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◇◇◇


 アステール様とシリウス先輩が帰っていたのは、猫吸いを始めて、五分ほどが経ったくらいだった。

 私がリュカのお腹に顔を埋めているのを見て、アステール様がギョッとしたような顔をする。


「スピカ? 何をしているの?」

「何をって……猫吸いですけど」

「猫吸い??」


 なんだそれ、とアステール様の目が言っている。彼の視線は自然と隣にいるシリウス先輩に向いた。

 視線に気づいたシリウス先輩が面倒そうに口を開く。


「……猫好きがよくする行動のひとつです。愛猫の匂いを吸うと落ち着くんですよ」

「……シリウス。まさかお前もしているのか?」

「……」


 さっと視線を逸らすシリウス先輩。答えはしなかったがその動きこそが答えになっている。

 アステール様は驚愕した顔でシリウス先輩を見つめ、「そうなのか……」と衝撃の事実を聞いたかのような顔をした。


「リュカ、ありがとう」


 ずっと抱きかかえていたリュカを下ろす。私が匂いを吸っている間、意外なほど大人しくしてくれたリュカは、もう良いのかという顔でトコトコと歩いて行った。それを見送り、アステール様に話し掛ける。


「アステール様。その、申し訳ありませんでした。私が考えなしだったせいで、ご不快な思いをさせてしまいました。シリウス先輩。先輩にもご迷惑をおかけしましたわ。ただ、友人に遊びに来てもらいたかっただけなのですけど、確かに私が浅はかでした」


 二人に向かって頭を下げる。

 先ほどのコメットの話を聞いたあとでは、どうしてアステール様が怒るのか分からないなどとは口が裂けても言えなかった。

 もちろん、真偽を確かめる必要はあると思っているけれど、コメットが言った通りなら、ここのところ謎だったアステール様の言動の説明が全てついてしまうのだ。

 だから、その可能性も考える必要はあると思っていた。

 頭を下げる私に、アステール様が言う。


「分かってくれたのならもういいよ。シリウスとは今、話をしてきたしね。でもスピカ。君はもう少し、私の気持ちを考えて行動して欲しいな。私は君のことが好きなんだよ。どんな理由だとしても、男を連れてきたことを私が嫌だって思うのは想像できなかったかな?」

「っ……。ごめんなさい」


『好き』という言葉に分かりやすく反応してしまう。

 今までなら簡単に受け流せたはずの単語が、急に重みを増したように感じた。

 私のことを『好き』だから、『男』であるシリウス先輩といるのが嫌だと思う。

 それはとても分かりやすくて、どうして今まで気づけなかったのだろうと思うくらいだった。

 でも、ということはつまり――。


 ――アステール様は本当に、私のことが好き?


 そういうことになる。

 コメットに先ほど言われた言葉がじわじわと現実味を帯びてくる。どうしてだろう。泣きたいような気持ちになってきた。


「スピカ?」

「い、いえ、なんでも。はい、アステール様。私が悪かったです」


 突然突きつけられた真実について行けない。眩暈がしそうな中、私は曖昧な笑みを浮かべた。

 アステール様がじっと私を見つめてくる。その瞳には私を心配する気持ちが滲み出ていて、それも私を思う故なのだと思うと、たまらない気持ちになった。


 ――恥ずかしい。


 今までにも何度か、アステール様にときめいたことはあった。

 格好良い人だとはずっと思っていたし、優しくしてもらっている自覚だってあった。

 だけどその気持ちが本当の意味で私の方を向いていると知り、どうしようもなく恥ずかしくなってしまったのだ。

 自分がどんな態度をとればいいのかさっぱりわからない。

 今まで通りにすればいいと思っても、どうやっていたのか思い出すことすらできなくて、自分が情けなくて仕方なかった。


「……」


 黙りこくってしまった私をアステール様が見つめてくる。その視線を受け止めきれず、逸らしてしまった。俯くと、アステール様がポンと私の頭の上に手を乗せる。


「もういいって言ったよ。怒っていない。怖かったよね、ごめん」

「そんな! アステール様は悪くありません」


 悪いのは彼の気持ちに全く気づくことのできなかった私だ。

 気づかず、傷つけるようなことをしてしまった。私が悪いのだ。

 一度気づいてしまえば、どうして今まで分からなかったのだろうと思うくらいには、彼が私に向けてくれたいくつもの優しさに気づくことができ、胸が苦しくなってくる。


 ――ああ、私はこんなにアステール様に思われている。


 じんとした喜びが広がる。

 私たちを見ていたシリウス先輩が、大仰に息を吐いた。


「馬鹿らしい。おい、オレは帰るぞ。殿下が来られたのならオレがいても邪魔だろう」

「じゃ、邪魔だなんてそんな……!」


 そんなこと思うはずがない。

 だけどこれだけ迷惑をかけたのだ。せっかくできた友人を無くしてしまうことになるのかと青ざめていると、シリウス先輩は面倒そうな口調ではあるものの、はっきりと言ってくれた。


「そんな泣きそうな顔をするな。また明日、昼休みに待ってる。……友達なんだろう?」

「っ! はいっ!」

「……ふん。子猫の話は聞きたいからな」


 少し赤くなった顔を隠すようにして、シリウス先輩は出て行った。

 明日もシリウス先輩と会える。また、猫の話をすることができるのだ。

 友人を失わなくて済んだ喜びに打ち震えていると、アステール様も言った。


「君がそんなに喜んでいるんじゃ、行くなとも言えないからね。まあ、いいよ。彼とは話せてある程度は納得できたから、目を瞑ることにする」

「ありがとうございます……嬉しいです」





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