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◇◇◇


「……ん?」


 なんだか暖かいものが頬に当たっている。

 ふわりとした柔らかい感触。これは何だろうと思い目を開けると、私の顔のすぐ横で、リュカが丸まって眠っていた。


「ひえっ!?」


 予想外の出来事に、一瞬で目が覚めた。とりあえずは、朝になっているようだ。

 リュカを見る。

 ここまで来たということは、やっぱり寂しくなってしまったのだろうか。だけど本当に人懐っこい。まさか拾ってきて一日で、顔の近くで寝てくれるとは思わなかった。


「……」


 身体が規則正しく上下している。眠っているのを確認し、そうっと頭を撫でた。


「……可愛いなあ」


 勝手に声が漏れる。時折揺れる長い尻尾は毛がたっぷりで、触るととても気持ち良さそうだ。


「……っと、起きないと」


 ぼうっとリュカを見つめているうちに、いつもの起きる時間になっていた。ほぼ同時に主室の扉が開く音がした。

 コメットだ。


「お嬢様、起きていらっしゃいますか?」

「おはよう、コメット。ええ、起きているわ」


 コメットには、朝、ノックなしで部屋に入ることを特別に許可している。それは何故かといえば、起こしてもらうためだ。大体は自分で起きるのだが、たまに寝坊しそうになる時があるので念のため。アステール様に迎えにきてもらうのに遅れるなど、婚約者としてできるはずがない。

 コメットが寝室にやってくる。その手には、学園の制服を持っていた。

 私とその隣で丸まって寝ているリュカを見て、コメットは「まあ」と驚いたように目を見張った。


「一緒に寝ていらしたのですか?」

「一緒にというか……夜中に入ってきたみたいなの」

「そう、ですか……」


 ベッドの側までやってきたコメットが、そうっとリュカを覗き込む。その瞬間、リュカはパチリと目を開けた。


「みゃー!」

「きゃっ!」


 いきなり声を上げられ、コメットがビクリと身体を震わせる。多分、リュカも驚いたのだろう。お互い様だ。


「びっくりしましたわ……お嬢様、とりあえずお着替えを」

「ええ。あ、コメット。申し訳ないんだけど、学園に行っているあいだ、リュカを見ておいてくれる?」

「はい、そのつもりです。というか、皆が世話をしたがって大変なんです。お嬢様、私だけでなく、皆で交互に世話をしても構いませんか?」

「皆がそれでいいのなら」

「ありがとうございます。やっぱり子猫は可愛いって、昨日は使用人たちの大部屋で噂になっていたんですよ」

「そうなの」


 皆に受け入れてもらえたのなら何よりだ。可愛がってくれるのは大歓迎なので頷く。

 良かった。

 学園に行っている間も、リュカは寂しい思いをしないで済みそうだ。


「リュカ、お留守番宜しくね」


 着替えを済ませ、リュカに声を掛ける。リュカは丸い目で私を見上げ、眠そうに欠伸をした。睡眠が足りていないのだろう。子猫は二十時間くらい寝るということだし、そっとしておこう。

 部屋を出て、食堂で食事を済ませ、玄関でアステール様が来るのを待つ。

 アステール様が迎えにくる時間はいつも決まっていて、今日も時間ぴったりに執事が告げた。


「殿下がいらっしゃいました」

「行くわ」


 玄関の扉が開く。外に出ると、すでに馬車が停まっており、顔見知りの御者が頭を下げていた。


「おはようございます。スピカ様。中で殿下がお待ちです。どうぞ」

「ええ、ありがとう」


 タラップを上がり、馬車の中へと入る。中には魔法学園の制服に身を包んだアステール様が、輝かしい笑みを浮かべて待っていた。


「おはよう、スピカ」

「おはようございます、アステール様」


 挨拶をして、いつも通り隣の席に座る。馬車の扉が閉まり、動き出す。

 アステール様が笑顔で私に話し掛けてくる。


「昨日は大変だったね」


 アステール様が言っているのはリュカのことだろう。私も笑顔で応じた。


「ええ。でももうすっかり元気ですから。今朝なんて、お腹が空いたと朝の三時に起こされましたわ」

「三時? そんな時間に起こされたの?」


 びっくりした様子のアステール様に、私は苦笑しつつも肯いた。


「そうなんです。鳴き声が聞こえるから何かと思えば、お腹が空いたみたいで。ご飯を食べたあとは寝てくれましたけど……あ、でも、寝室の扉を開けていたせいか、朝起きたらリュカが隣で眠っていて驚きましたわ」

「は? 隣で? 君の隣で寝ていたの?」

「え、ええ……」


 アステール様がカッと目を見開いた。怖い。

 どうしてそんな顔をしているのかと驚いていると、自分で気づいたのか、アステール様はコホンと咳払いをし、表情を元に戻した。


「ごめん。少し驚いてしまってね。まさか……君と一緒に寝ているなんて思わなかったから……猫に先を越されるなんて……」

「?」


 最後の言葉が小さすぎてよく聞こえなかった。

 首を傾げると、アステール様は輝くような笑顔で「なんでもないよ」と言う。

 まあ、大したことでないのなら別にいいか。


「とりあえず、昨晩はそんな感じでした。ひとつだけ気になったのが、リュカのために用意したトイレを使ってくれてなかったことです」


 朝、確認したのだ。

 私が簡易で用意した猫用トイレをリュカが使っているのか。月齢が三ヶ月なら自分でできると思うのだが、それともまだ慣れていないから、トイレをしないだけなのだろうか。

 悩んでいると、アステール様が口を開いた。


「リュカにきちんとトイレだと教えた? もしかして、トイレだと分かっていないだけかもしれないよ」

「あ……」


 言われて初めて気がついた。

 そうだ、アステール様の言う通りだ。

 リュカは元野良。私がトイレを用意しても、トイレだと理解できない。それにあのトイレにはリュカの匂いもついていない。用途が分かっていないと考えるのが自然なのだ。


「キョロキョロし出したり、いつもと違う動きをする様子を見せたら、トイレに乗せてみるといいかもしれないね。何回か繰り返すと、その場所がトイレだと理解するようだよ」

「そう、そうですね! ありがとうございます、アステール様!」


 アステール様の助言に顔を輝かせた。

 さすがアステール様である。

 昨日、猫が好きだと言っていたのはやはり本当だったのだ。的確な助言がとてもありがたかった。





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