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 アステール様がシリウス先輩との付き合いを許してくれたことが嬉しかった。

 喜びのあまり涙が出てくる。何度も礼を言うと、「もういい」と止められた。


「……さっきは、私も大人げなかったよ。まさかシリウスが君の屋敷に来ているなんて思わなくて、頭に血が上ったんだ。格好悪いな。君たちがただの友人同士だって分かっているのに嫉妬してしまったんだ」

「嫉妬……」


 アステール様の口からはっきりと嫉妬という言葉が出てきて、私は目を見開いた。

 それ以上何も言えない私に、アステール様は切なげな目を向けてくる。


「ごめん。来たばかりだけど、私も今日はもう帰るよ。これ以上格好悪いところを君に見せたくない。気持ちを落ち着かせないと。……君の前ではずっと格好良くいたかったんだけど、なかなか難しいな」

「あ……」


 何か言わなければ。そう思うのに、何も言えない。

 アステール様は少し屈むと私の頬にキスをした。


「ねえ、明日はいつも通り、君を迎えに行っても構わない?」

「は、はい」


 反射的に返事をする。それを聞き、アステール様はホッとしたように微笑んだ。


「良かった。――今日はリュカを構ってあげられなくてごめん」

「あ、リュカと言えば。シリウス先輩にはリュカの言葉が聞こえていなかったようです」


 これだけは伝えておかなければと思い小声で告げると、アステール様は少し目を見張った。


「そう。シリウスにも聞こえなかったんだ」

「はい。今のところ本当に私たちだけみたいです」

「……そっか。分かった。じゃあ、今後もこのことは二人の秘密にしておこう。良いね?」

「……はい」


 耳元で囁かれた。息が掛かり、ぞわぞわする。私は真っ赤になりながらもコクリと頷いた。アステール様は微笑み、「じゃあまた明日」と軽く手を振って部屋を出て行く。その後ろ姿を私はじっと見つめていた。


 ――アステール様が私を好き。


 彼の態度には確かに分かりやすく私に対する好意が滲み出ていて、今まで全く気づかなかった自分が恥ずかしかった。


「お嬢様」


 アステール様が去ったあと、今までのやりとり全てを見ていたコメットがこちらにやってきた。気遣わしげに声を掛けてくる。


「激ニブのお嬢様にもアステール様のお気持ちは理解できましたか?」

「……ええ」

「殿下はお嬢様のことを愛しておられますよ」

「…………そうね」


 少し遅れはしたが返事をする。気づかない振りはできないと分かっていた。

 私の言葉を聞いたコメットはやれやれという顔をした。


「分かって頂けたようでなによりです。せっかく気づけたのですから、お嬢様もそういうつもりで、殿下に向き合って差し上げれば如何ですか? 良いじゃないですか、恋愛結婚。穏やかな政略結婚も悪くないとは思いますが、より幸せになれるのは間違いないと思いますよ?」

「そ、それは……そうかも……だけど」


 恋愛結婚という言葉にドキリとした。心臓が大きく跳ねる。コメットが続けて言った。


「お嬢様は元々殿下に好感を抱いておられるのですし、難しくないと思いますけどね。好かれて、嫌だとは思われないんでしょう?」

「もちろんよ……!」


 アステール様に好かれて嬉しくないはずがない。

 彼は私を好いてくれている。本気で愛して、妻に娶ろうとしてくれているのだ。

 それを有り難いと、嬉しいと思う。可能なら、応えたいとも思う。

 だけど――。


 私の気持ちは恋にはならない。


 違う。恋にしてはいけないのだ。

 それは何故か。


 ――あの人は、私のものにはならないから。


 結局はそういうことだ。

 忘れてはいけない。

 今は私に恋をしてくれていたとしても、彼はそのうち、その気持ちを別の女性へと向けるのだ。ゲームヒロインに。そして私と別れ、彼女と結婚する。

 それを薄情だとは思わない。だってそれが正しいルートなのだから。

 別の攻略対象者とヒロインがくっつく可能性はゼロではない。だけど、ヒロインは私を目の敵にしているように見えた。初対面の時の台詞からしてもそれは明らかだと思う。

 ならば、きっと彼女の目的はアステール様だ。

 彼女はアステール様を選んでいるのだ。


 だから、彼に恋はしない。

 勝てない恋はしたくない。

 臆病だと笑われても良い。だって私は傷つきたくないのだ。

 恋にならなければ、きっと傷つかず、笑顔で身を退くことができる。そう信じているし、その未来を私は目指しているのだから。


 だから、彼が私を好きだと言ってくれても、本当の意味で私が応えられる日が来ることはないのだ。



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