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「あ……毛が」

「だから、気になるようなら最初から来ていないって。スピカは気にしすぎなんだよ」

「はい……」


 呆れたように言われ、さすがにそれはそうかもと項垂れた。

 駄目だ。相手が王太子殿下と思うと、何をしても無礼なのではないかという考えが出てきてしまう。


 ――そう、そうよ。アステール様は、リュカの飼い主って気持ちでいると言って下さっているんだから。


 過度に気にするのは止めよう。それはアステール様も望むところではないのだから。


「気をつけます。すみませんでした」

「スピカの気持ちも分かるんだけどね。私としては、リュカくらい堂々と来てくれると嬉しいな」

「リュカくらい、ですか?」

「うん」


 アステール様がリュカに視線を向ける。私も彼につられるようにリュカを見た。


「まあ、リュカ」


 よほどアステール様のことが好きなのか、リュカはアステール様にべったりとくっついている。尻尾をアステール様の足に巻き付け、額を一生懸命擦りつけていた。


「可愛いよね。リュカには私が王子であるかどうかなんて関係ないんだから。ただ、好きか嫌いかだけで判断してる」

「そうですね」


 嬉しそうなリュカを見ていると、こちらまで頬が緩んでくる。


「あ、首輪」


 せっかく買ってきたのだ。私の言葉にアステール様も頷いた。


「うん。今のうちに付けてしまおうか」

「はい」


 首輪を取り出す。リュカは首輪をおもちゃと勘違いしたのか、キラリと目を輝かせた。


「なうーん!」『遊ぶにゃー!』

「ごめんね、リュカ。これはおもちゃじゃないの」


 声が聞こえてしまっただけに申し訳ない気持ちになってしまう。アステール様も同じような気持ちになったのか、私に言った。


「あとで猫じゃらしで遊んであげようか」

「そうですね。なんだか可哀想になってきましたから」

「声が聞こえるって、こういう時は厄介だよね」


 全くだ。深く頷く。

 私は急いで首輪の裏に住所と名前を書き、用意をした。


「アステール様。リュカを抱えていただけますか?」

「分かったよ」


 ひょいと、アステール様がリュカを抱える。抱っこをされたリュカがキョトンとした表情をした。可愛い。


「アステール様。猫を抱っこするの、上手ですね」


 リュカは大人しくアステール様に抱かれている。嫌がる様子もなさそうで驚いた。


「本で得た知識だけどね。上手くいったようでよかったよ。それよりスピカ、早く首輪を」

「あ、はい」


 感心している暇はなかった。

 急いで首輪をリュカの首に巻き付ける。慣れない感覚が嫌なのか、リュカはアステール様の腕の中から逃げようとした。


「なーん!!」『いやー! 何これ! 嫌にゃ! 嫌いにゃ!』

「うっ……」


 本心からリュカが嫌がっているのが伝わってきて、心にダメージを受けた。


「そ、そうよね。首輪なんて嫌よね……」


 動揺し、躊躇してしまう。アステール様が厳しい声で言った。


「スピカ。嫌とかそういう問題ではないだろう。これはリュカのため。違う?」

「は、はい……」

「もしリュカが迷子になった時、首輪がなかったら野良猫だと勘違いされるかもしれない。保護される確率は著しく低くなる。君はそれでもいいと言うの?」

「!」


 アステール様の言う通りだ。

 目が覚めた気持ちになった私は、心を鬼にしてリュカに首輪を付けた。


「うなーん!!」『嫌にゃー!!』

「あっ、こら!」


 リュカがアステール様の腕の中から逃げ出す。なんとか首輪をはずそうと暴れ始めた。


「リュカ、リュカ、落ち着いて……!」

「なーん、なーん、なーん!」『嫌、嫌、嫌! 外れないにゃ!』


 リュカの叫びが聞こえてくるのが心に突き刺さる。リュカは鈴がチリンチリンと鳴るのも気になるようで、必死に首輪をなんとかしようと藻掻いていた。


「うう……。アステール様……」

「しばらく様子を見よう。本当に駄目そうなら別の手段を考えた方がいいけど、今すぐに判断するのは違うと思う」

「……はい」


 すぐにでも外してあげたくなってしまう私とは違い、アステール様の意思は固かった。リュカのためにもその方がいいのは分かっていたので、心は痛むが手は出さないようにした。


