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◇◇◇
「ところでアステール様、これからどちらに向かうのですか?」
店を出て歩き出したアステール様について行きながら彼を見る。
今日の予定は全部アステール様が組んでいるのだ。今から彼がどこに向かうのか気になった私はアステール様に聞いた。
ごく自然に私の手を握ったアステール様はにこりと笑う。そうして言った。
「少し疲れただろうし、カフェに行こうと考えているよ。どうかな?」
「カフェ……。はい、嬉しいです」
ペアアクセサリーを買うのは楽しかったが、思いのほか時間も掛かったし、少し休憩できるのならしたい。そう思った。
アステール様には狙いのカフェがあるようで、空いているカフェがあっても素通りしていく。
予約でもしているのかなと思いながらも着いて行くと、可愛らしい一軒家に着いた。
メルヘンのような色合いの家。扉には猫の形の小窓が付いている。その上には、プレートがあり、『猫カフェ・ねこにゃん』と書かれてあった。
「猫カフェ……?」
「うん。猫たちと一緒に過ごすことができるカフェなんだって。君も使っている『ねこにゃん』というフードがアルだろう? あれを作っているところが出資してできたカフェだそうだよ」
「へええ……」
猫カフェ。
前世では確かによく見かけたが、この世界にもあったのか。
アステール様が扉を開ける。中に入ると、すぐ右手側にカウンターがあった。
「いらっしゃいませ!」
猫の顔が描かれたエプロンを着た女性がにこにこと笑っている。カウンターの上には料金表らしきものが置かれていた。
「こちらで受付をさせていただきます」
初めての猫カフェにドキドキしていると、店員が店のシステムについて説明してくれた。
30分単位で基本料金が掛かってくること。
ワンドリンク制で、猫たちにおやつなどをあげたい時は、別途料金が発生することなどが説明された。
あとは、猫は噛んだり引っ掻いたりする生き物なので、その点は最初に了承して欲しいとのことだった。
なんなら粗相したり、吐いたりもある。そういうことが起こっても弁償はできない、猫たちに当たらないで欲しいと言われ、頷いた。
あと、自分からは触りにいかないで欲しいとも言われた。
向こうから寄ってきた時だけと説明を受け、それはそうだろうなと思った。
許可を出していない時に触られることを猫は嫌がるのだ。リュカもそこは同じで、基本的に猫の意思がまずあるものと私も学習している。
猫飼いなら皆、分かっていることだ。
納得し、ドリンクをオーダーしてから、提示された表に名前と入室時間を書く。
靴を脱いで欲しいと言われたので脱ぎ、代わりにスリッパを履いた。手の消毒も済ませる。
猫たちの安全のためだろう。きちんとしているのだなという印象だった。
「それでは、猫ちゃんたちとの癒やしの時間をお楽しみ下さい!」
店員が内ドアを開ける。
「わあ……」
思わず声を上げた。
明るい店内には猫たちがいて、自由に寛いでいる。
中は広々とした一部屋になっていて、キャットタワーや、猫が隠れられる箱、トイレや爪とぎなどが置かれている。
床には絨毯が敷いてあったが、毛の短いものだ。多分、爪が引っかからないようにという配慮なのだろう。
風の精霊が飛んでいる。どうやらこの店の店員の誰かの契約精霊のようだ。
女性の形をした精霊は、時折部屋の空気を浄化させていた。
なるほど、精霊を使って動物の匂いをできるだけ消し、空気を清浄化しているのだなと思った。
精霊に部屋の空気を綺麗にしてもらうというのは、よくあることだし、私もたまにお願いしている。
大きな窓があり、日の光が差し込んでいる。大通りとは逆側の窓だ。多分、不特定多数の人間に見られないようにするためだろう。窓の外は庭。猫たちが日向ぼっこをしていて気持ち良さそうだ。
人間用と思われるソファや椅子、テーブルもあるが、大体は猫たちが占拠している。
数人、客と思われるひとたちがいたが、皆、気にしていないようだ。
猫の邪魔にならない場所でそれぞれ思い思いに過ごし、時折側に寄ってきてくれた猫を撫でては楽しそうにしている。
「猫カフェだわ……」
自分が思い描いてた通りの姿に思わず感動してしまった。
その場に立ち尽くす私の手をアステール様が引く。
「ほら、そんなところに立ってないで、向こうに行こう。猫たちの座っていないソファがあるから」
「あ、はい……!」
壁際に置かれているグレーのソファには確かに猫の姿はなかった。そちらに移動する。
途中、猫ベッドの中に可愛く丸まっている猫を発見し、あまりの愛らしさに動けなくなった。
「か、かわ、かわ……可愛い……」
ちょんと手を挙げたポーズをしているのがとんでもなく可愛いのだ。しかも見られていることに気づいたのか、お腹を出して、更に可愛いポーズで誘ってくる。
そんな攻撃をされて無事でいられるものか。
あまりの可愛さに心臓が止まるかと思った。
「ここの猫たちはずいぶんと人に慣れているんですね」
なんとかソファに座り、猫たちを観察しながら言う。
頼んでおいた紅茶を持ってきてくれた店員が自慢げに頷いた。
「はい。ここに来る人たちは皆、優しいってことを猫たちは知っていますからね。可愛いポーズを取れば可愛がって貰える。覚えているんですよ」
「猫って意外と賢いですものね」
店員から紅茶を受け取りながらしみじみと頷く。
人間が思っている以上に猫は賢いし、色々なことを覚えているのだ。
「ごゆっくりどうぞ」
店員が去り、のんびりとした気持ちで猫たちが寛いでいるのを見る。
アステール様も穏やかな表情で、猫たちを眺めていた。
こんなにたくさんの猫を見るのは初めてで、それだけでも十分過ぎるほど楽しい。
ポツポツとアステール様と、あの猫の模様はリュカと似ている、なんて話しながら時間を過ごす。アステール様が思い出したように言った。
「ここの猫は、皆、保護猫なんだそうだよ」
保護猫。
つまり、元野良で、人間の手により保護された猫たちということだ。
ここのカフェのオーナーがねこにゃんを作っているところの人だと聞いてはいたが、どうやら保護猫活動も行っていたらしい。
猫に対して積極的な活動をしているというのは印象が上がる。
そういう人が作っている猫のご飯なら安心してあげられるし、今後もねこにゃんを愛用しようと思った。




