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◇◇◇


 実技の授業が終わり、昼休みになった。

 さっさと食事を済ませた私は、取り巻きたちを放置し、今日も一人図書館へと向かった。

 昨日、優しくしてもらったシリウス先輩に色々報告したかったのだ。

 できれば、更なるアドバイスももらえたらなという目論見もあった。


「こんにちは、シリウス先輩」


 館内に入る。

 昨日と同じ場所にシリウス先輩はいた。彼は文庫サイズの本を読んでおり、目を上げると私を認め「お前か」と言った。


「また来たのか」

「はい。報告に窺うと昨日約束致しましたので」

「……いつでもいいと言っただろう」


 そう言いつつも、シリウス先輩は本を読むのを止めてくれた。そうして私に隣に座るように目線で促す。


「良いのですか? ここ、貸し出しカウンターですよね。部外者が入っても?」

「構わん。どうせオレしか来ない」

「では……失礼致します」


 図書委員であるシリウス先輩がいいと言うのならいいのだろう。私はシリウス先輩の隣の椅子に腰掛けた。カウンターなので横並びになる。「で?」とシリウス先輩が私を見た。


「昨日、店に行ったんだろう。どうだったんだ」

「ええと、ですね」


 どうやら話を聞いてくれるつもりがあるらしい。

 嬉しくなった私は、昨日アステール様とふたりでシリウス先輩が勧めてくれたお店へ行ったことを話した。屋敷に戻ったあとのことも話題になったが、もちろんリュカの言葉が聞こえたことは言わない。あれはアステール様との秘密だからだ。


「――そうか。無事買い物できたか」

「はい。シリウス先輩のおかげで。餌も良いものが買えましたわ」

「何を買ったんだ?」

「ねこにゃんです」


 商品名を答えると、シリウス先輩は頷いた。


「オレも同じものを使っている。原材料に金が掛かっている分、若干高価ではあるが、猫の安全には変えられないからな」

「良かった」


 シリウス先輩も使っているものだと聞き、なんとなくだが安堵した。


「昨日、爪切りを買うのを忘れてしまって。今日、もう一度あの店に行こうと考えているんです。それで、他に買うものがあれば教えて欲しいなと思いまして」


 猫飼いの先輩なら、私に何が足りないのか分かるだろう。

 教えを乞うと、シリウス先輩は考える様子を見せた。


「昨日お前は何を買った?」

「ええと、餌とおやつ、おもちゃにトイレ一式。餌皿と水皿。爪とぎ、猫ベッド、キャリーとかでしょうか」


 昨日買ったものを思い出しながら告げる。シリウス先輩が鋭く尋ねてきた。


「首輪は? 首輪は買ったのか?」

「首輪ですか? いいえ、そういえばまだ……」


 カラフルな首輪が店の一階に置いてあったのは見ているが、昨日は買わなかったのだ。深い理由はない。ただ、他に買うものが多すぎて、そこまで気が回らなかったというか、正直今の今まで忘れていた。

 そういうことを正直に話すとシリウス先輩は「それだ」と言った。


「首輪は絶対に買った方が良い。もし、脱走なんてことになったら見つけるための目印になるからな」

「脱走……ですか?」


 恐ろしい響きに震えた。

 リュカが屋敷から逃げ出す? あんなに小さいのに?

 もし逃げてしまったら、見つけられる自信がない。


「そうだ。元野良は外の世界を知っている。目を離した隙に外に出ているなんてことにもなりかねないぞ」

「そんな……」

「実際オレは二度ほど脱走された。……なんとか見つかったから良かったようなものの、あの時は肝が冷えた」

「見つかったのですか……良かったですわ」


 体験談として聞かされると、更に怖いものとして感じられる。


「外は危ないからな。まだ小さいのなら外敵も多い。馬車に跳ねられる、なんて痛ましい事故が起こらないとも限らない。世の中には猫が嫌いな奴もいる。そいつらに見つかって酷い目に遭わないとも限らない」


