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◇◇◇


 放課後。

 全ての授業が終わり、解散となったタイミングで、アステール様が二年の教室棟を訪れた。


「スピカ。迎えに来たよ」

「アステール様! わざわざ来て下さったのですか? 申し訳ありません。ご足労をお掛けしてしまって……!」


 いつもは校門の前で待ち合わせているのに、どうしてわざわざ今日はと焦りながら出迎える。

 皆も、突然王子がやってきたことで、かなり動揺していた。それをアステール様は笑顔で窘める。


「皆、落ち着いて。私はただ、愛しい婚約者を迎えに来ただけなんだから、騒ぐことはない」


 わざわざ『愛しい』と付けるところがアステール様である。

 とにかく、今は一刻も早くこの場を去るべきだ。

 私は笑顔を作り、皆に向かって挨拶をした。


「それでは皆さん、ごきげんよう。また明日、よろしくお願いいたしますわね。さ、アステール様、参りましょうか」

「そうだね、スピカ。今日は君と放課後デートができると楽しみにしていたんだ。時間が惜しい。早く行こう」

「アステール様……」


『デート』と言うアステール様の言葉に皆が反応し、「まあ」だの「仲睦まじくて羨ましい」だの言い始めている。

 頭痛がすると思いながらアステール様を睨むと、輝く笑顔で返された。


 ――もう。


「……一緒に店に行くだけですのに。あんな言い方をなさらなくても」

「二人ででかけるんだ。デートで間違っていないと思うけど?」

「……分かりましたわ」


 これは何を言っても無駄だと察した私は、会話を切り上げることにした。アステール様が手を差し出してくる。その手の上に素直に己の手を乗せると「違うよ」と首を横に振られる。


「アステール様?」

「今日はデートだから、こう」

「えっ……」


 アステール様が私の手をギュッと握る。手と手を絡める、いわゆる恋人繋ぎと呼ばれる手の繋ぎ方だ。

 こんなことされたためしがなかったので驚いてしまう。

 なんだろう。アステール様が昨日から、妙に距離が近い気がするのだけれど。

 きゃあああああ!! と周囲から黄色い悲鳴が上がった。


「……っ!」


 ハッと我に返る。

 呆けている場合ではなかった。

 しかし、一体アステール様は何をしているのか。これから彼はヒロインの子と仲良くなっていく予定なのに。

 迎えに来たり、皆の前でデートだと言ったり、極めつけに手を繋いだりと、急に距離を詰めてくるアステール様の本意が掴めず戸惑ってしまう。


 ――何を考えているの?