「わうーん! なうっ! うなうっ!」『なんか鳴ってる。なんにゃ。なんなのにゃ!』


 首も気になるが、チリンチリンという謎の音の正体も気になるようだ。

 リュカはしばらく首輪と格闘していたが、疲れてしまったのか、やがて絨毯の上にばたりと倒れ込んだ。


「リュカ……」

「これで落ち着いてくれたらいいんだけどね」

「はい……」


 リュカのためとはいえ、可哀想なことをしてしまった。ぐったりしているリュカを見ていると、どうしてもそういう風に思ってしまう。


「お嬢様、お茶をお持ちしました。まあ……可愛らしい。首輪ですか?」


 お茶の用意ができたのか、コメットが戻って来た。彼女は絨毯の上でぐったりしているリュカを見て目を細める。


「リボンの形の首輪なんですね。いつの間にお求めになったのです?」

「今日、学園の帰りに買ったの。気をつけるつもりだけど、もし、迷子になったら困るから」


 お茶の準備を始めるコメットに、首輪を付けた理由を説明する。


「そうですね。その方がいいかもしれません。子猫は素早いですし、何があるか分かりませんし」


 話を聞いたコメットの言葉を聞き、ホッとした。同意してもらえたことが嬉しかったのだ。


「リュカも眠っているようですし、今の内にお召し上がりください。私は廊下に控えておりますので」


 コメットが頭を下げ、部屋を出て行く。

 リュカを見ると、確かに寝ているようで身体が上下に揺れている。倒れているうちに眠たくなってしまったのだろう。ぷーぷーという少し高い音の寝息が可愛かった。


「可愛いですね」

「本当だね」


 なんとなく小声で言うと、アステール様も同じような小さな声で返してくれた。

 ふたりでお茶を楽しみながら、リュカの可愛い寝顔を堪能した。

 なんというか、とても幸せな時間だ。


「ふふっ。こういう時間を自分が持てるとは思っていませんでしたわ」


 リュカを眺めながら言うと、アステール様は「うん?」と首を傾げた。

 ティーカップを持つ姿が実に様になっている。


「どういうこと?」

「今まで、将来王妃になるための勉強しかしてこなかったので。のんびりとお茶を飲みながら飼い猫を眺めるなんて時間を過ごしている今の自分が少し信じられないな、と」


 リュカを拾わなければ、今もおそらくは同じように過ごしていただろう。

 わずか数日で私の生活は大きく変わった。

 それをしみじみと感じていると、お茶菓子をつまみながらアステール様が言う。


「君はとても真面目だからね。少しくらい気を抜けば良いのにと、私はずっと思っていたよ」

「真面目なんて……」

「君の様子は公爵から聞いていたから知っているんだ。毎日、将来王妃になるために頑張っているって聞いて、そのこと自体は嬉しかったけど、頑張りすぎていつか倒れてしまわないかって心配もしていた」

「それは……だって、私には足りないものが多すぎますから」


 王妃に必要な教育は山のようにある。

 私は特別賢いというわけではないから、何度も反復する必要があるし、足りないところを補おうと思ったら、時間なんていくらあっても足りないのである。

 今、それをしていないのはリュカを拾ったというのもあるが、何より、将来王妃にならないと分かったから。根を詰める必要がない。それを確信できたから今、私はこうして別のことに目を向けることができるのだ。

 それを、アステール様に言うことはできないけれど。


「その……リュカもいることですし、これからはもう少し自分の時間を作ろうと思います」


 誤魔化すように言うと、アステール様は頷いた。


「うん。それがいいと思うよ。あと、時間を作れるというのなら、私と過ごすことも考えて欲しいな。昨日も言ったけど、私は君と二人で出掛ける時間が欲しいんだ」

「はい」


 返事をしつつ、多分そんな日はこないだろうなと思う。

 それでも彼の言葉は嬉しかったから、私は素直に頷いておいた。





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