 淡々と告げられる恐ろしい話に私は身を竦めた。


「絶対に屋敷の外から、出しませんわ」

「ああ、それがいい」


 真剣な顔で言われ、私もまた真顔で頷いた。猫にとって外の世界は恐ろしいものなのだ。飼い主である私が守ってあげなければならない。

 そういえば、転生する前、日本で生きていた時も友人が言っていた。

 猫を外に出してはいけないと。あと、飼えない数を飼ってはいけないとか、きちんと世話をしなければならないとかそんなことも言っていたが、それは当たり前のことだ。

 改めてリュカを屋敷から出さないようにしようと決意し、シリウス先輩に言った。


「つまり、『もしも』に備えて首輪を用意するということですわね?」

「そうだ。首輪には住所や名前を書く欄があるものが多い。まず首輪をしていれば飼い猫だと思われるし、首輪を見てもらえれば連絡してもらえる可能性も上がる」

「首輪、買いに行きます」


 そんな必需品を買い損ねていたなんて、知らなかったとはいえ大失態だ。

 力強く宣言すると、シリウス先輩も「そうしろ」と言ってくれた。


「助かりましたわ。私だけではきっと首輪の存在を思い出すまで時間が掛かったでしょうし」


 本当に有り難かった。お礼を言うと、シリウス先輩は何かに気づいたような顔をして聞いてきた。


「ひとつ尋ねる。今日は一人で店に行くのか?」

「いいえ。アステール様が付き合ってくださるそうです。それが何か?」

「……気のせいだと思いたいんだが、アステール殿下が今日、じっとオレを見ていたような気がしてな……その嫉妬されているように思えて……」

「嫉妬? シリウス先輩に? そんな馬鹿な」


 アステール様が嫉妬などするはずがない。

 笑い飛ばすと微妙な顔をされた。


「だが、オレのことは言ったのだろう?」

「はい。店を教えて頂いたとお伝えしましたが……いけませんでしたか?」


 特に口止めもされていなかったから普通に名前を出したが、駄目だったのだろうか。

 それなら申し訳なかったと思っていると、シリウス先輩は首を横に振った。


「いや、名前を出したのが悪いというわけではない。ただどうにも視線が痛いというか、物言いたげというか……。そのうち個人的に呼び出されそうだというか」

「ああ、そういえば、婚約者として挨拶する、とかなんとかおっしゃっておられましたわ」

「……」


 ものすごく嫌そうに黙り込んでしまった。


「シリウス先輩?」

「いや、なんでもない。お前の婚約者はずいぶんと嫉妬深いんだなと思っただけだ」

「だから嫉妬なんてあり得ませんって。だって、アステール様ですよ?」

「むしろ、アステール殿下だからだろう。あの方が己の婚約者にご執心なのは周知の事実だ」

「そうなんですか?」


 そんな話は初耳だ。

 だから私は思うところを正直に告げた。


「確かに仲は良いと思いますけど、執心とかそういうのはないと思います。私たちは確かに婚約者という関係ですが、世間で言うところの恋人とかではありませんし、もちろんアステール様のことは尊敬していますが、それだけです。私たちはお互いを認め合っている戦友のような関係だとそう思っています」

「……本気で言っているのか?」

「はい。それが何か?」


 共に手を取り合い、国をよくしていく戦友。私はずっとアステール様のことをそう思って来た。

 そしてそれはアステール様も同じ……というか、彼の方がより強くそう思っていると感じている。


「……」


 シリウス先輩は何故か苦虫を噛み潰したような顔をして私を見つめている。


「先輩?」

「いや……これは殿下も苦労なさるなと思っただけだ。まあいい。オレには関係のない話だ」

「はあ」


 シリウス先輩が何に納得したのかよく分からないが、それでも態度が元に戻ったのを感じ、ホッとした。

 時計を見る。昼休みは終わりかけだった。昼食を食べた後に来たので元々そんなに時間はなかったが、どうやら話し込みすぎたらしい。

 私は立ち上がり、シリウス先輩に頭を下げた。


「今日もありがとうございました。早速放課後、首輪を買いに行ってみますね」

「……ああ」

「また、明日報告に来ます」

「……殿下がいいと言ったらこい」

「? はい」


 ――どうしてそこにアステール様が?


 とても不思議だったが、シリウス先輩の声音がとても真剣だったので素直に頷くことにした。






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