 本当に止めて欲しい。

 何故か、胸がドキドキして苦しかった。

 こんなこと、今まで感じたことがなかったのに。

 アステール様が私に対する態度を変えるから、私までおかしくなってしまいそうだ。

 こんな変化望んでない。

 私は今までどおり、彼と在ることができればそれで十分なのに。

 そして、その時がくれば離れる。そのつもりなのに。


「アステール様」


 皆が大興奮して大変な状態の中、意図を尋ねるようにアステール様を見る。

 彼は「ん?」と首を傾げた。


「何?」

「……なんでもありません」


 当たり前、みたいな顔をされ、私は口を噤んだ。

 自分の頬が赤くなっているだろうことは分かっていた。


 ――ああ。


 なんということだろう。

 嬉しいと思う自分に気づいてしまった。


 ――そんなこと思っていては駄目なのに。


 この人は、私と結婚することはない。近い未来には、別の女性に渡さなければならない人なのだ。

 きちんと、適切な距離をもって接していなければ、傷つくのは自分の方。

 分かっているのに握られた手がこんなにも温かくて、私は途方に暮れてしまった。


◇◇◇


 なんとか皆に別れを告げ、馬車に乗り込む。

 明日、皆に何を言われるのかと思うと頭痛がしそうだが、あえて今は考えないことにした。

 そう、そんなこと考えている暇は私にはない。

 私は私の愛猫、リュカについて考えなければならないのだから。


「それで――行く店は決めた?」

「えっと、はい」


 馬車に乗ってすぐ、アステール様に問われた私は頷いた。

 彼にもらったメモを取り出し、一番上に書かれた店を指さした。


「この店に行きたいです。その、少し値段は張るけど色々な種類があるそうなので」


 私の言葉にアステール様は頷くと、私からメモを受け取り、馬車の中にある小さな小窓を開け、御者に渡した。


「この一番上に書かれた住所に行ってくれ」

「かしこまりました」


 しばらくして、馬車が動き出す。座席に腰を落ち着け直したアステール様は「それで」と私を見た。


「誰かに聞いた?」

「え……?」

「いや、先ほどの言葉、誰かから聞いたみたいな話し方だったから」

「あ、はい……」


 アステール様の指摘は正しかったので素直に頷く。別に隠す必要はない。


「昼休みに、シリウス先輩に教えて頂いたのです。シリウス先輩、猫を飼っていらっしゃるようで、的確な助言をしていただきましたわ」

「……シリウス先輩?」

「えっ……」


 ものすごく低い声が返ってきて驚いた。

 恐る恐るアステール様を見る。彼は何故か妙に不機嫌になっていた。


「あ、あの……アステール様?」

「シリウスって、シリウス・アルデバランのこと? 私と同じ三年の」

「は、はい」

「へえ。で? いつ、シリウスと仲良くなったの? 君と彼に接点なんてなかったと記憶しているんだけど」


 ものすごくアステール様が怖かった。

 何故彼がこんなに怒っているのか分からない。ビクつきながらも私は昼休みにあったことを正直に伝えた。


「どの店に行くべきかひとりでゆっくり考えたくて、図書館に行ったのです。きっと静かだろうと思いまして。そこで先輩にお会いしました。その際、偶然先輩が猫を四匹も飼っていることを知りまして、もし店をご存じならとお伺いした次第です」

「そう。彼は猫を飼っていたの。知らなかったな。でも、君がわざわざ彼をファーストネームで呼ぶ必要はないと思うけど?」

「えっとその……そう呼んでほしいとおっしゃられましたので……」

「……ふうん。呼んで欲しい、ねえ」


 ムスッとした表情をするアステール様。


「君が、私の婚約者だということを彼は知っていると思うのだけどね」

「あ、はい。それはご存じのようでした。とにかく、親切にしていただきましたの。正直、ひとりで店を選べないと思っていましたから助かりました……」


 シリウス先輩の助けがなければ、放課後までに選べたかどうか分からない。そんな気持ちで告げると、アステール様はじっと私を見た後、口を開いた。


「……シリウスには、店を教えてもらっただけ、なんだね?」

「? はい。そうですわ」

「他には、何もなかった?」

「ええ」


 実際、そのあとすぐに教室に戻ったので私は彼の言葉を肯定した。

 アステール様はまだ納得できない、みたいな顔をしていたけれども、なんとか頷く。


「……いいよ、分かった。……一応、私もシリウスに話をするよ。明日にでもね。君が世話になったというのなら、婚約者として挨拶くらいするのが当然だろう。そう、婚約者としてね」

「……はあ」


 婚約者として、というところを妙に強調してくるアステール様に首を傾げつつも、どうやら怒りは収まったようだとホッとする。

 胸をなで下ろしていると、アステール様は残念そうな口調で言った。


「でも、図書館に行くのなら私も誘って欲しかったよ。昼休みなら、食堂にいただろう?」

「え……」

「店をどこにするのか、私と一緒に悩むという選択をしてくれても良かったって思うんだけど」

「いえ、でも……」


 一緒に悩むとか、全く考えが及ばなかった。でも確かにその通りだ。リストをくれたアステールに相談するという可能性があっても良かったかもしれない。……と思いかけ、昼休みに見たアステール様の姿を思い出し、指摘する。


