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◇◇◇
「到着致しました」
馬車が停止し、扉が開いた。
タラップを降りると目の前には、猫専門店だとひとめで分かるお店があった。
「まあ……!」
王都の大通り沿いにある店は、学園から馬車で十五分くらい。隣には私も知っているぬいぐるみ専門店があった。
「こんなところにあったの。全然気づかなかったわ」
今まで必要としていなかったから素通りしていたのだろう。結構広いお店だったから、余計に驚いた。
店のショーウィンドウには猫の餌やおもちゃ、カラフルな猫ベッドなどが置いてあり、気持ちが浮き立つ。店の扉には黒猫の看板があり、まさに猫のための店なのだと納得できた。
「スピカ、入ろうか」
「は、はい」
ショーウィンドウに見蕩れていると、アステール様が声を掛けてきた。慌てて頷く。
扉を開けると、カランカランという音が鳴った。
中に入る。
「……!」
店内は猫グッズで溢れかえっていた。
餌だけではない。猫ベッドや猫用キャリーはもちろんのこと、おもちゃもある。まだ猫飼い素人の私には分からないものもたくさんあった。
「素晴らしいわ!」
初めてきたペットショップに勝手にテンションが上がっていく。目を輝かせ、周りを見ていると、奥から店員とおぼしき人物が出てきた。丸い体型の中年くらいの男性。人が良さそうな顔つきをしていて、可愛い猫の顔が描かれたエプロンをしている。その彼は、アステールを見て目を見開いた。
「……殿下?」
国の行事で姿を現すことの多いアステール様は、国民にその顔を覚えられている。金髪に紫色の瞳の、目を見張るほどの美形という点で、忘れようもないのだけれど。
驚く店員にアステール様は愛想のいい笑みを浮かべた。
「今日は婚約者の飼い猫のために一式、見繕いにきたんだ。昨日、子猫を拾ってね。よかったら、選ぶのを協力してくれると嬉しい」
「ご婚約者様の! もちろんです!」
店員が私を見る。それに私も余所行きの笑みを浮かべて頷いた。
「そうなの。初めてのことだから、飼うために必要なものが揃っていなくて。助言をもらえるとありがたいわ」
「お任せください! ちょうど今は、殿下方以外にお客様もいらっしゃいませんから、ご案内致しますよ!」
目が、「太客が来た!」と言っている。それに苦笑しそうになりつつも「ありがとう」と令嬢らしく微笑んでおいた。
「とりあえず、まずは子猫の餌が欲しいのだけれど」
「餌ですね。それでしたら、こちらのコーナーへどうぞ!」
店員が餌がまとめて置いてあるコーナーに案内してくれる。そこには様々な種類の餌が置いてあった。たくさんありすぎて選べない。どれがいいのかさっぱり分からなかった。
「……どれを選べばいいのかしら」
つい、助けを求めるようにアステール様を見てしまった。アステール様はにこりと笑い、いくつかの餌について説明してくれる。
「有名どころだと、ロイヤルマルル、マジカルダイエット、ねこにゃん、辺りかな」
「すごい……」
まさか答えが返ってくるとは思わなくて驚いた。猫の餌まで把握しているなんて、アステール様がすごすぎる。
店員も同じことを思ったようで、感心しきりだった。
「さすが殿下、お詳しいですね! もしかして、猫を飼ったことがおありで?」
「いや、ない。それに私もそれ以上のことは分からないんだ。店員である君の助言がもらえると助かるよ」
「お任せください」
店員はドンと胸を叩くと、白に赤字のパッケージを取り出した。
「まず、これがロイヤルマルルですね。猫の食いつきがよく、一番の人気商品です」
「へえ……」
「つぎに、マジカルダイエット。こちらも人気商品ですが、少し固めなので、猫によっては嫌がる子も。ちなみにどれくらいの月齢の猫なのです?」
「三ヶ月よ」
答えると、店員は頷いた。
「なら、これは止めた方がいいかもしれませんね。あと、これはドライフードですが、ウェットの餌にするという手もあります」
「ウェット?」
「水分をたくさん含んだ餌です。食いつきがよく、水分補給にも適しています。ただ、ウェットばかりを与えると歯石がつきやすいですし、噛む力を養えなくなります。ドライフードを食べなくなるという点もありますから、デメリットも多いです」
「そう」
「私としてはドライフードのマルルをお勧めしますね。ウェットフードはどうしても餌を食べない時や、弱っている時などのみにする方がいいかと」
的確な助言に頷いた。
「そうね。ドライフードにするわ。……ロイヤルマルルが一番人気だと言っていたわね。さきほど殿下がおっしゃっていた、ねこにゃんという餌はどうなの?」
すごく可愛い名前だと思い気になっていたのだ。
尋ねると、店員は紫に薄い青のラインが入ったパッケージを取り出してきた。
「こちらです。この辺りでは当店でしか扱いがありませんし、とてもいい商品でおすすめなのですが、少々割高でして」
「本当だわ」
ロイヤルマルルの1.5倍くらいの値段だ。シリウス先輩が、この店は高級志向だと言っていたのを思い出した。なるほど確かにと納得する。
「……それ、子猫でも大丈夫なの?」
「ええ! 三ヶ月ならふやかして食べさせれば大丈夫です。いや、もうそろそろドライフードだけでも大丈夫かもしれませんね」
少し考え、頷いた。我が家は公爵家で経済的余裕はじゅうぶんすぎるほどある。それなら良いと進められているものを買いたいと思ったのだ。
「そうなの。じゃ、とりあえず餌はそれにするわ。大きいサイズはある?」
「ございます。ご用意しておきますね。他にご入り用のものは?」
「ほとんど、何もないんだけど。ええと、何を買えばいいのかしら……」
必要なものと言われてもすぐには思いつかない。困っていると店員は「分かりました」と言ってくれた。
「持ち運び用のキャリーに猫ベッド、トイレの用意に餌皿や水皿。猫のおもちゃも必要ですね。爪とぎも買っておかれるのが宜しいでしょう」
「……見繕ってくれる?」
「もちろんです」
一気に言われてもさっぱり分からない。
店員にそれぞれの場所に案内してもらい、ひとつひとつ購入するものを決めていく。店は三階建てで、二階と三階にも猫グッズがところ狭しと置いてあった。本当に品揃えが豊富だ。ありがたかったのが、子猫用のトイレがあったこと。
普通の猫のものだと子猫には大きすぎるのだ。かゆいところに手が届くラインナップで本当に助かった。
屋敷で用意した簡易トイレはまだ使っていないようだから、さっそく入れ替えてみようと思う。