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「すごい。ここだけで全部揃うわね」
「ええ、そういうコンセプトで作った店ですから」
店員から自慢げな答えが返ってくる。単なる店員と思ったが、話しぶりから彼がこの店の店長なのだろうと分かった。
しかし、こんなにたくさんの猫用品があるお店なのに、どうして客が私たちだけなのだろう。もっと大勢の人で賑わっていてもいいはずなのに。
不思議だったが、すぐにその理由は分かった。
シリウス先輩が言っていたとおり、餌に限らず、どの商品もわりと高価なのだ。
庶民には到底手が出せない価格帯のものが多く、貴族でも悩むような高級品もわりと目につく。
その分、静かに買い物できるのだから、私たちにはこの方が合っているのかもしれないけれど。
「あ……」
次の売り場に案内されている途中で、猫用のブラシを発見した。
ブラッシング。猫に必須の道具ではないだろうか。
私の隣を歩いていたアステール様も立ち止まる。私が何を見ているのか気づき、頷いた。
「そうだね。ブラシは必要だと思う。ひとつ買っておいたらどうかな」
「はい、そうします」
目についたブラシを手に取り、頷く。豚毛使用と書いてあった。これでブラッシングをしたら、リュカは喜んでくれるだろうか。
次に案内されたのは猫のおもちゃだった。
「……どれがいいのか全然分からないわ」
種類がありすぎて途方に暮れてしまう。
困っているとアステール様が猫じゃらしを手に取った。
「分からないなら基本から攻めてみればどうだろう。猫じゃらしと……あとはボールなんか買ってあげるといいんじゃないかな。気に入らないようなら、後日別のおもちゃを試せばいい」
猫じゃらしを揺らすアステール様の姿に笑みが零れる。
「ふふっ。そうですね」
「うん? どうして笑ってるのかな」
「いえ、猫じゃらしが大変お似合いだなと思って」
正直に告げると、アステール様が呆れたように言った。
「何を言っているのかな。君の方がよっぽど似合うと思うけど。ほら、じゃれてくれていいんだよ?」
「ちょっと、止めてください」
ほらほらと目の前で猫じゃらしを揺らされ、声を上げて笑ってしまった。
やり取りを見ていた店員が、ニコニコしながら私たちに言う。
「ご婚約者様と仲が良いんですねえ。挙式はいつ頃のご予定なんですか?」
「へ?」
ギョッとして、彼を見たが、アステール様は楽しげに語った。
「私としては、私が卒業したタイミングでと思っているんだけどね。多分、彼女が卒業するのを待つことになるから、二年後かな」
「ア、アステール様?」
具体的すぎる。
まあ、多分それくらいだろうなとは思っていたけれど、改めて予定を告げられ、私は妙に動揺してしまった。
店員が相好を崩して何度も頷く。
「二年後ですか。楽しみですねえ。あ、じゃあその猫ちゃんもお城に迎え入れるんですか?」
「ああ、もちろん。彼女と一緒に保護したんだからね。そのつもりだ」
結婚する時のことを語るアステール様を複雑な気持ちで見つめる。
彼が本気で言ってくれていることは分かっている。リュカも共にと言ってくれるのもありがたかった。だけど、その未来は私たちにはやってこないのだ。
彼には他に愛する女性ができるから。
――う。
何故か、つきんと胸が痛む。
アステール様には悪いが、訪れない結婚の話はあまりして欲しくないかもしれない。
私は話題を変えるように、アステール様の持っていた猫じゃらしを奪い取った。
「じゃ、じゃあ、私、これを買いますわね。ええと……あとは、何が足りないのかしら?」
「え? ええと……」
私が質問をすると、店員は営業モードの表情に切り替わった。そのことにホッとする。
そのあとは妙な話にもならず、無事、リュカのための買い物を終えることができた。
想像はしていたが、かなりの量だ。
「ありがとうございました!」
会計を済ませ、上機嫌の店員に見送られながら店を後にする。会計時、アステール様が支払おうとしたが、それは全力で断った。
最初、アステール様は譲らなかったが、両親が出してくれると言うと、渋々引いてくれた。
店員は、量が量だし屋敷まで届けてくれると言ってくれたが断った。配送は明日の朝だと言われたのだ。どれもこれもすぐに必要なものばかり。馬車に乗りそうだったし、わざわざ頼む必要はないと思った。
馬車に乗り込み、一息つく。
楽しかったけど慣れない買い物だったので、意外と疲れていた。
「ふう……」
「楽しかったけど疲れたかな」
「はい、そうですね。アステール様、今日はお付き合いありがとうございます」
アステール様にお礼を言う。
色々あったが、彼に着いてきてもらえてよかった。ひとりだともっと時間が掛かったに違いない。
「いや、私が来たくて来たんだからお礼はいいよ。それより、今日も君の屋敷に寄っていい
かな? まさか、このまま帰れ、なんてひどいことは言わないだろうね」
「も、もちろんです……」
一瞬、これ以上引き留めるわけにはと思ったが、確かに買い物だけ付き合わせてさようならは酷すぎる話だ。
アステール様が構わないのなら、屋敷に寄ってもらおう。リュカとも会ってもらいたいし。
「アステール様のお時間が宜しいようでしたら、是非我が家にお寄りくださいませ。その、父が挨拶をしたいと言うと思いますけど。昨日、リュカのことがあり、ご挨拶できなかったと言っておりましたので」
「気にしなくていいのに、というわけにも行かないか。分かった。じゃあ、喜んで寄らせていただくよ。実は最初からそのつもりで来ているんだ。追い返されたりしたらどうしようかと思ったよ」
「まあ、ご冗談を」
アステール様はよほどリュカに会いたかったらしい。だが気持ちは分かる。
何せリュカは可愛いの化身なのだから。
うんうんと頷く。
「……本気なんだけどな」
「?」
アステール様が困ったような表情で見つめてくる。それを私は疑問符で返した。