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見間違いではないと分かってはいたが、確認せずにはいられなかった。
私の疑問に、アステール様は頷く。手を伸ばし、トトの付けていた首輪を確認し、もう一度頷く。
「ほら、首輪の後ろに名前が書いてあるだろう。トト、と。この字はノヴァの手だよ。あいつが名前を書いているところだって、見ているからね。間違いない」
私もリュカの首輪には名前を書いている。
ノヴァ王子もきっとシリウス先輩に言われて、迷子防止で書いたのだろう。だけどそのおかげでこの子がノヴァ王子のトトであることが判明した。
「でも、どうしてトトが?」
トトは私たちが手を伸ばしても逃げようとはしなかった。代わりに、リュカの入ったキャリーケースをじっと見つめている。
キャリーケースに入ったリュカは、一生懸命トトに話し掛けていた。
「にゃあ、にゃあ、にゃあ!(大丈夫? 怪我はない? 助けにきたよ!)」
その様子と声を聞き、リュカがトトを助けたい一心で走ってきたことが分かる。
連れて行かれたとリュカは言っていた。
誰かがトトをあの部屋から連れ出し、ここに閉じ込めたのだろう。
何の目的があってしたことかは分からないが、人のやることとは思えない。ノヴァ王子が大事に可愛がっている子を勝手に連れ出した挙げ句、誰も気づかないような場所に隠すなんて。
トトをそっと抱き上げる。リュカの入ったキャリーケースの扉を開け、二匹を一緒にした。
リュカはホッとしたように鳴くのを止め、トトの身体の毛繕いを始めた。労るような仕草を見ていると、涙が出てくる。
リュカは、トトを助けたかったのだと一目で分かる光景だった。
「……ノヴァに話を聞いた方がよさそうだね」
二匹が寄り添う様子を見ていたアステール様が強い口調で言った。
「アステール様」
「ノヴァはさっき、二匹はケージにいると言っていた。だけど実際はどうだ。トトは紙箱に入れられて、こんな、誰にも見つけられないようなところに放置されていた。トトが居なくなっていたのならノヴァは絶対に気づいただろうし、そもそも放ったらかしにするはずがない。すぐにでも探しに行くはずなのに、それをしなかった。事情があるに違いない」
「あ……手紙……」
アステール様の言葉を聞き、ハッとした。
それまではいつもと何も変わらなかったノヴァ王子。彼が明らかに様子を変えたのは、侍従が持ってきた手紙を読んでからだ。
そこに何が書かれてあったのかは分からないが、きっとここにトトがいたことは無関係ではなかったのだろう。そう思う。
「それも気になるけど、とにかく一度戻ろう。いつまでもここにいると、もしかしたらトトを閉じ込めた奴が戻ってくるかもしれないし」
「は、はい、そうですね」
確かにその通りだ。犯人が様子を見に来る可能性はゼロではない。そのまま放置……という嫌すぎる可能性も十分あるけれど、どちらも確率的には同じくらいだと思う。
アステール様が二匹の入ったキャリーケースを持ち、納屋を出る。私もそのあとに続いた。
庭を歩く。巡回中の兵士がいるのを見つけ、アステール様が声を掛けた。
「悪いけど、しばらく向こうにある納屋を見張っていてくれ。誰かがあそこに近づく様子を見せたら、私に知らせるように。分かったね?」
「は、はい。承知しました!」
意図が分からないという顔をしつつも、兵士は頷き、納屋の方へ走っていった。それを見送り、アステール様が言う。
「これで大丈夫。誰かが来れば、あの兵士が知らせてくれるだろうからね」
「……犯人は戻ってくるでしょうか」
「分からないけど、可能性はゼロではないと思うから、やれることはやって置いた方がいい」
「はい……」
確かに。
アステール様の言葉に頷いた。
ふたりでノヴァ王子の部屋へ向かう。扉をノックすると、青ざめた様子のノヴァ王子が出てきた。
私たちの顔を見て、申し訳なさそうに言う。
「申し訳ないのですが、今は時間がなくて。何か用事があるのなら、また後にしていただけますか?」
それに対し、アステール様がいつも通りの態度で尋ねた。
「顔色が悪いようだけど、どうしたんだい、ノヴァ。それと、話があるんだ。緊急の用件。中に入れてくれるね?」
そう言って、部屋の中へと入ろうとする。それをノヴァ王子は必死で押しとどめた。
「っ! だ、駄目です。な、中は散らかっていて、とてもではありませんが、兄上に見せられるようなものでは……」
「何を言っているのかな。さっきも入っただろう」
「あ、あの時と今は事情が違って……! と、とにかく中はお見せできないんです。話があるなら、別の場所で聞きますから、ですから……!」
とにかく中には入って欲しくないと言うノヴァ王子。あまりに頑なな様子に、アステール様はため息を吐いた。そうして、彼の耳元で告げる。
「――トトを見つけた、と言っても、お前は私を追い出そうとするのかい? 何かが起こっているのは分かっている。中に入れろ、ノヴァ」




