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「よんひきも……!」
驚きのカミングアウトに、目を丸くすることしかできない。
ただただ、驚愕していると、アルデバラン様は更に言った。
「最初の一匹を拾った時に、ここで散々調べたんだ。だからお前の望む本はないと言い切れる」
「……分かりました」
先達の言葉を疑うはずがない。
猫を四匹飼っているといったアルデバラン様に対し、私は勝手に親しみを感じ始めていた。
――猫を飼っている人に悪い人はいないのよ……!
それも四匹もだ。きっと、彼は良い人に違いない。
すっかりアルデバラン様に心を開いた私は、これ幸いとばかりに尋ねてみた。
「その……猫をお飼いになられているのなら教えて頂きたいのですけど……猫の餌ってどこの店で買うのがいいとかっておわかりになりますか?」
「は?」
飼い方の話だったはずが、急に店の話になったのだから、アルデバラン様が戸惑うのも無理はない。だが、そんなことを気にしてはいられないのだ。
これはリュカのため。リュカのために情報収集できる機会があるのなら、気後れせず聞くべきなのだ。
「その……今日、飼い猫の餌を買いに行こうと思っているのです。だけどどの店がいいのか全く分からなくて。五店舗ほど候補を書いたメモをいただいたのですけど、その中のどれを選べばいいのか途方に暮れていて……」
正直に今の状況を伝えると、眉を中央に寄せていたアルデバラン様は、大きく溜息を吐いて、私に手を差し出してきた。
「見せてみろ」
「え?」
「そのリストだ。今、持っているんだろう?」
「は、はい……!」
慌ててポケットから、アステール様にもらったメモを取り出した。アルデバラン様に渡す。
アルデバラン様はメモをじっと見つめたあと、カウンターの上に置き、一番上と、真ん中に書かれた店名を指さした。
「ここと、ここだ。この二店舗は餌の種類が豊富だ。特に一番上の店はいい。猫のおもちゃがたくさん揃っていて、少々割高感はあるが、ほぼ全てのものがこの一店舗で揃うだろう」
「……!」
「お前は公爵家の令嬢なのだし、特に金銭には不自由していないのだろう。それならここを選ぶと良い」
「ありがとうございます……! 助かりますわ!」
心からお礼を言った。
そう、私が欲しかったのは、まさにこのアドバイスだ。
ひとりで店名を見て、うんうん悩まず済んだことが本当に有り難い。店名だけでは分からないからどうしようかと本気で困っていたのだ。
「ふん」
「その! 今後もお話を聞かせてもらっても構いませんか? 私、猫を飼うのは本当に初めてで色々と分からなくて。猫を飼っている方のお話を聞かせてもらえると本当に有り難いんです……!」
これから猫を飼っていくうちに、様々な問題が起こる。そのことを相談できる相手ができるかもしれないとわりと私は必死だった。
「……」
「アルデバラン先輩! お願い致しますわ!」
猫飼いの先輩という意味を込めて言うと、アルデバラン様は大きく溜息を吐いた。
「……シリウスだ」
「はい?」
「シリウスと呼べ」
「シリウス様?」
「……先輩とさっき言っていただろう」
「シリウス先輩ですわね。分かりましたわ!」
シリウス先輩の意図を掴み、私は大きく頷いた。
どうやらシリウス先輩は、先輩と呼ばれるのを気に入ってくれたらしい。そしてその場合はファーストネームを呼ばれたいのだということも分かった。
「シリウス先輩! これからよろしくお願い致しますわ!」
「……オレは昼休みはいつもここにいる。……図書館は誰の訪れも拒まないものだし、来たければ勝手に来ると良い」
「ありがとうございます!」
寡黙な人だと思っていたが、話してみれば意外と会話に応じてくれるし、優しい人だということが分かる。
猫を拾った後輩を助けてくれる優しい先輩。
そんな先輩に巡り会えた幸運を噛みしめていると、シリウス先輩が立ち上がった。
「先輩?」
「そろそろ昼休みが終わる。お前も二年の教室棟へ戻れ」
「え? もうそんな時間ですの?」
慌ててカウンターの上にあった時計を確認した。
確かにあと五分ほどで昼休みは終わってしまう。急いで戻らなければ、午後の授業は遅刻扱いになってしまうだろう。それはいけない。
「し、失礼致しますわ、シリウス先輩! 本日放課後、餌を買いに行く予定ですので、また明日報告に参りますわね!」
「……別に急がない。お前の都合の良い時に来ればいい」
「はい!」
話をきいてくれるらしいのが分かり、口元が綻ぶ。
やっぱりシリウス先輩は優しい人だ。
偶然だけど、いい先輩と知り合えたことに感謝をしながら、私は図書館を後にした。