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間章2 好きだと言ってもわかってくれない

◇◇◇


「鈍い……」


 絶望的に鈍い。

 馬車の中、座席に腰掛けた私は大きな溜息を吐いた。

 自分で言うのもなんだが、今日、私はかなり頑張ったと思う。

 買い物という名のデートに行き、彼女の家にも行った。

 どうせスピカは誤解するからと思い、リュカがいなくても二人で出掛けたいと言ったし、好きだとはっきり言葉にもした。

 なのに、そこまでしても、彼女は分かってくれないのだ。


「どうしたらスピカは私の気持ちを理解してくれるのだろう」


 直接好きだと言ってみても「私もお慕いしています」と返されて終わりだった。そして彼女の顔を見ていれば、その『お慕いしている』が恋愛感情でないのは明らかで。

 彼女に自分の思いを分かってもらうために頑張ろうとは思っているが、行き詰まっている感覚が半端ない。


「……いやでも、リュカのことがある。リュカの気持ちが理解できるのは私たち二人だけだから……」


 先ほどのことを思い返す。

 なんの前触れも泣く、突然、リュカの声が聞こえたのだ。

 昨日までは確かに普通の猫だったのに、何故か突然聞こえてきた声に驚きを隠せなかった……というか幻聴かと耳を疑った。

 昨夜は遅くまで猫についての調べ物をしていたから、疲れていて妙な声が聞こえた気持ちになっているのだ。そうに違いないと思ったが、スピカも同じものが聞こえていたと聞き、心底ホッとした。

 そして同時にどうしてこんなことが起こったのだろうと疑問に思った。

 私たちの生きているこの世界には魔力が溢れている。

 様々な魔法生物もいるし、言語を操る動物だって決して珍しいものではない。

 だが、リュカはただの猫なのだ。

 魔力も何もない、普通の猫。それなのに、私たちに己の意思を伝えることができるの理由が分からなかった。


「しかも、全ての言葉が理解できるわけではないみたいだし……」


 強い感情が言葉として伝わってくるだけで、通常の鳴き声は何を言っているのか分からない。

 それに、こちらの言葉を理解しているわけでもなさそうだ。

 自分の要求だけを訴えている。


「いや、猫なんだからそういうものなんだろうけど……」


 魔法が全く関係しない不思議現象に首を傾げるしかない。


『――ハマル』

『なんだ』


 己が契約している精霊に声を掛ける。

 姿を見せたのは炎の精霊だ。ハマルという名の彼とは特に相性がよく、私はよく彼を側につけていた。

 彼は男性体で、体長は二十センチほど。耳が尖っており、目は赤い宝石が嵌まっているかのようだ。長く白い布を身体に巻き付けている。

 王族はその立場上命を狙われることが多い。だからどんな時でも即座に対応、迎撃できるよう、常に一体の精霊を呼び出しておくのが義務だった。

 今日はハマルに護衛の任を命じていた。彼は姿を消し、ずっと側にいたのだが、彼にはリュカの声がどう聞こえていたのか、それが気になったのだ。


『お前には、先ほどの猫の声が聞こえていたか?』

『猫? ああ、ニャアニャア言っていたな。それがどうかしたか?』

『いや、そうではなく。その……お腹が減っただの、遊んで欲しいだの、そういう言葉が聞こえなかったかと言ったんだが』


 どういう答えが返ってくるか、なんとなく察知しつつも再度尋ねる。ハマルは思った通りの返答をよこした。


『聞こえるわけないだろう。あれはただの猫だぞ。魔力も感じない、愛玩動物にしかなりえない存在だ。言葉など発するわけがない』

『……そうか』


 やはり、リュカの声は私とスピカにしか聞こえていないみたいだ。

 黙り込むと、ハマルの方から声を掛けてきた。


『アステール。そういえばお前とその婚約者は言っていたな。猫の声が聞こえると。……あれは冗談ではなかったのか?』

『冗談であれば良かったんだけどね。残念ながら違う。全てではないけど、私とスピカにはちゃんと言葉として伝わってきたよ』

『……何故、そのようなことが?』

『私もそれが知りたくて、お前を呼び出したんだけどね』


 答えは得られず、謎が深まっただけだった。

 とはいえ、リュカが危険な存在とは思わない。ときおり声が聞こえるだけで魔力があるわけでも、特別力が強いわけでもない。彼は偶然スピカに拾われただけの無力な猫だ。世の中には不思議なこともある、くらいに留めておくのがよいだろう。


