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◇◇◇


 午前の授業が終わり、昼休み。

 私は学生食堂でひとり、歯がみしていた。

 食事はとうに終わっている。それなのに、常に誰かが話し掛けてきて、とてもではないけれど、考え事をする暇なんてなかったからだ。


 ――私は、リュカのご飯を買うお店を決めたいのに……!


 いつもなら適当に相槌を打ち、話を合わせることにストレスなど感じないのだが、今日だけは違った。愛猫のために悩むはずの時間を削られている事実がとてつもなくいやだったのだ。


「ごめんなさい。少し外で休憩してくるわ」


 ようやくやってきた話が途切れたタイミング。

 次に話されるまでにと慌てて席から立ち上がった。言外にひとりになりたいと言ったつもりなのに、それでもついてこようとする取り巻きたちに苛立ちを隠せないでいると、そのひとりがテラス席の方を見て、「あ」と声を上げた。


「あの子、去年貴族の父親に迎えられたっていう噂の子じゃない? どうして殿下と一緒に?」

「え……」


 反応し、つい、食堂の奥にあるテラス席を見てしまった。

 テラス席は、三年生……というかアステール様とその部下達の専用席として皆に知られているが、そこには確かにアステール様たちと、金髪の少女がいた。

 金髪の少女はアステール様の隣に座り、嬉しげに頬を染めている。

 私の見間違いでなければ、昨日の入学式で私に『悪役令嬢』だと教えてくれた子だ。

 ああ、やはり彼女がヒロインなのだなと深く納得していると、彼女を見つけた子が憎々しげに言った。


「なんてずうずうしい。スピカ様を差し置いて、殿下とお食事をご一緒するなんて……!」

「本当に! スピカ様は殿下のご婚約者様でいらっしゃるというのに!」

「確かあの子……ソラリス・フィネーと言ったかしら。男爵様の娘ということだけど」

「平民から成り上がりの男爵令嬢ふぜいが、殿下と一緒にお食事? 信じられない。何様のつもりなのかしら!」


 他の子たちも次々に賛同し始める。聞いていられない酷い悪口ばかりだ。

 乙女ゲーム、その中でもシンデレラストーリーのヒロインは、確かに序盤、周囲に馬鹿にされることが多いが、実際に聞くと眉を顰めたくなると思った。


「皆さん」


 ぱん、と手を叩く。皆が私に注目した。

 私は笑顔を作り、口を開いた。


「私は気にしていないわ。昨日殿下からもそれとなく気に掛けるよう頼まれているし、殿下ご自身も声を掛けるようにするとおっしゃられていたもの。彼女のことは、急に貴族になったことで不安になっているのではと、心配なさっていたわ。だからこうして食事を一緒にとお誘いになられたのでしょう。素晴らしいことよ。……それともあなたたち、殿下の優しいお気持ちを否定しようとでもいうの? それこそ何様のつもりなのかしらね」

「スピカ様……」


 私の言葉に、文句を言っていた女生徒たちが顔を引き攣らせた。

 殿下に逆らったつもりはない。そう言いたいのだろう。実際彼女たちのひとりは震え声で私に訴えてきた。


「そ、そんなつもりは……ただ、スピカ様にあまりにも失礼だと思って……」

「気にしていないと言ったわ。大体、元々私たちは一緒に食事を取っていないし、どなたと食事を取ろうが、殿下の自由よ。私にいちいち許可を取る必要はないわ」


 これ以上ないくらいの本心である。そしてどこにも嘘はなかった。

 そう、私たちはいつも別々に食事を取っている。昼食を一緒に取ったことは一度もない。

 それは何故かと言えば、学園内では適切な距離を保っていたいから。

 実は去年入学してからしばらくして、アステール様から「昼も一緒にどうか」と誘われたことはあったのだが、登下校も同じなのにこれ以上はと思い、お断りさせてもらったのだ。

 私たちは婚約者同士ではあるし、互いに尊敬の念をもって接しているとは思うが、決して恋人同士ではない。

 毎日の登下校で会話不足は十分に解消できているし、アステール様も同学年の生徒たちとの付き合いは必要だろう。

 学園内でまで無理に一緒にいる必要はないのではないか。皆にもきっと気を遣わせてしまうと、そういった主旨のことを正直に告げたのだ。

 その時アステール様は、何故かものすごく吃驚した顔をして私を見ていたが、あれはなんだったのだろう。


「そ、そう……そうだね。分かったよ」


 そう、アステール様は答えていたが、妙にもの言いたげな顔をしていた。


「……」


 少し前のやりとりをふと思い出したが、今はそれどころではない。私は振り払うように首を横に振った。

 そんなことより今は、やらなくてはならないことがあるのだ。

 そう、リュカのご飯を買いに行くお店。それを厳選しなければならない。

 そのためには、一刻も早くこの場所から離れ、ひとりきりになれるところに移動する必要がある。

 歩き始めると、後ろから名前を呼ばれた。


「スピカ様!」

「私はひとりになりたいの。誰もついてこないで」


 追いかけてこようとした取り巻きたちに厳しく告げる。明らかに怒っていると分かる私の声音に、皆が凍り付いた。

 ……しまった。少しきつく言いすぎてしまっただろうか。


「……ごめんなさい。でも、本当についてこないで欲しいの。お願いよ」


 何も言えなくなった皆をその場に残し、私は無言で食堂を後にした。




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