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「そういうことだ。あの時、手紙を読んだオレは、すぐにそれが、あいつらのことだと分かった。家族と一匹という言葉が書かれてあったからな。どちらが連れ去られたのかは分からないけど、まずは確認しなければと思った。兄上と姉上に来るなと言ったのは……」
「その事実が私たちに知られたら、もしかしたらミミやトトが帰ってこないかもしれない。そう思ったからだね?」
アステール様に指摘され、ノヴァ王子は肯定するように首を縦に振った。
「そう……です。その手紙の内容が真実かどうかはまだ分からない。でももし本当だったら? 兄上たちに言ったことでミミやトトが戻らなかったら。そう思ったらどうしても言えなかったんです……」
苦しげに告げるノヴァ王子。だが、その気持ちはとてもよく分かる。
私だって似たような手紙を貰ったら、同じようにすると思うからだ。
もしリュカに何かあればと思うと、慎重に行動せざるを得ない。自分の下手な行動のせいでリュカが危険にさらされたら? そんなの後悔してもしきれない。
「……気にしないで下さい。私だって同じ立場に立たされたら、同様の行動を取ると思いますから」
「姉上……」
「そうですよね、アステール様」
ノヴァ王子を責めないで欲しい。そういう気持ちでアステール様を見ると、彼は「そうだね」と肯定した。
「お前が、私たちに言わなかったことを責める気はないよ、ノヴァ。それで? 話の続きを聞かせて欲しい」
「……兄上たちに待っていて欲しいと言ったオレは、自室に戻りました。そこには途方にくれたような顔をするミミと、必死で鳴き続けるリュカがいたんです。リュカはミミを守るようにしていて、実際そうしてくれたんだろうなというのが、伝わってきました」
部屋の中の様子を、ノヴァ王子がポツポツと語っていく。
室内は荒れていて、おそらく猫たちが抵抗したのだろうとノヴァ王子は言った。
「トトだけがいなくなっていました。もしかしたら犯人はミミも連れて行こうとしたのかもしれないけれど、多分、トトを捕まえるだけで精一杯だったんでしょうね。子猫は思っている以上に素早い。トトは……あいつ、鈍くさいところがあったから……」
「……」
トトの性格はのんびり屋さんで、動きが皆よりも一歩遅れる時がある。それは彼の性格の話で、どこか悪いわけではない。
だけどだからこそ捕まえやすいというのはよく分かった。
「誰が連れて行ったのか、調べようと思いました。でも手紙に『妙な動きはするな』とあったことを思い出して……そういう行動すらアウトになるかもと思うとできなくて。兄上に知られるわけにもいかないので、仕方なくまずはリュカをキャリーケースに入れました」
そう言いながらノヴァ王子がリュカを見る。
「兄上に部屋の様子を見られたら、トトがいないことを知られたら、トトがどうなるか分からない。犯人が誰なのか、どこにいるのか分からない以上、オレができるのは、今の状況を隠しきることだけ。とにかくトトを無事に取り戻したい一心でした」
その気持ちでノヴァ王子は黙ることを選択し、私たちに嘘を言って、リュカを返した。
「あとは、指定された場所に時間通り行けば……そう思ってここで待機していたんですけど……」
「お前が出掛ける前に私たちがトトを連れて戻って来たと、そういうことだね?」
「そうです」
項垂れるノヴァ王子。その頭をアステール様はポンと撫でた。
「兄上?」
「お前のした行動を責めるつもりはないよ。私でも同じようにするしかないと思うからね。ただ、そろそろ冷静になった方が良い。ノヴァ、お前は子猫たちの様子を使用人のひとりに任せてはいなかったか? その彼はどこだ?」
「え……あ……」
アステール様の指摘に、ノヴァ王子は今気づいた、という顔をした。
「そうだ、トトリ……! トトリがいない。三匹の様子を見ておくようにと命じておいたのに……」
トトリというのは、唯一猫たちの世話を任せていたという使用人の名前だろう。
その存在を今の今まで忘れていたのは、それどころではなかったから。
ようやく思い出し、周囲を見回すも、当然そこに探し人がいるはずもなく。
「トトリ……あいつがトトを連れていったのか? いやでも……どうして? あいつは猫が好きで、一応身辺調査だってしたけど、特に問題になるような点はなかったはず……」
「本人に問題はなくても、問題のある人物が近づけばその限りではないよ」
「兄上……」
「いくらでもやりようはある。金で釣るもよし、地位を与えると言うでもよし。その人物が欲しいものを用意してやると言えば、人は簡単にそちらに靡く」
静かに告げるアステール様の言葉をノヴァ王子は噛みしめるようにして聞いていた。
「それをさせたくないのなら、それ以上の忠誠を得るか、弱みのひとつでも握ってしまうこと。あとは……逆らってはいけないと思わせることかな。裏切りを許さないことは大切だよ、ノヴァ。特に、私たちのような立場ではね。油断をすると足下を掬われる」
「……はい」
骨身に染みたという顔をするノヴァ王子。その顔を見たアステール様が柔らかく笑った。
仕方ない弟だ、みたいな表情を浮かべ、ノヴァ王子に言う。
「さて、それじゃあ、これからのことを話そうか」
「? これからのこと、ですか?」
何の話だと兄を見るノヴァ王子に、アステール様は笑顔のままで言った。
「トトが戻ったからおしまい、というわけにはいかないだろう? 犯人と、犯行を示唆した者を見つけ、捕らえなければまた同じことが起こってしまうかもしれない。ノヴァ、馬鹿は馬鹿のままなんだ。学習なんてしやしない。ここで捕まえておかなければ今度はもっと取り返しの付かないことになる。分かるね?」
笑顔なのに、その顔に温かみはなかった。視線は鋭く、纏う雰囲気は冷たい。
その雰囲気に気圧されるようにノヴァ王子は頷いた。
「は、はい……」
「うん、じゃあそういうことで、作戦会議を始めようか」
すっと目を細めるアステール様。その姿はまさに王と呼ぶに相応しく、彼が次代の国王なのだと納得するしかなかった。




