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「そうですね」
楽しい時はあっという間に過ぎ去るというが本当だ。
もう少しデートしたかったなとも思うが、身体は思ったよりも疲れている。これ以上はさすがに無理だと悟った私は屋敷に帰ることに同意した。
馬車が待っているところまで、せめてのんびり歩いて行くかと思っていると、店の外にある、馬車を停めておくスペースに、私たちの乗ってきた馬車があるのが見えた。
「あら?」
「連絡して、こっちに馬車を回して貰っていたんだよ。降ろして貰ったところまで戻るのも大変だろうと思ってね。時間的にもここがラストだと分かっていたし」
「そうなんですね。ありがとうございます」
馬車の前には御者と、アステール様の護衛が待っていた。扉を開けてくれたので、中へと乗り込む。
隣同士に座り、アステール様に改めてお礼を言った。
「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
本当に、本当に楽しかった。
アクセサリーを一緒に見たり、猫カフェに行ったり、新しいペット用品店に行ったり。どれも私ひとりではできなかったし、思いつかなかったことだ。
アステール様も笑顔で私に言った。
「私も楽しかったよ。ねえスピカ。今回のデートは君に誘って貰ったわけだけど、今度は私から誘ってもいいかな?」
「もちろんです」
嬉しいという気持ちを込めて頷くと、アステール様は「良かった」と言った。
あとは今日のことをひたすら話す。
明日届くというケージの組み立て。それを手伝いたいと言ってくれるアステール様に、じゃあ一緒に作りましょうと答えたところで屋敷に着いた。
一旦、話を止め、馬車を降りる。
もっと話したいし、何よりこのままお別れというのが寂しくて、思わずアステール様に言った。
「その……もし宜しければ、屋敷に寄っていかれませんか? リュカもその……待っていると思いますし」
「良いの? それじゃあお邪魔しようかな」
アステール様もあっさり頷いた。
別れがたいと思っていたのはどうやら私だけではなかったようだ。それがとても嬉しい。
屋敷に入り、自室を目指す。
明日の約束をしながら部屋の扉を開けると、リュカが文句を言うように鳴いていた。
「みゃあ!(遅い!)」
どうやらお怒りのようだ。だけどそんな顔も可愛くて、どうしたって笑顔になってしまう。
「ごめんね。遅くなって。ただいま」
「みあ! ミャアアアア!!」
抱き上げると、リュカは思いきり私を蹴り上げ、逃げて行った。そうしてひと鳴き。
「なー!(また、僕以外の匂いを付けてる!)」
「ああー……」
「なーなー!(浮気者!)」
そうだ、忘れていた。
リュカは結構なヤキモチ焼きさんで、私やアステール様に他の猫の匂いがつくことを嫌がるのだ。
しまったと思いつつアステール様を見る。彼も思い当たったようで「あー……」と苦笑いしていた。
「あれだけ一緒にいれば、匂いも移るよね」
「だと思います。リュカ、ごめんね」
「なー!!(嫌―!!)」
謝ってみたが、やはりリュカはお怒りの様子で、尻尾が大きく膨らんでいた。
自分以外の猫の匂いがついていることが相当許せないらしい。
これは着替えないと駄目だろう。
それに気づき、私は苦笑しながらアステール様に言った。
「今日は無理みたいです。着替えないと」
「そうだね。私は着替えもないし、帰ることにするよ。せっかく誘ってくれたのにすぐに帰ることになってごめんね」
「いいえ、私の方こそすっかり忘れていて」
言いながら、部屋の外に出る。
別の部屋で着替えて、リュカの機嫌を取ろうと思ったのだ。
アステール様も帰ると言うので、先に見送りに行くことにする。
ふたりで階段を下りながら、私は彼の名前を呼んだ。
「――アステール様」
「うん?」
アステール様が返事をする。そんな彼に私は言った。
「今日、猫カフェに行ったじゃないですか」
「うん」
「すごく可愛かったし、また行きたいって思ったのも本当なんですけど」
立ち止まり、アステール様を見る。
思い出すのは、先ほどのリュカの姿だ。
「――私はやっぱり、リュカが一番可愛いなって、さっき目を三角にして怒っているリュカを見て、改めて思いました」
自分のものが取られたと言わんばかりに怒るリュカ。その姿がどうにも愛おしく思えたのだ。
やはり私の猫はリュカなのだなと改めて感じた瞬間だった。
アステール様も笑いながら言う。
「分かるよ。私も、やっぱりリュカは可愛いなって思ったところだったから」
「アステール様もですか?」
「そりゃそうだよ。何度も言ったと思うけど、私だってリュカの飼い主のつもりなんだからね」
その言葉を聞き、嬉しくなる。
そうだ。アステール様もリュカの飼い主。
私とアステール様、ふたりでこれからもリュカの面倒を見ていくのだ。
それはきっと楽しいだけではないだろう。
辛いことや悲しいこともきっとある。
リュカが病気になってしまうことだってあると思う。だって、猫の寿命は人間よりもずいぶんと短いから。
いつかお別れの日はやってくる。
それは仕方のないことで、私たちにできるのはそのいつか来る日までにたくさん思い出を作っておくことくらいなのだ。
精一杯可愛がって。
できることは全部やってあげて。
リュカにも、ここに、私たちのところに来て良かったと、そう思ってもらいたい。
そのために、これからも頑張って行こう。そんな風に思うのだ。
――なんか、全然思っていたのとは違う感じになったけど。
リュカを拾う前の私は、自分が悪役令嬢らしいということを知り、そうならないようにしよう。
アステール様をヒロインに譲り、自分は猫でも飼って……みたいに考えていた。
だけどそれは良い意味で裏切られた。
アステール様は私を好きでいてくれて、リュカは可愛くて、ヒロインのソラリスとは友人になることができた。
私が、今でも悪役令嬢であることは変わらないだろう。
その役目はきっと今も持っているのだと思う。
この世界がゲームの世界だというのなら、そう簡単に己の役目が変わるとは思えないから。
でも。
ゲームである以上に、この世界は現実だ。
現実だから、ソラリスはヒロインであることを否定するし、私だって悪役令嬢を否定する。
皆、自分の思ったように生きるし、それでいいと思っている。
だから――。
悪役令嬢らしいですが、私は猫をモフります!
私は私らしく、こんな感じで、今後も生きていきたいとそう思う。
ありがとうございました。これで猫モフは完結です。
そしていよいよ明日、猫モフ3巻が発売です。電子版も同日発売ですので、電子版の方もどうぞよろしくお願いいたします。
加筆、書き下ろしは100頁以上。アステールとスピカの後日談やリュカの秘密、誕生日パーティーの明かされなかった真相、ソラリスの話等など、色々入っておりますので、美しいイラストと共にお楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、これまでお付き合いいただきありがとうございました!