「――それに、ふたりだけの秘密、にしておいた方が私が楽しいしね」


 共通の秘密を持つというのは、それだけで親密度が上がる。

 これからリュカのことで何かあった場合、間違いなくスピカは真っ先に私に助けを求めるだろう。同じ秘密を共有する同士。頼りたくなるのは当然だ。

 リュカを通してではあるが、今までよりも彼女と接する機会は増える。そのチャンスを生かすのだ。

 彼女に私を男として見てもらうために。


『わざわざ、そんなことをしなくても、あの娘はお前の婚約者だろう』


 私の話を聞いたハマルが呆れたように言ってくる。

 彼の言うことはまあ、そのとおりなのだが、それでも違うと言わせてもらいたい。


『分かっていないな。私はスピカに恋をしてもらいたいんだよ。私に恋をする彼女が見たい。義務で結婚なんてして欲しくない。心から私を求めて、私の妻になりたいと思って欲しいんだ』

『思わなかったら?』


 その疑問には、笑みで返す。

 スピカが私を求めなかったら?

 そんなの、決まってる。


『婚約者なんだ。約束通り結婚してもらうよ。私の子を産むのは彼女しかいないからね』

『それは矛盾していないか?』

『どこが? 私がスピカを手に入れることは確定している未来なんだ。ただ、できれば彼女にも私と同じ気持ちを抱いてもらいたいと思っているだけ。そのために努力しているんだよ。分からないかなあ』

『人間の考えることはよく分からん。手に入れられると決まっているなら、そんな面倒なことしなくていいと思うのだが』

『確かにそれはそうかもね』


 好きになって欲しいとは思っているが、そうならなかった場合、手放すという選択肢は存在しない。

 彼女にはどうあっても私の妻になってもらう。

 だって、スピカは正式な私の婚約者なのだから。


『傲慢だと笑ってくれて構わないよ。自分でもそう思うからね』


 選択肢を与えているようで、実は道は最初からひとつしかない。


「さて、明日はどうやってスピカに私を意識してもらおうかな」


 ハマルには再度姿を消しておくように言い、足を組む。

 考えるのは、愛しいスピカのことだ。

 鈍い彼女にどうやってアピールするか。好きだと言葉にしても駄目なら態度から攻めるのがいいだろうか。

 早く彼女の恋する顔が見たいと焦る気持ちはあるけれど、まだ時間は十分にある。

 そんな私が今、ある意味一番気になることといえば、スピカが仲良くなったというアルデバラン公爵家の令息、シリウス。

 彼の名前をスピカから聞いた時は驚いた。しかも彼のことを彼女はシリウスと、ファーストネームで呼んでいたのだからそのショックは計り知れないものだった。


 ――名前で呼んでもらっているのは私だけだと思っていたのに……。


 醜い嫉妬心が燃え上がる。

 いつの間に接触していたのか、いちど彼とは話をしなければならないだろう。

 そう、明日にでも彼に声を掛ける必要がある。

 彼の父は私もよく知っている。

 近衛騎士団の団長で、とても厳格な男だ。彼に育てられたシリウスが妙なことをするはずがない、私の婚約者に懸想するような男ではないと分かってはいるけれども、理性と感情は別物だ。


「一応、牽制はしておかないと……」


 スピカが私のものであるということを、自らの立場をきちんと分かってもらう必要がある。

 私のために。


「……忙しいな」


 学園生活と王子としての城での生活。

 やることが多すぎて溜息しか出ない。

 特に今学期に入ってからは、スピカが妙に積極的に動き始めたこともあり、こちらは振り回される一方だ。

 その分、接触の機会が増えているわけだから、文句なんてないのだけれど。


「まずは帰って、積み上がっている仕事から片付けないと」


 学生の身分であっても王子としての仕事はある。

 今日は眠れるか本気で心配だ。

 だけども自分がやると決めたことなのだから、全部やりきってみせると思っていた。





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一迅社ノベルス様より『悪役令嬢らしいですが、私は猫をモフります3』が2022/8/1に発売しました。電子書籍版も発売中。よろしくお願いいたします。
i663823
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