「アステール様は、例の一年の子といらっしゃったではないですか。さすがにお邪魔はできません」

「えっ……?」

「ほら、昨日、気に掛けて欲しいとおっしゃられていた子。ソラリス・フィネー男爵令嬢でしたか。彼女と一緒にいらっしゃいましたでしょう?」

「もしかして、見ていたの?」

「はい」


 周りにいた女生徒が言っていた名前を思い出しながら告げると、アステール様はさっと顔色を変え、腰を浮かせた。


「あ、あれは! ひとりで困っていたようだから助けただけで……!」

「はい。存じております。昨日、アステール様から話は聞いておりますから、そんなことだろうと思っておりました」

「……私が浮気をした、とかは思わなかったんだね?」

「? はい。皆は騒いでおりましたけど、きちんと説明いたしましたわ」


 浮気などアステール様がするはずがない。

 彼は、これから真実の愛を見つけるのだから。その準備段階だ。


「そう。なら良かったけど」


 ホッとしたように、座席に腰掛け直すアステール様。その様子がなんだかおかしくて、私はクスクスと笑いながら言った。


「アステール様が浮気などするはずないではありませんか。あなたはとても誠実なお人柄だということを私は存じております」


 恋情のない形だけの婚約者である私のことを、いつだって大切にしてくれる。蔑ろにされたと感じたことなど一度もないし、私は彼が婚約者でよかったと思っているのだ。

 だからこそ、彼がヒロインを愛した時は、素直に身を退こうと思える。

 彼には幸せになって欲しいと思うから。

 ここが乙女ゲームの世界だというのなら、ヒロインと結ばれればアステール様は確実に幸せになれる。

 そして私も彼をヒロインに譲ることで、破滅エンドを避けられる……はず。

 これぞまさしく、Win-Winの関係と言えるだろう。


「誠実……か。君は私のことをそう思ってくれてるの?」

「はい。誠実で真っ直ぐな、私利私欲とは縁遠いところにいる方だと思っておりますわ。さすが次代の国王と尊敬しております」


 真実思ったまでを告げたのだが、アステール様は微妙な顔をしていた。


「……尊敬、ね。ねえ、スピカ。私はね、わりと私欲に満ちたところがあるんだけど」

「まさか」

「本当。しかも、欲しいものが少ない分、その欲しいものは絶対に手に入れないと気が済まない性質だし、嫉妬だってかなりする方だと思う。自分の狙った獲物を人に掠め取られるなんて絶対に嫌なんだよ。……分かってくれた? 私の可愛いスピカ」

「はあ……」


 彼の恋愛観だろうか。

 たしかに乙女ゲームのヒーローたちは皆、揃いも揃って独占欲が強く、相手を好きになるとガンガンに攻めてくるし、恋人になれば溺愛傾向が強い。

 彼もそういうタイプだということなのかもしれない。


「なるほど、よく分かりました」


 ヒロインに惚れた後、彼はそんな風になると。

 うん、覚えておこう。怒らせると大変そうだ。

 しかし、独占欲の強いアステール様か。いつも冷静な彼しか知らないから、怖い物見たさはあるかもしれない。同時に少し寂しい気もするけれど、それは言っても仕方ないから。


「……ここまで言っても分かってくれないのか」


 何故かアステール様が絶望の表情を浮かべていたが、自分の考えに没頭していた私は全く気づかなかった。






遅くなりました!

またのんびり書いていきますのでお付き合い下さいませ。


6/10にベリーズ文庫さまから書き下ろしの本が出ます。

『異世界和カフェ『玉響』。本日、開店いたします!』

異世界トリップの和カフェものです。詳細は活動報告にて。

どうぞよろしくお願いいたします。

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一迅社ノベルス様より『悪役令嬢らしいですが、私は猫をモフります3』が2022/8/1に発売しました。電子書籍版も発売中。よろしくお願いいたします。
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