決まっている)まあ、言っても仕方のないことだし、たくさんの精霊と契約できることはステータスになる。ありがたいので、今後も与えられた力と思い、臆せず使っていこうと思う。
私の呼び声に応え、女性の形をした風の精霊が現れ、子猫に向かって息を吹きかける。子猫の身体はあっという間に乾き、役目を終えた風の精霊は姿を消した。
「ふにゃ~ん」
身体が乾いたことに驚いたのか、開いている方の目が、まん丸になっている。
震えは止まっており、恐怖はなくなったようだ。良かった。
「みゃあ?」
クリクリとした目が私を見上げてくる。目の色は綺麗な緑色だ。
さて、次はどうしよう。医者か、それとも先にごはんか。考えていると、アステール様が言った。
「先に医者に診せた方がいいんじゃないかな。健康状態を調べておかないと。片目が開いていないのも気になるところだし」
「そうですね。この子がどんな餌を食べられるのかも分かりませんし」
抱き上げた感じ、一キロくらいはありそうなのだが、それは私の感覚でしかない。
先に医者に診せて、どれくらいの月齢なのか調べてもらった方がいいだろう。
月齢に応じて、食べ物も変えないといけないし。
だけど――。
「うちの侍医に頼んでもいいものかしら」
いや、駄目だろう。
ここは獣医に頼むべきだ。この世界でも犬や猫を飼っている家は多いし、獣医という職業が存在するのも知っている。だけど、一言で獣医と言っても、どこの誰を頼ればいいのか分からない。
「いつも馬を診てくださる先生はどうでしょう?」
コメットが控えめにではあるが、案を出してくれた。
少し考え、頷く。
――アリだ。
猫と馬では全然違うが、人間専門の医者よりはいいだろう。
アステール様も同意した。
「いいと思う。専門ではないだろうが、基本的なところくらいは診てくださるだろう」
「そうですね。コメット。シャリオ先生を呼んでちょうだい。たしか今日は往診の日よね? まだいらっしゃるといいんだけど」
シャリオ先生は、我が家の馬を診てくれる七十歳過ぎのおじいちゃん先生だ。
週に一度、馬の様子を見に来てくれている。運良く今日はその往診日だということを思い出した。
「いらっしゃると思います。呼んで参ります」
「お願いね」
コメットは頷き、すぐに部屋を出て行った。身体の汚れが取れた子猫は、キョロキョロと周りを見回している。物珍しいのだろう。だけど今離すと、捕まえられなくなってしまいそうだ。こんな状態で外に逃げられてしまっても困る。
「……一時的にだけど、ケージを用意した方がいいのかもしれないわ」
公爵家令嬢ということもあり、私の部屋はかなり広い。今いる主室の他に寝室もあるし、小さな子猫が潜り込みそうなところはいくらでもある。
「お嬢様。私が庭師に相談してまいります。何か、ケージになるようなものがあるかもしれませんし」
「そうね、お願い」
部屋に残っていた使用人たちのうちの一人が提案してくれたので、それに頷く。
皆、協力的でありがたい。子猫はお腹が減ったのか、「みーみー」と切なげな声で鳴き始めた。
とても可哀想で心が痛む。だけど、何を食べさせていいのか分からない状態で、適当なことはできないのだ。
「ごめんね。ちょっと待ってね。もう少し。先生にどんなものなら食べさせていいのか聞いてから……! あ、でも、水なら大丈夫よね。誰か、お水を持ってきてちょうだい」
更に使用人が一人、部屋を出て行く。子猫に興味があるのか、まだ数名、メイドたちが残っていた。
「みあーん……! みあーん」
バスタオルの中をもぞもぞと動く子猫は非常に可愛らしかったが、空腹が激しいのか、鳴き方が悲壮なものになってきた。私の腕の中から逃げ出そうと頑張っている。
「駄目、逃げないで」
「みー!」
「……くっ。可愛い」
こちらを怒るような声が、死ぬほど可愛かった。可愛すぎて力が抜けそうになる。
「おやおや、ずいぶんと可愛らしい子を拾いになりなさったな」
「先生!」
早く早くと焦れていると、声が聞こえた。顔を上げる。どうやらコメットは無事シャリオ先生を連れてきてくれたようだ。
総白髪のシャリオ先生は白衣を着て、ニコニコと笑っている。仕事道具が入った大きな鞄を持っていた。