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「やっぱり猫好きなだけあって詳しいですね。私、全然気づきませんでした……!」
「……その、うん。役に立てたようで良かったよ」
「ええ、とっても。その……猫についてご存じなら、今日の買い物もできれば助言していただけますか? 私、猫を飼うのは初めてで、何が必要なのか抜けている可能性もあると思うので」
「もちろん。私に分かることなら協力するよ」
「ありがとうございます……」
アステール様が店に同行してくれることを本気で感謝した。
知識がある人に一緒に来てもらえるのはありがたい。だけど、ひとつだけ気になることがあった。
「アステール様、猫をお好きだとは伺いましたが、お飼いにはなられていませんよね? 飼い方についても詳しいなんて、驚きました」
トイレについてなど、単に猫が好きなだけでは知らないはずの知識。それを知っているのが不思議だったのだ。
尋ねると、アステール様は何故か気まずげな顔をした。
「飼ってはいないけど、その……勉強はしたから」
「まあ……好きなものに対する熱意が素晴らしいですわ! 私も見習わないと」
ただ好きなだけではなく、飼い方についても勉強しているなんて。
猫が好きというだけの私とは大違いだ。
さすが将来を期待される優秀な王子はひと味もふた味も違う。私は心から彼を尊敬した。
「アステール様……」
「……うん。なんというか、心が痛むから、そんなに褒めないで欲しいかな」
「?」
どうしてアステール様の心が痛むのだろう。
わけが分からないと思っていると、アステール様は気を取り直したように言った。
「それで、だね。放課後に寄る店の話なんだけど、目当ての店はあるのかな?」
「それが、まだ。昨日はそれこそリュカにかかりきりで、時間もなかったものですから。帰る前までにはどこかで調べたいと思っているのですけど」
昨日は疲れてしまって、すぐに寝てしまったのだ。夜中は夜中でリュカに起こされたしで、調べる暇なんてなかった。
私の言葉にアステール様は頷き、制服の内ポケットから一枚の紙を取り出すと、私に差し出してきた。
「アステール様?」
「昨日、私が調べた店のリスト。学園からよりやすい場所に五店舗ほどあるようだ。住所と店名を記載してあるから、君がいいと思う店に行けばいい」
「……! ありがとうございます!」
まさかそんなことまで調べてくれていたなんて。
パッと目を通すと、メモには確かに店名と住所が五店舗分、書かれてあった。ノープランだったのでとても助かる。
私は心からアステール様にお礼を言った。
「本当に、なんとお礼を言っていいのか。助かりました……」
「そう思ってもらえたのなら良かったよ。……ああ、学園に着いたようだね。ではまた放課後。君と出かけられることを楽しみにしているよ」
「はい……!」
いつの間にか学園に着いていたようだ。
再度お礼を言い、馬車から降りる。アステール様に別れを告げ、私は二年の教室棟へと続く道をゆっくりと歩き出した。
さっきもらった店名が書かれたメモはスカートのポケットにしまう。
ほうっと息を吐いた。
「……本当に、アステール様のおかげで助かったわ」
改めて思う。まさか彼が猫のことでこんなにも頼りになる人だったなんて。
彼とは近いうち婚約関係ではなくなるけれど、可能であるなら友人関係を継続したいと思ってしまうほどだ。
もちろん王太子に対し、友達なんて失礼だという気持ちはあるけれど、昨日今日ですっかり仲間意識が芽生えてしまったのだ。
猫を愛する仲間同士、仲良くしたいと思って何が悪いと言うのか。
上機嫌で二年の教室棟へ入り、階段を上る。
周囲には、同年代の貴族たち。彼らは私を見ると、品良く微笑み、挨拶をしてくれる。
「おはようございます、スピカ様」
「おはようございます、スピカ様は今日もお美しい」
「ありがとう」
お世辞を言われているのは分かっているので、こちらも軽く微笑むだけで返す。
王子の婚約者にいい印象を持たれたいのは誰でも同じなのだ。
――こんなのだから、本当の友達もできないのよね。
近づいてくる子たちの殆どは、親に「王子の婚約者と仲良くしろ」と言い含められている。自らの将来のために、家のためにと動くその姿はきっと正しいものなのだろうけれど、本気で慕われているわけではないことが分かっているだけに虚しい。
彼らは皆、私の後ろにいるアステール様を、国を見ている。
私に良い顔をするのは、私が彼の婚約者で、後に王妃となるから。そして、議会で発言権を持つ父がいるから。それだけだ。
どちらも私自身の力ではない。
それはとても悲しいことだけど、同時に仕方のないとも分かっている。裕福な家に生まれたものの定めだ。そして本当の友達がいないのは、私が努力しなかったから。
妃教育が忙しいのもあったけれども、ない暇を割いてまで自分から友人を作ろうとしなかった。だから私は今ひとりぼっちなのだ。
――だけど、これからは違うわ。
友達を作るのだ。本当の友達を。
私が、王太子妃にならなくても構わないと言ってくれる友達を手に入れるのだ。それはとても難しいと分かっているし、時間が掛かるだろうけれども諦めたりはしない。
「友達百人できるかしら?」
道のりは遠いけれど、達成した時喜びは大きいから。
だから、多少高すぎる目標を掲げても構わないと私は思うのだ。