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◇◇◇
今日の午前中は、座学ではなく、実技の授業が組まれていた。
実技は、一年と二年の合同で行われる。
それは二年に一年を指導させることと、交流する切っ掛けを作るために実施されるのだが、確かに一定の効果はあるようだった。
『カマリ! 敵を吹き飛ばして!』
『承知』
一、二年生全員が集められた体育館のような場所。そこに運動着に着替えた私たちは集まり、一対一での勝ち抜き戦を行っていた。
先ほど二年の部が終わり、今は一年の部になっている。
行われているのは決勝戦。
ヒロインであるソラリス・フィネーと戦っているのは、ノヴァ・ディオンという男性だ。
そのファミリーネームから分かるとおり、彼は王族。
このディオン国の第二王子である。
アステール様と同じ金色の髪に紫色の目をした彼は、その性格はアステール様とは大きく違っていた。
穏やかなアステール様とは違う。彼は陽気で表情がクルクルと変わる。
何事も楽しければいいというか刹那主義で、軽い物言いをする人物なのだ。
表情や性格が違えば、顔立ちの印象もずいぶんと変わる。
大人っぽく色気のあるのがアステール様だとすれば、ノヴァ王子はからっとしており、ヤンチャで太陽のように明るいという感じだ。
どちらも大層な美形でそれぞれ将来を嘱望されている優秀な王子というところは変わらない。
その第二王子がヒロインと戦っているのをぼんやりと眺めながら私は思っていた。
もしかして、第二王子も攻略キャラだったりするのかしら、と。
――あり得る。十分にあり得るわね。
アステール様と同じ王子ではあるが性格も違うし、美形度からしても攻略対象者である確率は高いだろう。
楽しげに戦う二人の様子を観戦する。
第二王子は魔法攻撃が得意で、先ほどからヒロインを上手く翻弄している。ソラリス嬢はさすがヒロインだけあり、魔力が豊富だ。力押しで第二王子を追い詰めようと頑張っているのが見える。
ソラリス嬢は己の契約精霊に命じ、ノヴァ王子に攻撃を仕掛けている。それをさらりと躱し、最終的にノヴァ王子が勝利した。
「あーもう! 悔しい!」
「んー、オレに勝つのはまだ早いかな」
ヒロイン――ソラリスが地団駄を踏む。そんな彼女に笑みを向け、ノヴァ王子は髪を掻き上げた。
「ふう、いい汗掻いた。やっぱり身体を動かすのはいい。あ、スピカ姉上」
「……ノヴァ殿下。見事な勝利でしたわ」
偶然、ノヴァ王子と目が合った。逸らすのもおかしいのでそのまま挨拶する。
実は私はこの第二王子が少し苦手だった。
悪い人ではない。だが彼の明るすぎる性格が、私には一緒にいるととても疲れるのだ。
アステール様の二つ年下の彼も、先日、この学園に入学してきたばかり。
彼と学園で会うのはこの授業が初めてだが、アステール様の婚約者である私はもちろん彼とそれなりに話したことがある。
彼は自分の兄の婚約者である私を『姉』と呼び、親しげに話し掛けてくれるのだが、ヒロインがいる前では呼ばれたくなかった。
ニコニコしながらノヴァ王子がこちらにやってくる。ヒロインも私に気づいたのか、彼の後についてきた。
彼女とはほぼ初対面みたいなものなので、声を掛ける。
「あなたがアステール様のおっしゃっていた、ソラリス・フィネー嬢ね。宜しく。私はスピカ・プラリエ。プラリエ公爵の娘でアステール殿下の婚約者よ」
「……知ってるわ。……んんっ、初めましてスピカ様。ソラリス・フィネーです。その、フィネー男爵が私の父で……」
少々危なっかしい発言もあったが、一応、他人の前で取り繕うくらいはできるようだ。知っていると言いかけたが、すぐにきちんと挨拶をしてきた。最低限の常識がある子のようで助かった。
何せ彼女には未来の国母になってもらわなければならないのだから、非常識な子なら困るなと思っていたのである。
表面上は和やかに挨拶を済ませる。
ノヴァ王子が私に話し掛けてきた。
「姉上、最近兄上とすごく仲が良いって聞いたぞ。卒業したらどうせすぐに結婚するんだろ? 式が楽しみだ!」
「ありがとうございます、ノヴァ殿下。ええ、アステール様とは親しくさせていただいていますわ」
差し障りのない程度に会話をする。ヒロインがノヴァ殿下に疑問をぶつけた。
「ねえ、ノヴァ。どうしてスピカ様のことを姉上って呼んでいるの?」
――え?
ギョッとした。
第二王子に対して友達口調で話し掛けたヒロインに、思わず目が丸くなる。
さすがにそれはどうなのかとノヴァ王子を見たが、彼は平然としている。彼が咎めないのに私が責めるのは違うと思ったので黙っておくことにしたが心中は複雑だった。
「姉上は姉上だからだよ。もうすぐ兄上と結婚するんだからそう呼んでもおかしくないだろう?」
「……そうなんだ。でも、結婚するまでは止めておいた方がいいんじゃない? だって、本当に結婚するかは誰にも分からないんだもの」
チラリと私の方に目を向けるソラリス。
彼女の言葉を聞いた私は、期待に胸を高鳴らせた。
やはり、ヒロインはアステール様を攻略するつもりなのだ。だから『姉』などと呼ばれている私のことが気に入らない。
なるほど、実に分かりやすい話である。
――予定通り! うん、そのままアステール様を上手く攻略して!
そうしてふたりがくっついたところで、私は綺麗に退場するから。
よく分からない婚約破棄イベントは要らないし、そんなことをしなくても婚約者の座を譲る気はたっぷりあるのだ。
「はあ? 何言ってるんだ」
ヒロインの言葉にウキウキとする私とは違い、ノヴァ王子は眉を中央に寄せている。
「兄上が姉上と結婚するのは決まってることなんだ。その未来に変更なんてないし」
「で、でも」
「ソラリス。君も兄上たちを直接見れば分かる」
「……」
むうっと不満そうに膨れるソラリス。それを宥めるノヴァ王子。
二人の様子を見ていた私は、あれ? と思った。
――もしかして、ヒロインはアステール様狙いだけど、すでにノヴァ殿下からヒロインに矢印が出てる、とか?
何せ、ノヴァ王子は私とアステール様が結婚することを推している。兄にヒロインである彼女を奪われたくないからの発言と考えれば説明はつくのだ。